第4話 レミリアとノルン②

 次の日から三日間、レミリアはオトゥケンイェルの図書館に入り浸り、目にしたことのない書物などを読んで過ごしていた。


 ホスフェは民主政ということもあってか、政治体制に関する本はかなり多い。もちろん、民主制国家にある本なので基本的には「王政はダメだ。民主政がいいのだ」という結論の本ばかりであるが、民主政というものに対する興味を引き起こされるので有意義な時間ではある。


 自称ノルンことノルベルファールンは、初日は図書館で少しだけ軍事関係の本を読んでいたが、二日目以降は来ていない。


 親戚でも友達でもないので、特には気にしていなかったが、昼、近くの食堂で食事をしていると「ディンギアの連中が国境付近を荒らしているので、フグィの方に動員がかかるらしい」という話が聞こえてきた。


(あら、本当にあるんだ……)


 と思い、これは伝えてやるかと思いつつ、宿屋へと戻った。




 宿屋に戻って、主人に「ノルンは戻っているか」と聞くと、意外な答えが返ってきた。


「あれ、貴女のところのミワさんだっけ、彼女と出て行ったよ」


「えっ、ミワと?」


 そういえば。レミリアは思い出す。今朝もその前の朝も、ミワはいなかった。朝からすぐ出かけていたので気づいていなかったが、その間ずっと?


 部屋に戻って、エレワに尋ねた。


「ミワって、どこかに出かけているの?」


 問われたエレワは青白い顔になって言う。


「……実は、隣のノルン様と……」


「ノルン様? ということは、ミワだけでなく、貴女も彼と一緒にいたわけ?」


「あ、はい……」


「いや、貴女達が夜をどう過ごそうと、私にはどうこう言う権限もないけれど、二人してついていくということは、そんなに魅力的に見えるわけ?」


 レミリアにはピンとこなかった。もちろん、不細工と思ったわけではないが、そこまで魅力的だという気もしなかったからである。


(年齢も私と大差ないというか、多分下だろうし、背があるわけでもなくて、頼り甲斐もなさそうだし、この二人が何をいいと思ったんだろう?)


「はい……。何といいますか、遠くに出ている寂しさを一時忘れさせてくれると言いますか」


「ほう。寂しい?」


 レミリアは苦笑した。自分といると、寂しくて仕方がないと言われているようなものだからである。


「それはまあ、悪いご主人様で申し訳ないとは思っているけどね……」


「あ、違います。そういうわけでは……」


「では、どういう訳なのよ。変な言い訳されるくらいなら、はっきりおまえといると大変なんだよと言われた方が、私もすっきりするわよ」


「いえ、姫様といることがどうというわけではなく、カタンからも遠い地に来て、知る者もいなくて護衛の不安があるところに、あの人はすんなり入ってくると言いますか」


「……ふうん。じゃあ、親族のミワと奪い合うくらいの魅力があると?」


「いいえ、私は、姫様の護衛という自身の役割を放置するほどには堕落していないので」


「それはどうも」


 軽口をたたいて、同時に気が付く。


「ということは、ミワはあいつと行ってしまうかもしれないと?」


「ノルン様が認めるのであれば、そうなるでしょう……」


「……偉そうに忠誠を要求できるような主人ではないから、それは仕方ないけど、急な展開ねぇ。あの二人、何時くらいに戻ってくるのかしら?」


「昨日は朝の三時くらいではなかったかと?」


「三時か……随分遅いわね」


 レミリアは外の日時計を確認し、溜息をついた。



 その深夜。


 九時に寝たレミリアは二時にエレワに起こしてもらい、宿の一階で欠伸をしながら待っていた。


「姫様、朝まで戻らない場合はどうするんですか?」


 付き合っている宿屋の主人も眠そうである。


「……その場合は仕方ないわね。そもそも、戻らない可能性だってあるわけだし」


 そうこう、一時間ほどしたところで、外から小声のようなものが聞こえてきた。それが次第に近づいてくる。


(何か、私の方が悪いことをしているみたいね……)


 やがて宿の扉が開き、ノルベルファールンとミワの二人が入ってきた。二人とも正面に座っているレミリアに気づいて硬直したように固まる。それを見て、レミリアは苦笑した。


「お帰りなさい」


「……どうも」


 ノルベルファールンはいかにもバツが悪そうな様子で答えた。


「あ、別に文句を言おうと思ってここにいるわけじゃないから。単に朝帰りの男女ってどんなものなのか見たかったということと、今日……じゃなくて昨日になるのか、昼間に図書館近くでディンギアの方が動くという話を聞いたものでね。教えてあげようと思っていたというその二つね」


「フグィで人を集めているという話は私も聞いていました。この後出ようと思っていたところです」


 ノルベルファールンの言葉に、ミワが「えっ?」と声を出す。レミリアがノルベルファールンを見据えた。


「ミワの様子を見る限り、黙って出ていくつもりだったみたいね」


「それはまあ、まさか他所のお偉い様の従者を横取りするわけにもいかないでしょう」


 ノルベルファールンの言葉を受けて、今度はミワを見た。


「ということみたいだけど?」


「私は……ノルン様と……」


「らしいわね。エレワが言っていたわ」


 ややこしいことになってきた、レミリアはそう思った。眼前のミワはノルベルファールンにどこまでもついていくつもりである。しかし、片方には全くそんな気がないように見える。


「ねぇ、ノルン。ミワはこう言っているのだし、ひとまず三人でフグィに行ってみるというのはどうかしら? 一応エレワも含めて武芸には精通しているはずだし……」


 自分の喧嘩ならともかく、部下の恋愛沙汰となるとレミリアも自信がないので、弱気に提案する。


「……私は別に構いませんけれど……」


 ノルベルファールンからもいざこざは避けたいという素振りが見て取れた。



 その朝、三人とノルベルファールンは馬車を雇って、ホスフェ南部の街フグィへと向かう。


 ノルベルファールンは御者の隣に置くことにした。さすがに従者二人とノルベルファールンを同じ場所に置いておくのは、空気が重すぎて耐えられないと思ったからである。


「軍人希望というし、とりあえずノルベルファールンの能力というものを見てから、未来のことを決めなさいな」


 レミリアは二人の従者にそう提案する。ノルベルファールンは宰相家の生まれとはいえ11番目ということだし、軍事的な才能がないとほぼ出世はない。


「でもさあ、あいつって15歳でしょ。あんた達19歳でしょ。一つ年上の私が引っ掛かるなら分かるけれど、4つ年上の二人が引っ掛かるっていうのはどうなのよ?」


「……」


 二人は押し黙ったままであった。


「はい、はい。私という嫌な上司がいるから、優しく見えそうな少年に流されてしまうわけね。悪うございました」


「そ、そういうわけでは……」


 必死に言い訳している二人を横目に、御者と話をしているノルベルファールンを見た。御者も笑顔を浮かべて楽しそうに話をしている。


(……もしかして、私の性格が悪すぎるから彼と仲良くできないだけなのか?)


 レミリアの見た人間は全員ノルベルファールンを好意的に見ている。あるいは中立的に見ている自分が変わっているのかもしれない、レミリアはそんな不安を抱いた。

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