第2話 ホスフェへ②
レビェーデはその場でレファールからホスフェに行くことになった経緯を説明された。
更にレファールはこう付け加える。
「正直言うと、この一年で自分が思う以上に周囲の評価が上がっていて気味が悪い。だから、半分くらい誰かに持ってもらえないかと思っていて、頭に浮かんだのがレビェーデ、君だ」
「……確かにお前はプロクブルでもトリフタでも勝ったからな。北東の方では頻繁に戦争やっているらしいけれど、南側ではここ数十年まともな戦いもなかったし、一年で二回も勝った奴なんていうのは100年ぶりかもしれないな」
「……そういう評価が困る。俺がシェラビー様の意見に合わせたら、ナイヴァルが好きなように回るなんて陰口を刺されるのはまっぴらごめんだ」
「だから、俺に第三の男になってほしいと?」
「そういうことだ。王になるんだろう? まず第三の男を目指して、そこから第二、第一になったらいいんじゃないのか?」
「……俺としては断る理由はないが、俺が上がっていくということは将来的に俺がお前の敵になるかもしれんぞ」
「そうだよ、敵が欲しいんだよ」
レファールの言葉に、レビェーデの目が丸くなった。
「敵と向かい合っているならいいんだ。自分の世界で動いていて、自分が何か大きなものを振り回しているような得体のしれない感覚が嫌なんだよ」
「分かった。数年後、お前に顎で使われることになるとは思わなかったとか泣き言を言うのだけはやめてくれよ」
レビェーデの軽口に、レファールは苦笑いを浮かべる。
「その時はその時で、また考えるさ」
十二月の後半、二人はホスフェ領に入り、国境近くの街センギラを目指す。
先に領主宛てに手紙を出したところ、領主からは「話には応じる」という返事をもらっている。
ホスフェとナイヴァルは同盟関係にあるわけではないが、比較的友好的な関係があると言われている。ホスフェは民主制国家と銘打っているため、王国や帝国とは仲が悪い。従って、コルネー、フォクゼーレ、フェルディスとは友好関係を築きづらい。
これに対してナイヴァルは宗教国家であり、神が頂点である。
神の下では民が平等であるという建前にはなっている。
従って、ホスフェの国家的なあり方としては他国よりはナイヴァルの方が親近感を抱きやすいという事情があった。
「もっとも、東のフェルディスが強いものだから、最近は押されていて帝国に関する見方も大分変わっているらしいけどな」
移動中、レビェーデはホスフェについて知っている状況を説明する。
「なるほどねぇ」
「俺もよくは知らんが、フェルディスは近年、相当強くなっているらしい。フェルディス国境に近い地域では、フェルディス系の議員も多くなっているらしいな」
「ふうむ。時間があれば、一度フェルディスも見に行ってみたいものであるが、ひとまずセンギラの面々に理解してもらうことになるな」
十二月二十日、二人はセンギラについた。
「これは、これは……、トリフタでの話はこちらにも伝わっておりますぞ」
名前を伝えたところ、下にも置かぬもてなしようで二人とも面食らう。
話を聞いているうちに、ここでもレファールの名前は相当高まっていることが分かった。フォクゼーレとコルネーというホスフェにとって気に入らない両国を倒したレファールは、ホスフェ人ではないのだが、あたかもホスフェの理念を体現している名将であるかのような評判である。
「参ったなぁ…」
レファールは左手を頭にあて悩んでいる。その様子が何ともおかしい。
「これだけ評価が高いということは、向こうも無碍には扱わないだろうし、用件を済ませる上ではいいんじゃないのか?」
レビェーデは気楽な様子で外を眺めた。海に面した部屋を用意してもらっており、少し外に視線を向けただけで、夕陽を受けて輝く海面の風景が入ってくる。
「ここはいいなぁ」
満足して眺めていると、部屋の扉がノックされた。
「御くつろぎ中のところ失礼いたします。議員様がお会いしたいということですので、来ていただいてもよろしいでしょうか?」
話が随分と早い。ただ、二人にとっては悪い話ではない。
「随分と早いな。まあ、早く終わらせてくれる方がのんびりできる時間が増えていいが」
馬車で案内されたのは大きな屋敷であった。
(公共の屋敷ではないな。議員の個人的な屋敷というところだろうか)
屋敷の内装は、特別に変わるものではない。こうしたものはコルネーであろうと、ナイヴァルであろうと、ホスフェであろうと極端には変わらないらしい。
応接間には40前の男女がいた。どちらもきちんとした身なりであり、只者ではない雰囲気を漂わせている。
レファールとレビェーデが入ると立ち上がって笑顔で手を差し伸べてきた。
「私はここセンギラで元老院議員をしておりますナスホルン・ガイツと申します。レファール殿の御高名は伺っておりましたが、これほど若い方とは思いませんでした」
「同じく元老院議員のステラ・ガイツと申します」
「……ご夫婦ですか?」
「はい。よく言われます。夫婦で議員をする意味がいるのかって? ただ、同じ部屋で物事を決められるというのは中々便利なものでして、ね」
夫婦二人が互いを見合って、笑顔を向ける。
「そういうものなのですか……」
レファールはあまり面白い顔をしていない。
(ここには物事を簡単に決めていると思われたくないという男がいて、向こうには簡単に決められることを喜んでいる夫婦がいるというのは面白いな)
「さて、手紙では伺っておりますが、何でもホスフェとの国境近くに色街のようなものを作られるとか?」
「あ、いえ、色街では…」
「はい。少し違う施設もあると思いますが、概ねそういうものです」
レファールが説明するより早く、レビェーデが応じる。レファールの不機嫌な視線が向けられるが、気にせず前を向く。
「なるほど。そういうものでしたら、センギラからも利用したい人がいるかもしれませんので、今後も友好関係を維持したいですね」
「それはもう、是非お越しいただければ」
……
…
話は首尾よく終わり、二人は屋敷を出た。
「レビェーデ」
近くに誰もいないと確認したのだろう、レファールが不機嫌な様子で声をかけてきた。
「確かにその方が説明は楽だったと思うが、そういう施設ではないぞ」
「それは知っている。だけど、結局はそうなるだろうと思うぞ」
「結局は?」
「シェラビー枢機卿も、シルヴィアという人も、そしてお前さんも、きちんとしたものを作りたいと思っていることは理解している。ただ、実際にそこに入るというのは戦争で行き場を失った女や子供だろ?」
「……ああ」
「そういう連中のうち、まず95%は学がない。しかも、自分が生きてさえいけるのならなくてもいいと考えているのがほとんどだ。学があるといいのは分かっている。ただ、結実するまで待っているくらいなら手近な形で生きていきたいと考えるのが自然な形だろう。正直、世間の実体を知らないお坊ちゃんとお嬢様的発想という気がしてならない」
「それはそうかもしれないが…」
「例えば俺だって孤児みたいなのを二人抱えているけど、抱えているだけで精一杯でしっかりした勉強なんかさせられる余裕もない。志は立派だと思うが、うまくいくことなく色街に変貌していくだけだと、率直に思っている」
「……」
「まあ、実際にどうなるかは分からないが、ひとまずそういう認識でいてもらった方が間違いないとは思うぞ」
再度言うと、レファールは無言のままであった。
本人も分かっているのであろう、シルヴィアの言う施設が夢物語であることに。
もちろん、それでも理想を目指していくのはいいことである。ただ、国内ではなく、外国まで入れる以上、理想を主張すると後がややこし
い。
(とりあえず低い次元のものを見せておいて、もしうまくいけば、幸い、くらいの方がいいだろうさ)
レビェーデはそう思った。
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