第3話 ホスフェへ③
場所の使用についての問題が解決したので、レファールとしては用件解決である。サンウマに戻ろうとしたところで夫妻に止められた。
「そう急がずに、できれば海に関することも決めてもらえませんかね?」
「海?」
「我がホスフェの海のあたりではそちらの国の方に潮が流れておりましてね、何かあった時にホスフェの民が流れていく可能性があるのですよ」
「……なるほど。その返還などの取り決めか」
そうした話は聞いていないが、沖合などの事故によって流されてくる可能性はある。あるいは実際に今までもあったかもしれない。
「ただ、私には取り決める権限はない。話を受けて、持ち帰ることくらいになるのだが」
「それでも大丈夫です。今後ともナイヴァルとは継続して交渉していきたい、というのがホスフェの全体的な考え方ですので」
「ほう?」
ホスフェの方針というのは考えたことがなかったが、ホスフェの状況からするとそうなのかもしれません。
ホスフェは何といっても東の大国フェルディスから圧力を受けている。
その圧力を緩和させるためには西のナイヴァルを使いたい。
(同盟まで結ぶと逆にフェルディスが怒って侵略してくるかもしれないが、西のナイヴァルと交渉していると見せることで、フェルディスにホスフェの立場をアピールすることはできるだろうからな)
ホスフェがフェルディスと組むとなれば、これはナイヴァルにとっては不利益である。ナイヴァルの代表として、ホスフェと会話をするということは悪いことではないと考えた。
「レビェーデ。申し訳ないがもうしばらく付き合ってもらえるか?」
「別に構わんが」
レビェーデの了解も取り付けたので、改めて話に入ろうとしたが。
「海に関する話は私共のすることではありません。明日、沿岸部のフグィから使者が来ると思いますので、そちらとお話いただけますでしょうか?」
「……左様ですか」
こちらは全権大使でもないので、誰が話をしても同じだと思ったが、時間をかけてゆっくり話をしているというモーションを見せたいのであろう。急ぐわけでもないレファールが断る理由もなかった。
翌日、ガイツ家の屋敷にとどまっていると、長い行列が見えてきた。「何だ、あれは?」と思う間もなく、行列が屋敷の前に留まる。
「あれが海の話をしに来た連中なのか? また、随分と大勢連れてきたものだな」
「俺達を連行するつもりで来たという方がまだ納得できるな」
レビェーデも唖然としている。実際、確かに捕まえに来たという方が納得いくくらいの人数であった。正確な数は分からないが、五十人はいた。
五分もしないうちに部屋がノックされて、広間に呼び出される。
そこには恰幅のいい男と、それと比べると細身の親子らしい二人組であった。
「フグィの漁師達を取りまとめているグライベル・ビーリッツと申します」
「レファール・セグメントです。何やら随分大勢でいらっしゃったようだが?」
レファールの問いかけにグライベルは「ついでに首都オトゥケンイェルにも参りますので」と回答した。理由が全く分からないが、そのことだけを取り上げていても仕方ないので本題に入る。
「ガイツ夫妻にも申し上げたが、我々はこの件については何らの権利を有していません。あくまで話を承り、本国で相談するだけということになります」
「それで結構でございます」
グライベルは満足そうに笑い、両国国民を沿岸部で発見した時の措置、船が漂流した時の措置などについて提案をしてきた。一言でいえば、相互扶助の関係である。レファールには異論はないが、といって確約はできない。
「基本的にはビーリッツ殿の申し出る通りでいいと思いますが、繰り返しになりますが、私達には決定する権限がありませんので」
書き留めた紙を綺麗にまとめて、レファールが答える。
「はい。それはもう、フェルディスとの関係で行けば、じっくり交渉していると見られる方がよいですし」
「それはそうですな」
「ところでセグメント殿。今回、我が領土フグィ近海で取れる魚などを持ってきましたので、是非ご賞味いただけないでしょうか?」
会食の誘いである。
断る理由はないがレファールはレビェーデの顔を見た。縦に頷いているので、連日の会食に応じることになった。
その日の夕方。
食堂には多くの人間が集まっていた。このために連れてきたというわけでもないだろうが、大勢の人が集まっている。
「向こうが五十人でこちらは二人というのは何ともいびつな会食だな……」
レファールがそうレビェーデに話しかけたが、レビェーデの視線が別の一点を見ており、ほとんどこちらの話を聞いていないことに気づく。
「どうしたんだ?」
とレビェーデの視線の先を追うと、そこにひょろっとした若い男が立っている。
「……知り合いか?」
「ああ、信じられん」
「何が?」
「お前達とプロクブルで交戦したことがあっただろう?」
「ああ」
「その時、俺達の仲間で一人だけ行方不明になった者がいたが、それがあいつだ。チャンシャンという占い師」
「へえ、ホスフェにまで行っていたんだな」
あれから一年近く経過している。傭兵であるのだし、ホスフェにいるということはあまり不思議ではなかった。
「仲間が生きていたのなら、良かったな」
そのくらいの感情である。
「どうかしましたか?」
二人が同じ方向を見ていることに気づいたのであろう。グライベルが不思議そうに尋ねてきた。
「ええ、あちらにいる占い師の人が、レビェーデの仲間だったらしくてちょっと驚いていたのですよ」
「ああ、アムグンのことですか」
グライベルも視線を移した。
「彼は今年の一月二六日に沖合にいたところを漁師が拾い上げましてね。以来、私達の客人として活動してもらっていますが、そうでしたか、お知り合いでしたか」
というグライベルの言葉を何の気なく聞いていたレファールだが、グライベルの言葉を反芻した途端に「えっ?」と声があがる。
「一月二六日?」
「はい。そうですよ」
レファールとのやりとりに、レビェーデもギョッとした顔を向ける。
「レビェーデ、彼はプロクブルの付近で行方不明になったんだよな?」
「ああ。おまえたちが沈めた船があっただろう? あれに他の面々と乗り込んだところまでは見ている」
「プロクブルの近辺から、ホスフェ沖合に一日で流れつくなんてありえないだろう?」
二人のやりとりに、グライベルも驚いた。
「本当ですか?」
「前日にプロクブルに戦っていたことは間違いない。当時は私と彼は別陣営にいて、あの占い師はレビェーデの陣営にいたらしい」
「いや、彼も自分はプロクブルにいたと申していたのですよ。ただ、そんなことはありえないですし、記憶喪失にでもかかったと思っていたのですが…」
三者三様、それぞれ信じられないという顔をしていた。
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