第4話 ホスフェへ④
「とりあえず呼んでみましょう」
グライベルがそう言って、占い師の男に近づいた。知り合いなのであろう、声をかけられると素直に応じて、レビェーデの方に視線を向ける。
表情が明らかに変わったところを見ると、相手もレビェーデを知っているらしい。早めの足取りで近づいてきた。
「チャンシャン、久しぶりだな」
レビェーデの言葉に、占い師は怪訝な顔をした。グライベルが解説する。
「彼は、沖合を漂っていた時から、名前に関する記憶がないのです」
「名前が分からない?」
「率直に言うと、名前だけが分からないので、私は君のことをよく覚えているのだが、君の名前にしても出てこない…」
「レビェーデだ。覚えていないのか?」
問いかけに、占い師は沈んだ表情を見せる。
「他のことは覚えているのだ。君には二人の子供の従者がいただろう?」
「ああ。ワーヤンとホーリャだ。二人とも、今はサンウマにいる」
「更に青黒い馬に乗っていたな?」
「シュールガもサンウマにいる」
「私は、最後、船に乗ったところまで覚えているのだが」
「そうなんだ。おまえが船に乗った後、おまえの姿が見えなくなった。他の全員が何だかんだと助かったのに、おまえだけがプロクブルで行方不明になったんだ」
グライベルが驚きの声をあげる。それはレファールも同様であった。間違いなくこの二人は知り合い同士である。しかも、今年の一月二十五日にプロクブルにいた。
そのうえで、彼は翌日にホスフェ沖で発見されたという。
「どうしてそんなことが起きえるのか?」
グライベルが青ざめる。
レファールには海に関するはっきりとした知識はない。しかし、一般的に考えてありえないことだとは思った。距離にしても数百キロはある。しかも、海流はホスフェ沖からサンウマの南を通って東から西に流れるのである。
プロクブル周辺で海に落ちたのなら、コルネー南部のウニレイバに流れるのが普通であり、ホスフェ方面に行くはずがない。
「何らかの奇跡の力で瞬間転移でもしたのだろうか?」
そんな発想でもするしかなかった。
色々分からないことはあるが、ひとまず久しぶりの再会ではある。
レビェーデは占い師を連れて、別の席についた。レファールとグライベル、更にはその息子のラドリエルもついてくる。
「今はアムグンと名乗っている」
「そうか。なら、そちらを優先するか。そういえば覚えているか?」
「何だ?」
「確か、44歳になる前に死ぬと言っていたことを」
「ああ、覚えている。結果としては外れたのかもしれないが……」
アムグンは占いの結果が外れたらしいことを率直に認めるが。
「ただ、ひょっとすると私は二十五日に死んで、今は霊だけとなって生きているのかもしれない」
「おいおい。怖い冗談はやめてくれよ」
さすがのレビェーデも苦笑して応じている。
しかし、状況を考えるとその可能性にしてもありえないではない。
「まあ、そうだとすると何故縁もゆかりもないホスフェに流れたのだという疑問が私にもあるのだが」
「あのあたりの海には何かあるのだろうか?」
レビェーデの疑問に、グライベルが答える。
「そんなことはないでしょう。フグィの漁民が毎日のように沖まで出ていますし、アクルクア大陸からの船も定期的にやってきています」
「確かに…」
「気になることではありますが、世界には分からないことも多くあります。いずれ、時が解き明かしてくれるのを待つしかないでしょう」
グライベルの言葉に一同は頷いた。
その後、レファールは息子のラドリエルとの間で、二、三、会話を交わす。
数か月前に行われた選挙という制度に、レファールだけでなくレビェーデも大いに興味をかりたてられていた。
「金貨を配って、票を買うというのも中々不思議なシステムですね」
「まあ、現状がそうなっているだけで、本来は人となりを見て決めるという建前があるのですけれどね」
レファールの言葉に、ラドリエルが苦笑いしながら答える。
「金がどうこうという批判もあるかもしれませんが、一方で金さえあれば他の国のように王侯でなくても国のことを決められるという点では誇りにすべき制度だとも思います」
ラドリエルはそう言って胸を張るように笑った。
レファールは周囲を見渡し、ガイツ夫妻がいないことを確認して小声で確認する。
「よろしければ、でいいので教えてもらいたいのですけれど、ガイツ夫妻も似たような状況なのでしょうか?」
「そうでしょうね。こちらの地域の事情は知りませんので、詳しい状況までは分かりませんが、金のやりとりもなく信念で選ぶ市民なんてほとんどいませんよ」
「それもまた悲しい話ですよね」
「ああ、ただ、東部に関しては金ではなく、フェルディスに対する恐怖という別の理由もあるかもしれませんね」
「ほう…?」
「何せ、近年は国境近くまでどんどん人を入れてきておりますので。フェルディスに反対しているということがバレたら、商売敵などが一斉に弾劾する可能性もありますし、東部は別の意味で大変だと思いますよ」
「……ホスフェは元老院というところで国のことを決めていると聞きましたが、そこではフェルディスに対してはどうしようとしているのですか?」
「真っ向勝負では勝てませんので、なるべく時間を稼いでのらりくらりやりたいという考えですね」
(そういえば、今回の交渉自体もそうだという風にガイツ夫妻も言っていたな…)
レファールも納得する。フェルディスがどの程度強いのかは分からないが、ナイヴァルがホスフェに手を出そうとすると、ホスフェだけでなくフェルディスとも真っ向勝負になりうる事態だということははっきりする。
その後、夜遅くまで話が続き、翌日には山のような資料をもらって、ビーリッツ親子は首都オトゥケンイェルへと去っていった。
「何の資料なんだ?」
レビェーデが関心を向ける。
「よくは分からんが、色々な法文のようなものが載っている。ホスフェの法律ということなのだろう」
一通り目を通そうとはするが、同じようなことばかり書いてあって、読んでいるだけでも億劫になってくる。
「そうか……。ここは王がいないから、法文もきっちりしているということか」
「ここで王になるのは難しそうだな?」
からかうように言うと、レビェーデがニヤリと笑う。
「俺が王になるのは、あいつの占いによるものだからな。死ぬという占いが外れている以上、王になるというのも怪しいものだ」
「彼の件はどう思う?」
「さっぱり分からんが、お互い生きていたんだから、それで良しっていうことにするさ」
「……確かにその方がいいかもしれないな。連れていかないのか?」
「あくまで傭兵仲間だったし、今はラドリエルっていうのについているわけだから、それでいいんじゃないのか? アムグンはいないが、今はトリフタの仲間がいるわけだし。恐らく今後もそういう風に出会いと別れを繰り返して生きていくんだろう」
「確かにそうだ。ただ、なるべくならおまえとは敵対したくないが」
「俺も同感だよ。一対一なら勝てると思うが、おまえは何ていうか勝ち運みたいなものを持っている気がする」
レビェーデがそう言って、右手を出してきた。
レファールも笑いながら自らの手を合わせた。
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