第7話 国内情勢③
大陸暦769年の正月を、レファールはバシアンへの途上で迎えた。
その三日後、バシアンまで半ば強引に連れてこられたレファールは着いた足で大聖堂へと向かう。
「レファール・セグメントでございます」
「よく来たわね、レファール」
「いや、何か無理矢理連れてこられたのですけれど…」
「そうよ。レファールを放っておくとナイヴァルが大変なことになるからね」
「……何が大変になるんですか?」
「それが分かっていないのが一番まずいのよ。10年後、20年後のことを考えると今ここで死刑にしたいくらいなんだけれど」
「え、えぇっ!?」
いきなり死刑という言葉を使われ、レファールは周りを見渡す。幸い、周囲もびっくりしているようなので、陰謀があったわけではないらしい。
「それは冗談よ。でも、知らないというのは本当に危険なのよ」
「……もしかして、私がシェラビー枢機卿についたら……という話ですか?」
二か月前に、彼女の父ネイドと話していた内容を思い出す。
「それについては一応検討しておりまして、近々第三の男をナイヴァルに造ろうかなと思っておりまして」
「誰かを立てたとしても、結局貴方かシェラビーの影響を受けるでしょ?」
「……」
答えることができなかった。
レビェーデなら大丈夫だろうと思ったが、彼の場合、いつまでもナイヴァルにいるという保証がない。その次についてはまだ誰にするかも決めていない。
(ボーザは無理だろうからなぁ……)
「だから、近日中にあたしの側近となるように指示を出すわ。引き受けてくれるわよね?」
「えっ、総主教の?」
「引き受けて、くれるわよね?」
有無を言わさぬ口調である。
「……はい。分かりました。ということは、当面バシアンに滞在ということになるのでしょうか?」
ミーシャが嫌いというわけではないが、バシアンに長期滞在というのはあまり楽しくない。自由な気風のサンウマの空気に慣れてしまっているため、宗教色の強いバシアンは息苦しいものがあった。
「当たり前でしょ。嫌なら国外」
「えっ、追放ですか?」
「使節とかそういうのよ。それとも追放されたいわけ?」
「いや、それは困ります」
今、ナイヴァルを追放されたら行くアテがない。コルネーに戻ることは無理だし、ホスフェで一からやり直しというのも辛い。
「仕方ないですね……、何も言っていないので、サンウマの人達に一言言っておきたいのですが」
「分かったわ。二週間以内に戻ってきなさいよ」
「……はあ」
乗り気ではないが、といって彼女の考えが変わるとも思えないので、なるべく善処すると約束してサンウマに戻った。
年明けにいないので、色々問題になっているかと思いきや。
「総主教に呼ばれていたらしいな」
シェラビーの様子はいたって普通であった。
「はい。しばらく側近を務めてほしいと言われました」
「なるほど。俺とおまえが同じ場所にいるとまずいと思ったというわけか」
「……そういうところもあるかもしれませんね」
「まあ、いいのではないか?」
シェラビーがすんなりと認めたので、レファールは驚いた。
「しばらくは力を蓄える期間だからな。おまえもしばらくバシアンで他の枢機卿や総主教の人となりを見るというのもありかもしれない」
「それはいいのですけれど、バシアンの空気は好きになれないので、できればサンウマの方が良かったですねぇ」
正直な思いを吐露すると、シェラビーも頷いて笑う。
「気持ちは分かるが、バシアンでもまだマシな方だぞ。俺がこの前飛ばされていた北東のあたりはもっと宗教色が強いからな」
「うわ、バシアンより酷いところがあるんですか…」
自分でもはっきり分かるくらい、レファールはげんなりとなった。
「住めば都というし、何ともなるのではないか。どうしても厳しいようなら、しばらく外交使節でもしたいと言えば、気分転換になるだろう」
「ああ、総主教もバシアンが嫌なら国外だと言っていましたね」
シェラビーとの話が終わると、シルヴィアのいる別邸へと向かった。
「あ、レファール様」
入り口近くで花に水をやっていたメリスフェールが気づいて挨拶してくる。
「久しぶりだね、メリスフェール」
「そうですね。すっかりご立派になられたようで姉さんも喜んでいます」
「……随分としっかりしたことを言うようになったじゃないか」
「そうですか? 相変わらずいらない好奇心が多すぎるとよく言われるのですけれど」
「……そういえば小ルベンスとの関係はどうなったの?」
問いかけると、メリスフェールがにんまりとした顔を向けてきた。
「レファール様、いけないんだ。姉さんがいるのに、妹にも手を出そうなんて」
「手? 手は出さないよ。全く知らない子でもないし気になっただけだから」
とまで答えて、慌てて付け加える。
「そもそも、サリュフネーテにしても、別にそんな話で決まったわけじゃないから!」
最近、周囲から当たり前のように言われているが、別に当人同士で合意したわけでもないし、母親のシルヴィアにも何も言っていない。
否定してから、既成事実として半分くらい受け入れそうになっている自分に驚く。
「つまり、レファール様にとって姉さんは遊び相手と……」
「こら、そういうことをどこで覚えた?」
「皆様がよく話されています」
「……それについてはまた今度聞くとしよう。シルヴィアさんはいる?」
「おりますよ。一緒に行きましょうか」
そう言って、大人ぶっているのか、レファールの右手に自らの左手を絡ませる。年齢の割には背が高いので、横に並ばれると淑女のように見えなくもない。
「出会った頃に比べると大分背が高くなったよね」
「そうですね。まだもう少し高くなるはずです」
「そのうち、私より高くなるんじゃないか?」
レファールは180センチとまあまあ高い部類であるが、シルヴィアは自分より少し低い程度である。三人いる娘の誰かは自分と同じくらいまで成長するのではないかという気がする。
「どうでしょうねぇ。母と同じくらいにはなりたいですが……」
「そうなったら、ものすごくスタイルがいいだろうね。さぞやモテることだろう」
「そうかもしれませんね。6年後、私と小ルベンスがどうなっているのか、全く想像もつきませんし」
一瞬だけ遠い目をしたように見えた。やはり小ルベンスとの縁談は決まったことらしい。
「仕方ないんじゃないかな。俺の3年後も全く見えないからねぇ」
「ですが、レファール様はこの先、栄光の道が待っているように思います。小ルベンスはどうでしょうか?」
「栄光ねぇ」
レファールには全く見当もつかない。
「あ、別に栄光の有無で相手を計るつもりはないですよ。小ルベンスが嫌いというわけでもないですし。でも、何か長生きできそうな気がしないんですよねぇ」
「メリスフェール、人の不幸ばかり想像することはやめた方がいいと思うよ。以前、私が大怪我するとも言っていたよね?」
プロクブルに攻め込む前の話のことを思い出す。戦場に向かう者に対して「大怪我すると思います」は、穏当ではない。
「占い自体は当たるはずだったんですよ。姉さんの愛の力が変えたんです。私のおかげでレファール様も、姉さんもプラスになったので、お互い感謝してほしいです」
「……君は長生きしそうだね」
ああ言えばこう言うスタイル、ストレスなど無縁で長生きできそうである。
「そうですね。この世界がどう変わっていくのか、見ていきたいです」
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