第6話 国内情勢②

 ナイヴァル国の都バシアンの大聖堂に、長身のネイド・サーディヤの姿があった。


「総主教、こちらの人事に目を通していただけますか?」


 と自らの娘でもある総主教ミーシャ・サーディヤに書類を手渡す。面倒そうに受け取ったミーシャはチラリと目を通して、ある一点に目が点になる。


「レファールを大司教に!?」


「何か問題が?」


「問題が……って、とう……じゃなくて枢機卿、何を考えているの? 彼はナイヴァルの人間ではないし、信仰心を証明したこともないのよ」


「ナイヴァルの人間ではないですが、この度のトリフタでの戦いでは誰よりもナイヴァルのために尽くしてくれました。これだけの戦いをした者に信仰心がないということがありえましょうか?」


 ネイドが平然と答える。ミーシャの表情が険しくなる。


「何を企んでいるの?」


 父を糾弾するような口調に、ネイドは平静に応じる。


「私はただ、ただ、ナイヴァルが良くなれるように知恵を振り絞っています」


「それがレファールの昇格というわけ?」


「本当ならば枢機卿にしてもいいくらいです」


 ミーシャは唖然となり、不快感を隠さず荒っぽい口調になる。


「レファールはまだ20歳にもなっていないのよ!?」


「シェラビー・カルーグは16歳で枢機卿となっております」


「それはカルーグ家が代々枢機卿の家系だからでしょ? 職位を餌にしてレファールを自分の陣営に引き込みたいわけ?」


「……私はただ、ふさわしい人物にふさわしい位階をと願っているだけです」


「とにかく、これは却下よ、却下! 総主教権限で認めることじゃないわ。枢機卿会議で通してきなさい」


 そう言って、ネイドにつき返そうとした時、ミーシャはハッとなった。

 目の前のネイドは笑みを浮かべていた。自分の視線に気づくと、すぐに平静な様子に戻るが、それでも表情のいたるところに勝ち誇った様子がうかがえる。


「……承知いたしました。枢機卿会議を通して、改めて提出いたします」


 そう言って引き下がっていった。




「やられた!」


 その日の謁見が終わり、私室に終わるとミーシャは苛立ったように叫んだ。


「どうかされましたか?」


 侍女のマリヤムが不思議そうに尋ねる。


「レファールの件よ! 失敗したわ」


「恐れながら、何を失敗なされたのでしょうか?」


「枢機卿会議案件にしちゃったことよ。父さんはもちろん賛成だし、レファールの上司のシェラビーも承諾するに決まっているわ。ネオーペもコルネーとの講和の件で袖の下貰ったみたいだからこの件ではレファールにつくだろうし、この時点で半数がレファールについてしまう。あと三人の誰かがOK出せば、レファールはそのまま枢機卿にだってなりかねないわ!」


「レファール様が枢機卿となられて、何か問題なのでしょうか?」


「……あんた、本気でそう思っているの?」


「えぇ。だって、レファール様はここ100年間で最大の戦果をもたらした方だと思うのですが」


 小競り合いはあったものの、万単位の戦いというものはここ数十年起きていなかった。久々に起きたそれを、相手に問題があったとはいえ一戦で終わらせたレファールの権威というものは歴史上でも屈指である。


 ミーシャももちろんそのことは分かっている。


「だからまずいのよ!」


 ミーシャは半ば叫ぶような声を出している。


「レファールの何がまずいって、本人にこれといった野心がないのに能力と評判が高すぎることなのよ。この上地位までついてきたら、このナイヴァルで二番手、三番手の存在になってしまう。なのに、本人に野心がないから父さんかシェラビー、どちらかの道具になるのが必至なのよ。道具にする方はレファールがつくことで能力不相応な力をつけてしまって、下手をするとナイヴァルを破滅にまで導いてしまう可能性がある……。今まではシェラビーとその他が分かれていたから、妥当な方についていればよかったのよ。今後はそういうことが通用しなくなる恐れがある」


「それは大袈裟では……?」


「じゃあ、教えてよ。シェラビーとレファールがくっついたら、どうすればいいの? 総主教として何かできると思う?」


「……」


「逆に父さんとレファールがくっついて、シェラビーと全面対決したら、あたしはどうやって仲裁すればいいわけ?」


「それならば、総主教の側近にするのがベストというわけですね?」


「側近?」


「はい。総主教様の……個別の」


「そうか。そういえばそうだ」


 どちらについたらまずいということばかり考えて、自分の下に直接つけるという発想はなかった。総主教という立場なので、考え方が慣例に支配されていたこともあるのであろう。


 そう、慣例である。


「でも、総主教の個人的な側近なんて過去にいないわよ」


「ただ、ミーシャ様は女性ですし、伴侶というと問題ですが、特別な立場の側近がいても問題はないのではないかと思いますが…」


「そうか。その手があるのか。マリヤム、貴女やるじゃない!」


 ミーシャは大きく手を叩いた。



 数日後、ミーシャからの個人的な使者がサンウマのレファールの下に派遣された。


「すぐさまバシアンに来い? 一体どういうことなんだろう?」


 と首を傾げるが、ミーシャがそこまで急かすということは余程のことなのだろうという見当はつく。


「分かりました。シェラビー様の許可をもらって」


「なりませぬ」


「……はっ?」


「総主教の呼び出しでございますぞ。何故に枢機卿の許可を貰う必要があるのですか?」


 使者の表情は険しい。


 確かに立場的には、総主教の下に枢機卿がいる。使者の言うことは正しいは正しいが。


「許可は多分もらえるだろうし」


「なりませぬ。レファール様はシェラビー枢機卿が総主教より上であると言われるか?」


 そこまで言われると返す言葉もなくなるが、どうしても「堅苦しいなぁ」という思いも拭えない。


「私の方からシェラビー枢機卿から伝えます。総主教は何よりレファール様が一刻も早くバシアンに来ることを願われているのです。それに背くという以上、レファール様に叛意があるとみなすしかありません」


「分かったよ。今すぐ行けばいいのだろう?」


 レファールは諦めてバシアンに向かう準備をする。


(そういえば、ファーロット親子にも会っていないなぁ。年明けには向かうと言っていたが、バシアンに行ってしまえばそれも難しくなるなぁ)


 と、玄関先から悲鳴があがった。


「な、何ですか!? この邪神のような絵は?」


 玄関の絵を見た使いの従者が完全に座り込んでいる。うち一人の股間の付近がかなり屈辱的な状況になっている様子も見て取れた。


「い、いや、それは……ボーザの奥さんが…」


「レファール様!? もしや本気でユマド神以外の神をおおっぴらに…?」


「……そういうわけでは」


「この絵はバシアンで祓った上で焼き払うことといたします。よろしいですね?」


「……ええ、まあ。総主教からの経緯説明文は欲しいですが…」


 それがなければ、後々玄関から絵が消えていることについてボーザ夫妻から問い詰められるのは自分である。


(というか、ボーザは大丈夫なんだろうか?)


 色々とややこしいことなったと、レファールは溜息をついた。

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