第3話 レミリアとノルン①
三月半ば。レミリアの姿はホスフェにあった。
年明けすぐにヨン・パオを出ると、逆風の中コレアルまで船で移動し、コレアルからコルネー東部、サンウマを経てホスフェ西部に入った。
そこから東に首都オトゥケンイェルまで馬車で移動してきたのである。
ホスフェ共和国の首都オトゥケンイェルは人口35万人。ホスフェでは最大の街であった。
「共和国だから、他国人でも学校に入れてくれるでしょ」
レミリアは気楽に街を歩く。その後ろを、ヨン・パオからついてきた二人の従者がついてきていた。共に女性で、武芸に秀でている。一人はミワ、もう一人はエレワと言い、姓はどちらもヤンティである。
血縁関係はあるが姉妹ではない。しかし、姉妹のように並んで付き従っている。
「姫様、もう問題は起こさないでくださいよ…」
「……私は問題を起こしていないわよ。問題を起こしていたのは、あいつらでしょ。私はそれを冷静に指摘しただけよ」
「だからと言ってあんな喧嘩腰なことをしなくてもいいじゃないですか……」
日頃は武芸に精通しているだけあって、引き締まった表情をしているが、レミリアに振り回されてきているせいか、縋るような表情である。
それを受けてのレミリアは、いつものように表情が薄い。
「というか、あたしはヨン・パオで問題起こしたのだし、こういう性格だから王位継承とか無理だろうからついてこなくていいんじゃない? 残りのお金で生活していくから、二人ともナガスに帰ったら?」
最悪、生活の糧に困ればコルネーに行けば、フェザートの下で適当な仕事にはつけてくれるのではないかという期待もできる。それがダメなら、もう少し広めに人を募っているナイヴァルに行ってもいい。
「そんなわけにはいきませんよぉ。国王陛下から、レミリア様のことを頼まれているんですから……」
「そうですよ。置いてきたなんて言ったら、二人共打ち首ものですから……」
情けないことを言う従者に辟易としつつも、レミリアはひとまず宿の確保に向かった。
人と交際することはほとんどないレミリアであるが、知識が多いせいか宿屋の人間とはすぐに打ち解けるという有難みの薄い長所がある。
オトゥケンイェルでも、宿屋の主と仲良くなることに成功し、自分と従者二人の部屋を手ごろな値段で確保することに成功した。
「あ、ただ、隣の部屋にも遠くからの人がいるんで。部屋は大きめの一つでどうだい?」
「……」
宿屋の主人の言葉に、レミリアはミワとエレワを見る。
「な、何ですか? そんな邪魔者を見るような目をしないでくださいよ!」
「そんなつもりはないわよ。三人だと誰かがいびきとかうるさいとどうしようと思っただけ。私も自分がどうなのか知らないし。貴女達は隣の宿にする?」
「そんなわけにはいきませんよぉ。意地悪言わないでくださいよぉ……」
二人が泣きついてくるので、大部屋三人で了承する。
「……隣の部屋の人、遠くからってどこから来たのですか?」
「えっとね。アクルクアの……確かベルティって言ったっけ?」
「へぇ……。確かに遠いですね」
レミリアがつぶやいた。
次の日、レミリアはオトゥケンイェルにあるラグシュ大学を訪れた。
しかし、入学資格などは問題なかったものの、入学の時期が毎年一月からであると知り断念する。
(さすがに九か月くらい無為に過ごすわけにもいかないしねぇ……。ほとぼりが冷めたらヨン・パオに戻るか……)
それでも、せっかく来たのであるから図書館くらいは見に行こうと思い、大学施設の隣にある図書館へと向かった。その途中。
「お姉さん、ここの人じゃないでしょ」
不意に声をかけられた。正面から、同い年くらいの少年が歩いてきていた。太陽の光を受けて輝く青色の髪も目立つが、それ以上に滅多に見ない紫色の瞳が特徴的である。
「……ここ、今日休みなんですって。今、それを知って空振りで帰るところです」
「……なるほど」
よそ者の自分が間違えた以上、その後にやってきた自分も同じと判断したということか。レミリアは納得する。
「……」
ならば帰ろうと思ったところで、少年が自分と同じ方向に歩いている。
