第5話 国内情勢①

 レファールは短い日程で、多くの要人と会った後、サンウマまで戻ることにした。


 ホスフェの都オトゥケンイェルにも興味があったが、まずは報告を優先することにしたのである。


 年内ギリギリで戻ったレファールは、久しぶりにシェラビーと会う。


「ご苦労だったな」


 ねぎらいの言葉をかけるシェラビーに、レファールは素直に跪く。


 ネイド・サーディヤやフェザート・クリュゲール、ホスフェの議員達のやり取りからはそこまでしなくてもいいのではないかという思いもないではない。しかし。


(やはり、私の人生を切り開いてくれたのはこの人なのだ)


 という思いは否定しようもない。


「トリフタの件は驚いたぞ。俺がいないから、フォクゼーレが油断したのかもしれないが、あそこまで完璧な勝利を収めるというのは想定していなかった」


「いや、まさにシェラビー様がいなかったから、相手が油断していたのだと思います」


 レファールは冷や汗を流しながら説明をする。


 会心の勝利であったことは間違いないが、自分としてはできることをしただけという印象である。この勝利をあまり評価されるのも気味が悪いし、ネイドのように「おまえとシェラビーの二人でナイヴァルはいかようにでも動かせる」などという印象をシェラビーに与えたくはない。


「しかもシルヴィアのために色々動いてくれたと聞く。感謝している」


「とんでもございません。ホスフェからは建設の了承は得ております。ただ、その他の事柄を二、三ほど持ち込んでおりますが」


 ホスフェが完全に慰安施設だと思い込んでいること、また、沿岸で不測の事態が起きたことなどはそのまま持ち込んでいる。今後、シェラビーかミーシャの許可を得なければレファールとしては動きようもない。


「……沿岸部にかけてはサンウマの支配者の一存で何とでもなるだろう」


「そういえば、ネオーペ枢機卿はどこへ行かれたのですか?」


「領地に帰った。取るものは取っただろうし、な」


 シェラビーは冷笑を浮かべた。


 取るものというのは、フォクゼーレからの個人的な謝礼金のことであろう。停戦協定のことを思い出し、自分のことも信用されていない扱いを受けたことを思い出し、複雑な気分になる。


「息子は?」


 メリスフェールに求婚していたという話を思い出した。


「息子も一緒だ。俺と一緒にいたら、スパルタ教育で耐えられんだろうからな」


「スパルタ教育するのですか? 後々、ライバルになるかもしれませんよ」


「ああ、そういう見方もあるか。だが、前も話したように、俺はミベルサ全土を支配したい。ルベンスの息子程度で色眼鏡をつけているような男には、そんなことは到底無理であろう」


「確かにそうですね」


「それよりも、何やらおまえとサリュフネーテがいい仲だという話をいたるところで聞くのだが本当か?」


「はい!?」


 レファールは素っ頓狂な声をあげた。


「いい仲というのがどういう仲かは分かりませんが、猊下の思われるようなことはないですよ。友達みたいな関係であることは否定しませんが」


「そうか。いつの間にそんなに話を進めていたと思っていたが…」


「ボーザ達は何でも大げさに話しますから。奴らの言い分はそのまま聞いていたら大変なことになりますよ」


「だが、バシアンで会った総主教もおまえのことを気に入っていたようだぞ、うん?」


 シェラビーは楽し気な視線をレファールに向ける。


「総主教は枢機卿のしかめ面ばかりだと面白くないからみたいなことをおっしゃっていました。多分、余所者の私が新鮮なのでしょう」


「そうか。まあ、そういうことにしておこう」


 シェラビーはそう言って、含みのある笑いを浮かべた。

 勘弁してほしい、レファールは内心で溜息をつく。




「それで、これからどうされるつもりですか?」


 コルネーとフォクゼーレの連合軍は撃退した。コルネーとの間ではまだくすぶるものはあるが、停戦協定を結んで交易のための制海権は確保した。


「当分は力を蓄える形になるのでしょうか?」


「そうだな。二年くらいは力を蓄えたい。その時点で、西のコルネーか、東のホスフェか決めることになるだろうな」


「フォクゼーレは?」


「……後回しだろうな。今回の敗戦でコルネーとの関係がぎくしゃくするのは間違いないし、潰し合ってくれればこちらにとっては有難いわけだが、わざわざ聞くということは、何か希望することでもあるのか?」


