第8話 国内情勢④

「お母さん、姉さん、レファール様連れてきたよー!」


 メリスフェールが玄関で大声を張り上げるが、反応はない。


「じゃあね」


 そこまででエスコートごっこに飽きたのだろうか、メリスフェールはそそくさと玄関の方に走っていった。


「失礼します」


 シルヴィアの別邸には使用人はいない。安全を考えて外に警備兵はいるが、中は完全な女の園だ。レファールは中に聞こえるように大きめの声で挨拶をして、応接間への扉をノックした。「どうぞ」と返事があったので、中に入る。


 シルヴィアが応接間のソファに腰かけていた。手元に本があるところを見ると読書中だったらしいが、いつの間にかテーブルには二人分のカップが用意してある。メリスフェールの声を聞いて急いで準備していたのであろうか。


(しかしまあ、いつ見ても20代半ばに見えるが、どういう美容方法を取っているんだろうなぁ…)


 自分の母親や、コレアルの30半ばの女性を思い出しても、シルヴィアのように若々しい女性は一人も見たことがない。それは彼女の美容技術がなせる業なのか、あるいは女性のための施設という目標があるゆえのことなのかは分からない。


「レファール殿、この度はありがとうございました」


「いえいえ、ホスフェ側からすんなりと理解を得ることができて良かったです」


「それもレファール殿の人柄があってのことでしょう」


「人柄といいますか、何といいますか」


 ホスフェでの人気は、コルネーという王国、フォクゼーレという帝国を倒したということによるものが大きい印象であった。人柄というよりは、戦績といった方が正しそうだ。


「とにもかくにも、いい方向に向かっているようですので、いい施設ができることを期待しています。ところで…」


「……?」


「実は私、総主教ミーシャ様の側近として採用されまして、近くバシアンに向かうことになりました」


「まあ、総主教様の」


 シルヴィアにとっては青天の霹靂であったのだろう。驚きを隠そうともしない。


「とは申しましても、そんな物凄く長期にわたることはないかと思いますが…」


「いえいえ、ご栄転、喜ばしいことです」


「栄転、なんですかねぇ」


 ミーシャの意図を簡単に説明するなら、「おまえがフラフラしていると国の迷惑になるから当分下にいろ」というようなものである。

 これを栄転といっていいのかどうかは分からない。


 落ち着かないので茶を口に含んだところで、シルヴィアが言う。


「そうしましたらサリュフネーテはしばらく一人で花嫁修業ということになりますわね」


 思わず吹き出してしまい、一部がシルヴィアのドレスにもかかった。


「ああ、申し訳ありません!」


 慌てて頭を下げて、テーブルのあたりをハンカチで拭く。


 シルヴィアはというと、特に動じるところもなく、クスッと笑う。


「誰が相手になるかは、一言も申し上げておりませんことよ」


 と言い、応接間の外に出て、二階に呼びかける。


「サリュフネーテ! リュインフェア! 降りてきなさい」


 呼びかけると戻って、また正面に座る。


「娘の中ではメリスフェールが一番大人びているんですよね……。あの子は毎日のように外にいて、残る二人は部屋の中で作業をしたがっていて、それが悪いとは言いませんが、少しはメリスフェールのような明るさを身につけてもらいたいものです」


「……確かにメリスフェール様は明るいですが、サリュフネーテ様もリュインフェア様もそれぞれの良さがあると思いますよ」


 レファールはそう言った。それ自体は彼の本心でもあった。




 しばらくすると足音がして、ほぼ同じくして二人が入ってきた。


 先に入ってきたリュインフェアは間もなく9歳になる。元が小さいせいか、少しの身長の伸びがはっきり見て取れる。


 一方のサリュフネーテ、13歳になったということであるが、母のシルヴィアの高身長を受け継いでいるのか、既に普通の女性と遜色ないくらいの背丈になっている。


(物静か……でも別にいいんじゃないのかな?)


 シルヴィアはメリスフェールの外向性を買っているようであるが、サリュフネーテの落ち着いた雰囲気も決して悪くないと思っている。


「二人とも、レファール様が来たのだから、部屋に閉じこもっていたらダメでしょ? メリスフェールの声が聞こえなかったなんてことはないわよね?」


「は、はい。ごめんなさい。お母さま……」


 リュインフェアは謝罪して頭を下げる。一方のサリュフネーテは無言のままで頭を下げた。その様子にシルヴィアが「ふう」と溜息をつく。


「リュインフェア、お菓子でも食べましょうか。サリュフネーテ、貴方はレファール様に庭を案内しなさい。半年の間に色々なものを植えていたでしょう?」


「は、はい」


 サリュフネーテが頷いた。


(うわぁ……参ったな)




(参ったな。どうすればいいんだ…)


 レファールは頭をかきながら、庭を歩く。


(ある種の公認ではあるのだろうけれど…)


 シェラビーからも、シルヴィアからも、サリュフネーテの話をされている。さしあたり本命は自分ということなのであろう。だから、恋人のようにふるまっても特に問

題はないとも言える。


 しかし、サリュフネーテはまだ13歳で子供と少女の中間くらいの年齢である。この相手に、結婚前提のようなことを話すのはどうなのか。

 元々、それほど恋愛経験があるわけでもないのでレファールは言葉に詰まる。


「……しばらくバシアンに行くことになったんだ」


 ということで、場を持たせるためにする話は、再びミーシャの側近になったということである。


「しばらくと言いますと、どのくらいでしょうか?」


 サリュフネーテが寂しげな視線を向けてきた。その憂いを帯びた表情にレファールはまるで自分が悪いことをしてしまったかのように感じる。彼女と距離を置くために言ってしまったかのように思えた。


「総主教様の下でしばらく側近をすることになった」


「そうなのですか……」


 サリュフネーテは視線を落とす。


(こ、これでは何か酷いことを言っているだけのように思える……)


 先ほどのシルヴィアの「メリスフェールのように外向的であれば」という言葉が思い浮かぶ。メリスフェールなら、こういう時に軽口の一言を叩いたりしたであろう。「不幸な目に遭うわよ」くらいの言葉でも、今の無言の重い空気よりは有難い。


「えーっと、庭に何を植えていたんだっけ?」


 別の話題に移すしかないと庭の花壇の方へと走り寄った。


「この前、チューリップをいただきましたので、植えています」


「そうか。春になると、綺麗になるだろうなぁ」


「……はい。ただ、見る人は四人しかいませんが…。私と、メリスフェールと、リュインフェア、あとはお母さま……」


「……」


「……申し訳ありません」


「えっ、何で謝るの?」


「私には、メリスフェールみたいにあれやこれやと話を繋ぐ能力がなくて、レファール様を退屈させてしまいまして……」


「い、いや、そういうことはないよ。私も何というか、どういう話をしたらいいのかよく分からなくて、退屈させてしまってすまない……」


 レファールは頭を下げる。


 正直な思いであった。


 と同時に、「ひょっとしたら、自分とこの子は結構似ているのだろうか」とも思った。

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