第6話 レミリアとノルン④

 ノルベルファールンと共にフグィに来て三日。


 ノルベルファールンはすっかりビーリッツ家に気に入られて、レミリアも彼の付き人のような扱いでビーリッツ家の客という立場で迎えられている。


 それ自体は宿泊費その他の面ではレミリアにとっては有難い。


 有り難くないのは、ノルベルファールンがビーリッツ家の紹介する女性とすっかり仲良くなってしまったことである。これでは従者のミワは立場がない。


「もう諦めなさいな」


 レミリアとしてはそう言わざるを得ない。本人にとってプラスになるのであれば手放すことも良いと思っていたが、とてもそういう様子ではない。


「あの男は、固定したパートナーを持たない男よ。間違いないわ」


 あるいは、完全に心に決めた者がいて、それ以外についてはその場凌ぎ以上の関心をもたないか、のいずれかである。


「仮に貴女がここの女よりマシという評価を得ても、恒久的には選ばれることはないわ。現実を見なさい」


「はい……」


「もちろん、私の勧めを聞かずについていくことは認めるわよ。でも、諦めた方が絶対に得だからね」


「分かっております……」


「カタンかフォクゼーレでいい人、探してあげるからさ」


 慰めながら、何で年下の自分がこんな面倒な思いをしなければいけないのだという思いも過ぎる。


(そういえば、フォクゼーレはどうなっているんだろうか?)


 フグィは港町である。情報が早いかもしれないと思い、レミリアはグライベルかラドリエルを探しに出かけた。




 ラドリエルは自室にいた。


「これはレミリア様。いかがなされましたか?」


 ノルベルファールンが評価されて以降、レミリアも重要な扱いを受けるようになっており、かなり年下だが敬語を話されるに至っている。


「フォクゼーレについて、何かご存じかなと思いまして」


「フォクゼーレについて?」


「私、三か月ほど前までフォクゼーレにいまして、政争に巻き込まれそうになったのでお暇してきたのですが、その後どうなったのかなと」


「そういうことでありましたか。聞くところによりますと、敗戦の責任をとって宰相一派が下野して、新しい一派が取って代わったということですが」


「そうでしたか」


 それ自体は不思議ではない。どちらに利用されるのも嫌だという思いで、どちらにも反発したが、あの時点で考えるとより失策の大きいのは宰相一派である。


(とはいえ、取って代わった方も何ができるのかっていうことはあるけどね)


「新しい宰相……何て言いましたかな。イスキース・ゾ……なんたら」


「イスキース・ゾデック」


「そうそう。そういう名前でした。コルネーに対する懲罰行為を起こすということを主張しているそうですが」


「アホか」


「……アホですか?」


 舌打ちのように毒づいてしまったのを聞かれて、レミリアは舌を出す。


「失礼いたしました」


「いえいえ。フォクゼーレの気持ちは分かりますが、ナイヴァルがコルネーと停戦している以上、単独でコルネーに勝つのは難しそうですね」


 サンウマ・トリフタにおけるフォクゼーレ軍の失態はホスフェにも伝わっている。それを知ったうえでフォクゼーレとコルネーのどちらが有利かというと、当然コルネーと言わざるを得ない。


(今回はあの女将軍とかが行くんでしょ。あいつもそんなに凄い人には見えないわよねぇ。16の私があれこれ言うのも失礼だけど、さ)


 少なくともフェザート・クリュゲールが出てこれば相手にはならないだろう、そういう予測が立つ。




「ところでノルンはどんな調子?」


 フォクゼーレの現況がある程度理解できたので、自分の周りのことも確認する。


「南部で妨害工作にあたっておりますよ。さすがに数年前まで激しく戦争していただけあって、アクルクアの人間は戦い慣れしているなと感心しております」


「そうなのですね。彼の計画で防げそうですか?」


「漁師ギルドも納得しているので、何とかなるのではないかと思います」


「なるほど」


 軍務に携わりたいというのがどこまで本当か疑わしかったが、どうやらその部分については本物らしい。


「私達はどうしたものか」


「レミリア様がよろしければ、このままホスフェのために動いていただけると助かるのですが」


「ホスフェで?」


「はい。ホスフェはナイヴァル、フェルディスに囲まれているために、浅はかな者が国家を捨てるという事態が発生しております」


「それは大変ね」


 ここの女もそのうちノルンに捨てられるだろうし、とも思ったが、それは口にしない。


「ですので、有望な方にはできれば残っていただきたいというのがございます」


「そういえば、このあたりの人はオトゥケンイェルに奪われているのだっけ?」


「はい。給料という点では勝てませんので」


 ラドリエルは、まさかそのために用意していたのではないだろうが、空の財布を逆さにして、自分達が金欠であることを示す。


「国境沿いなのに、随分軽い扱いよねぇ」


「それは仕方ない部分もございます。フェルディスやナイヴァルは国家でございますが、ディンギアは地域であるだけで、しかも相手も一部族以上のものではないですし」


「私は詳しいことは分からないけど、ディンギアは国家となることはなさそうなわけ?」


「ありません」


「どうしてそうはっきり言えるの?」


 レミリアはラドリエルの断言を不思議に思った。確かに今はバラバラなのであろう。しかし、部族同士が結束する可能性は存在するだろうし、あるいは一部族に英傑が現れて統一するという可能性も否定できない。


「もちろん部族同士が連携をする可能性、あるいは統一される可能性はございます。しかし、所詮遊牧民族の連合軍、いくら数が多くても、今回と同じ方法で防げます。万一のことがあるとすれば、彼らが船を使うことですが、ディンギアの大半の地域は木がなく、船を作れません。フェルディスとの国境近くにある山地には森林地帯もございますが、木材だけで船が作れるわけでもありませんからな。あの地域で船を作る政治力をもつ政権が出来るとは思えません」


「なるほど……」


「そういう意味では、南部の扱いが軽くなることはやむをえないと思います。実際、今回のディンギア部族の侵攻を食い止めれば、ノルン殿にはオトゥケンイェルに行くことを勧めたいと思いますし」


「ちょっと待ってよ。ノルンにはオトゥケンイェルに行くように勧めて、私達はここにいた方がいいと言うことは、私達には勧める価値がないっていうわけ? 言い返すだけの要素がないけど、中々悔しい話ね」


 もちろん、自分がオトゥケンイェルのホスフェ要人とやっていけるかと聞かれると、その自信はない。能力というより、性格的に難しいということがレミリアにはよく分かっている。そもそも、ラドリエルにしても今だから我慢している部分もあるであろう、今後ずっとうまくやっていける自信はない。


「残念ながら、口先だけならレミリア様より上の人間が多くおりますからね、オトゥケンイェルには」


「まあ、そうかもね……」


 口の悪さなら負けない自信があるが、阿諛追従はレパートリーにはない。


(うーん、私、どうしたものかなぁ。立場抜きに生きていくとなればそれこそノルンの参謀にでもなるしかないのかなぁ)


 男女としては最低な人間というイメージを既に有しているが、能力の有無という点では理想的な人間という印象がある。


 もっとも、遠からぬ未来のうちに捨てられるだろうミワのことを考えると、好き好んでついていきたい話でもない。そこが悩ましいところであった。

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