「戦いたいというわけではないのですが、この前捕まえた捕虜が大勢おりますので、それをどうしたものかと…」


「幹部クラスに関しては、ラミューレが身代金を掛け合っている」


「兵卒についてはどうしますか?」


「ラミューレに話はさせるつもりだが、恐らくはどうにもならないだろう。本人達の希望に応じて、このまま我々の兵力としてしまおうと考えている」


「……大丈夫ですかね?」


 食事のえり好みで弱体化してしまい、戦力とならなかったような兵卒である。ナイヴァルで戦うという期待もあまりできないのではないかと思った。


「スメドアから聞いたが、少なくともナイヴァルの食事に関して不満はないようだぞ。我々に捨てられればお先真っ暗なのだし、ナイヴァル兵と同じくらいには役に立つだろう。何といっても」


 シェラビーは笑う。


「コルネーから引き抜いてきたおまえが、これだけ対コルネー戦で役に立ったのだ。フォクゼーレから引き抜いた連中もフォクゼーレ相手に役に立つかもしれんからな」


「確かにそうですね」


 あっさり降伏した情けない連中という印象はあるが、それを言うならセルキーセ村での自分達も同じである。

 二万近い人数もいるのだから、その中に優秀な者がいるかもしれない。



 屋敷を出ると、久しぶりにサンウマに建てられた自分の家へと向かった。家と言っても独り身で使用人もいないため、不在が長いと埃が溜まっているだけである。それはさすがに人をやって綺麗にさせたが、家具も必要最小限のものしかなく、飾りもないため、殺風景な景色が広がるだけである。


 ……と思ったが、いざついてみると、花壇が設置されていた。


「え、誰が?」


「大将! 戻ってきたんですかい?」


 声の主はボーザである。隣の家の窓から顔を出していた。


「……何でおまえがそんなところにいるんだ?」


「何で、って、うちのが、大将に何かあったらすぐ駆けつけられるようにしておかなければなりませんよってうるさいからな」


 やりとりが聞こえたのか、隣の家の玄関から若い女性が顔を出した。


「レファール様ですか? 私、ボーザ・インデグレスの妻でリリアンと申します」


 美人というわけではないが、愛嬌のある顔立ちをしている。一緒にいて気分が安らぐような女性という印象であった。


「どうも。レファールです。あ、この庭ってもしかして?」


「はい。レファール様が不在の間、管理させていただきました」


「それはどうも……」


「家の中も何もなさそうでしたので、絵でもどうかと思い置いてあります」


 リリアンがそそくさと玄関に走っていく。ボーザがムスッとした顔で。


「俺の妻なのか、大将の妻なのか分からないくらい、大将の家のことを気にかけていますよ、全く……」


「それなら、わざわざ人の家の隣に住まなければいいのではないか?」


「それもあいつが、何かあってもすぐ駆けつけられるように大将の家のそばに住むべきです、なんて言うもんですから」


「……それだと、おまえに甲斐性がないからではないか?」


「そんなことはないですよ! 大将も早く奥さん貰ってくださいよ」


「先日まで、まだ三年かかる相手を勧めていたではないか?」


 いつもは茶化されているサリュフネーテの話を自ら切り出すと、ボーザは嫌そうに顔をゆがめた。


「ああ、三年は長いですよ。やっぱり歳は近い方がいいと思います」


「……おまえ、言っていることが全部自分に跳ね返っているぞ」


 サリュフネーテとの歳の差は七年である。それより近い方がいいとなると、八年離れているボーザはどうなるのか?


「何の話ですか? さあさあ、この絵をどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 礼を言って受け取ったレファールだが、一目見て目が点になった。


(何だ、この絵は……?)

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