4.エルミーズ
第1話 ホスフェへ①
十二月になると、レファールはあちらこちらに呼ばれて大忙しであった。
というのも、トリフタでの活躍が評価されて、レファールの下にいたセルキーセ村の面々が次々と結婚式をあげることになったのである。
「大将! 信じてついてきて良かったですぅ。俺がこうして新郎になれたのは、全て大将のおかげですから」
と涙しているのは、イーゼイである。
(本当かよ…)
レファールは内心では「面倒だから勝手にやってくれよ」と思うのであるが、「直属の上司なんだから出ないとダメだろ」とスメドアに指摘されたので、渋々出てきている。更にお祭り好きの傭兵達もいるので、酔っ払いの面倒も見なければならない日々が続いていた。
「明日はいよいよ、ボーザの少将だ!」
酔っぱらった誰かが叫ぶ。いつの間にかレファールは大将で、ボーザは少将になってしまったらしい。
酒が入って無礼講になると、世代の違いを感じてしまうので、レファールは相手をせずにこっそりと抜け出すことにしている。この日も、酒が入った頃を見計らい、教会を出て外で深呼吸をしていた。
「あら、レファール殿…」
シルヴィア・ファーロットが紙の資料のようなものを抱えながら歩いてきていた。
「あっ、シルヴィア様…」
レファールは気おくれしたように一歩後ずさった。
というのも、最近、あまりサリュフネーテと顔を合わせたくなくて会わないようにしていたからである。後ろめたさがどうしても拭えない。
シルヴィアはあまり気にした様子もなく、教会の中へ進もうとする。
「あ、教会は今、ハチャメチャですので入らない方がいいですよ」
酒が入って前後不覚になっているような連中がいるところにシルヴィアのような美女が入ったら、悪絡みをして不測の事態が起きかねない。
「結婚式ですか?」
「はい。セルキーセ村の連中が毎日のようにやっています」
「以前、私が紹介した女性達ですね。それは何よりです」
シルヴィアは本当にうれしいのだろう、屈託のない笑みを浮かべる。
(この顔を見ていると、とてもサリュフネーテの母親とは思えん…。25歳くらいで通用しそうだ)
見とれそうになるので、視線を外す。手で抱えている資料が気になった。
「それは何ですか?」
「あ、こちらですか? スメドア様からいただいた場所の資料です」
「場所?」
「ええ。今回、セルキーセ村の皆さんに紹介した人達もそうですが、戦乱の中で身寄りをなくして孤児や女性を養育するための施設のための場所です」
「ああ、シェラビー様が仰っていましたね。エルミーズという名前でしたっけ」
「はい。それで教会に方にも助力を求めようとしていたのですが」
「ここは来月まで待った方がいいと思いますよ」
それまでは結婚式の予定で埋まっているし、その間は常にどんちゃん騒ぎがなされているだろう。逃げられるなら逃げたいくらいである。
「そうですか…」
シルヴィアは少し教会の中の様子を伺い、小さく溜息をついた。
「確かに、難しそうですね。当面は他のところから当たりましょう」
そう言って、元の道を戻ろうとした。
途中でふと何かを思い出したらしい。後ろを振り向いた。
「そうそう、年が明けたらサリュフネーテに会っていただけませんか? あの子も程なく13歳になりますので」
「は、はぁ…」
ついに来たか。話を向けられた以上断るわけにもいかない。レファールは不承不承頷いた。
「あと、これもお願いしてよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「候補地として考えているところがホスフェとの国境近くの場所なのです。ただ、当然ではありますが、国境近くに建物などを建て始めると」
「ホスフェが警戒するでしょうね」
「それを解いてもらいたいのです」
そんな無茶な、と思った。
さすがにそれは難しいのではないか。そうも思ったが、さしあたりやることがなく、しかもそれなりの地位にある人間はというと自分しかいないのもまた事実である。
結局、一回、スメドアに当たってみると回答し、その場を別れることになった。
翌日、カルーグ家の屋敷を訪ねてスメドアにエルミーズのことを聞いてみる。
「そうなんだよなぁ」
スメドアも少し困惑した様子であった。
「シルヴィアさんの志は素晴らしいと思うのだが、実際にホスフェとの国境沿いに建てるとなると、ホスフェが神経を尖らせるのは当然だろうと思う」
「私に、ホスフェに向かってくれとおっしゃっていましたが」
「行きたいか?」
「いや、あまり…」
「ただ、ホスフェを抱き込むことができれば、ナイヴァルとしては戦略を立てやすくはなる」
「それはそうですが…」
コルネーとの同盟を締結し、そのうえでホスフェとの関係を良くすれば、ナイヴァルとしてはおおっぴらに北東のイルーゼンを狙うことができるというメリットはある。
とはいえ、何かある度に「では行ってきてくれ」と扱われるのも厳しい。ネイドに「シェラビーとレファールの二人でナイヴァルを動かすこともできる」などと言われたこともある。
(自分以外の者がやった方がいいのではないか)
という思いもある。
もっとも、では、誰がいるかと言われると全く出てこない。
(ネイド・サーディヤは一人突出するのを恐れているようだし、他の枢機卿も出てこないからな…)
しかし、しばらく考えるにつれ、候補が一人出てきた。その人と相談するということで、スメドアとの話を終わらせ、レファールは外に出た。
カルーグ家の屋敷を出たレファールは傭兵団がまとめて止まっている館を訪れる。
「レビェーデはいるか?」
と呼び出した。
しばらくすると、子供二人を連れてレビェーデが現れてくる。
「何か用か?」
「一つ確認したいことがある」
「何だ?」
「おまえたちの傭兵団は一度だけ手助けするという名目でここに来た」
レファールの言葉にレビェーデが頷く。
「手助けについては、この前の戦いでしてもらったと言ってもいいだろう。今後はどうする? 今後も協力してくれるのなら有難いが、お前達に別の考えがあるのなら、それを尊重しないといけないだろう」
「そうだなぁ…」
レビェーデは考える仕草をした。
「全員共同して動くということはないだろう。残りたい奴もいるだろうし、去りたい奴もいるかもしれない。俺に関して言えば、すぐに出ていきたいとも思わないが、いずれは出ていくことになると思う。本当か嘘かは知らないが、王になれると言ってくれた占い師もいたからな」
「ほう、王にね…」
確かにレビェーデの強さなら、王になるというのも満更不可能ではないように思えた。
(となると、場合によっては数年後くらいにナイヴァルと戦うなんていうこともありうるのだろうか…)
そんな状況を想像すると身震いがする。
「とはいえ、今すぐ何かをしたいということはない。何か不都合か?」
「不都合ということはない。もし、今すぐ出ていくつもりがないというのなら、私と一緒にホスフェについてこないか?」
レファールの誘いに、レビェーデは「ホスフェ?」と目を丸くした。
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