(あ、もしかしたら、この子がベルティから来たって人か)
レミリアはそう見当づけ、「もしかして睡眠亭に向かうの?」と自分の宿を出して問いかけてみた。少年が不思議そうな顔、「どうして分かったの?」という顔で振り返る。
「君も私と同じ余所者で、私と同じ宿の方向に向かっているということは、そうじゃないかと思っただけよ」
「なるほど。そういえば、朝、主人から言われていましたよ。気づかなかった」
宿に戻ると、二人は一階のカフェテラスに座った。
「僕はノルベルファールン・クロアラントと言いますけれど、名前が長すぎるのでノルンって呼んでもらっています」
「その長い名前には何か意味があるの?」
「分かりません。私の母親、長い名前が好きみたいで弟の名前もジェムスルターケンという名前です。ちなみにノルンという綽名はオルセナの王女につけてもらいました」
「オルセナの王女? ということは、ベルティでもまあまあの身分なわけね」
「はい。これでも一応前ベルティ宰相の息子です。十一番目だし、現宰相は兄なので見込みはなし。軍務に行くしかない立場ですけどね。ハハハ」
ノルンはそう言って屈託のない笑みを浮かべる。
「アクルクアはしばらく平和で戦争がなさそうなので、こっちに来ました」
「まあ、確かにホスフェはフェルディスとの関係が微妙だものね」
「それに、南の方もきな臭いと言う話ですよ。ディンギアっていうところの部族が押し寄せてくるんじゃないかって」
「でも、兵士とかいないわよね?」
「いませんね」
「一人で戦えそうな感じには見えないけど?」
ノルベルファールンは年齢もそれほどではないのだろうが、背丈が普通の男よりも低いし、体格が発達しているようにも見えない。
「まさか魔法でも使えたりするとか?」
「残念ながらそれはないですね」
「なら、厳しいんじゃない?」
「兵士は必要なら集めますけれど、とりあえず、戦闘を体験してみたいんですよ」
その気になれば、いつでも兵士を集められるような物言いにも聞こえる。自信があるのか、何も分かっていないのか。
(単なる馬鹿とは思いづらいけれど……)
フォクゼーレの上層の面々と比較すると、話をしていて面白い部類であるが、フェザート・クリュゲールのような頼れる指揮官という印象はない。どこまで真面目に取り合うか考えさせられる人物である。
「私の真価を、今すぐに計る必要はないんじゃないですか?」
ノルベルファールンの唐突な言葉に、レミリアは驚いた。自分の中で判断しようとしていたことを言い当てられたからである。
「私自身、自分がどれほどの者なのか分からないですしね」
「……そうね」
「まあ、レミリアさんはかなり個性が強いといいますか、容赦ないところがありそうですが、きちんと使い方を理解する人の下につければ活躍できそうですけれどね」
「……そんな理解をしてくれる人はいるかしら?」
つい最近、フォクゼーレの政争をしている両方と喧嘩をしてきた身である。間違ったことをしたという意識はないし、事実どちらの立場からも「お前は間違っている」とは言われていないのであるが、相手の寄る辺を突き崩したのも事実である。こんな自分を理解してくれる者がいるのかどうか疑わしい。
「どうでしょうねぇ。オルセナの王女なら、貴女みたいな人でも使えるような気はしますけれど」
「随分な言い方ねぇ」
自分の言動に問題があることは理解しているが、初対面の相手に「貴女みたいな人」と言われるのも相当である。と、同時にその例外を提示されたことも気にはなる。
「オルセナ王女っていうのは、そんなに度量のある人なの?」
「度量がある、というより何かとても不思議な人ですね。ただ一緒にいるだけで自分の至らなさを思い知らされる稀有な人です」
「ふうん」
レミリアは興味をもったものの、現実的な何かを抱くことはなかった。カタンからかなり遠くには来たが、ここからアクルクアまで行こうという気はない。
当然、自分が後々オルセナ王女に仕えるかもしれないということを思うこともなかった。
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