第14話 停戦交渉④
鹿のステーキを口に運びながら、ネイドの次の話を待つ。美味だと評しているが、話が気になって味のことなど全く分からない。
「君はひょっとしたら、この国のことは我々枢機卿が勝手に決めていると考えているかもしれない。何なら、シェラビー以外の枢機卿が数の力で決めていると思っているのかもしれない」
「……」
小さく頷く。シェラビー以外の全員が決めているとまでは思っていなかったが、シェラビーが枢機卿の中で浮いている、という風には思っていた。
「それが全くの嘘である、とは言えない。ただ、そんなことは分からない。はっきり言うと、このナイヴァルで年間にどれだけの数のことが決められているのかがまず分からないからね。そのうえで、それらを誰が決めて、誰が外されているのか、それも分からない。例えば君は自分のことを一日何件決めている?」
「自分のこと?」
「朝、起きて、例えば朝食をすぐに食べるか、何か別のことをするのか。仕事をするのか、その前に人と会うのか……色々決めているだろう?」
「そうですね」
「国だって同じだ。日常的なことを何の気なく決めている。そこで一つ確認したい。我々枢機卿がお互い争ったり腹の探り合いをしたりしながら決めていくのと、君とシェラビー枢機卿が全て決めてしまうのと、果たしてどちらがいいのかな?」
頬のあたりを汗が伝う。
そんなことは考えたことがなかった。
だが、確かに自分が予想以上に評価されかねないことをしていることも事実である。プロクブルの船団を壊滅させた戦いでは先陣を切ったし、フォクゼーレ軍を壊滅させたのも自分である。
シェラビーと二人で、ナイヴァルの国政を完全に牛耳るかもしれないという危機感を持たれても仕方がないのかもしれない。
「……私にどうしろというのですか?」
という問いかけに、ネイドは首を横に振る。
「何度も言っているだろう。私は、君に何かをしてくれと頼んでいるのではない。シェラビーを一方的に信任してついていくことだけはやめてほしいと頼んでいるのだ」
「貴方につけと?」
「君にそのつもりはないだろう。それに、私についたらついたでミーシャは怒る」
「……」
「多分聞いていると思うが、私は総主教が生まれるまでは農民だった。それは大変だったよ、日々の暮らしもね。今でこそこんなに大きな帽子を被って偉そうにふんぞり返っているが、私が何を出来るかというと大きなことは何もできない。他の枢機卿は名門の面々だからね。シェラビー枢機卿も含めて」
次いで自嘲気味に笑った。
「いやいや、名門なんて言ったら我が娘ながらミーシャにしても名門の教育を受けている。だからあの娘は私のことを内心では馬鹿にしている。『父親ではあるが農民で、ロクな考えを持っていない。あいつの言いなりになったらナイヴァルはダメになると。自分がもっとしっかりして、ナイヴァルを良くするのだ』、と」
ふと視線を落とすと、話をしながらでもネイドは料理を食べていた。自分はほとんど口にしていない。ネイドも気づいたのだろう、「気にせず食べたまえ」と勧めるような手の動きを見せる。
「まぁ、間違ってはいないのだろう。35年間農民であったのは事実だからね。ただ、ナイヴァルのほとんどの人間は農民だということも事実だ。娘や名門の考えで我々の生活は良くもなるし悪くもなる。残念ながら、悪くなることの方が多いがね」
「……中々、農民の方を見てことを選ぶということはないですからね」
何の気なく答えると、ネイドは「そこだ!」と力強く指さした。
「えっ……?」
「そういうところなのだよ。私が君に期待しているのは。実は似たような話はミサにもしたことがある。総主教・枢機卿という関係とはいえ親子だからね。彼女は何と言ったと思う?」
「分かりません」
ミーシャの性格を見ると、農民を見捨ててもいいというようなことはないと思うが、ネイドがわざわざ取り上げたということは結構問題ある考えなのだろうか。レファールは首を傾げる。
「彼女も君と似たようなことは言ったよ。言葉は違ったな。『下の方を見て決めることがないのは問題ね』と言った。分かるかね? 彼女は総主教様だ。農民は下なんだよ。君のように農民と対等に降りて考えるつもりはないということだ。我が娘ながら結構衝撃を受けたね。もちろん、上下で言えば下だろう。しかし、下にいると当たり前に考えることとそうでないことの間にはかなりの距離があると思わないかね?」
「……そうですね」
「まあ、そういうことだ。人間なんて身勝手なものだ。私も今や多くの人を苦しめていることもあるのだろう。だが、下にいるから当たり前と思う人間とそうでない人間であれば、後者にいてもらいたいと思うものだ。だから君にはそうあってもらいたい」
「……ナイヴァルの内情は分かりませんが、そういう意識を心掛けることは努力します」
「有難い。さ、食べてくれたまえ。冷めてしまっては、せっかくの料理も台無しだ」
再度勧められ、ネイドはその傍らで自分も昔は自ら鹿を狩って食事にしたこともあったというようなことを口にする。
バシアンからの帰り際、ネイドとの会話のことを再度考えた。
その内容も響くものがあったが、別にもう一つ気になったことがある。
(どうして、私がこうも簡単に勝っているのか……?)
衛士隊に志願した時もそうであったが、かつて兵学などを学んだ時に「いい軍師になれる」というようなことを言われたことはある。
とはいえ、自分は際立ったことをしたという記憶はない。
(いくら何でもうまく行きすぎではないか?)
プロクブルにしてもトリフタにしても、どちらかというと、相手が情けなさすぎるという戦いだったという記憶しかない。自分は果たして本当に強いのか、シェラビーと組めばナイヴァルを掌握できるのか。あるいはシェラビーと戦ったらどうなのか。
(全く見当もつかない……)
それに、勝利の功績は言われるほど自分にあるのかという疑問も出てくる。
プロクブルでは、結婚したいという強い意欲のあるセルキーセ村の面々が戦っていた、トリフタではレビェーデとサラーヴィーをはじめとするプロクブルで捕虜とした傭兵達の活躍によるところが大きい。
(私は言われるほど何かをしているのだろうか?)
サンウマに戻った時には十一月になっていた。
スメドアに総主教の許可を貰った旨を伝えると、すぐにネオーベ枢機卿と共に国境近くの村に行くようにと指示をされる。
「条件の方はどうしたらいいですかね?」
「分からん。そもそも向こうが何を提示してくるか分からんからな。ただ、基本的には開戦前と同じ状況にしておきたいということになるだろう。分からないものについては兄の意向があるということで持ち帰るがいいのではないか? その回答があるまでは停戦ということで」
「フォクゼーレの兵士はどうしましょう?」
「兵士については引き取ってくれるのなら、そうしてもらった方がありがたいな。士官クラスについては身代金を取りたいところではあるので、一旦保留がいいだろう」
「シェラビー様に任せるとなりますと、ネオーベ枢機卿が文句を言いませんかね?」
「……分からん。最悪の場合は、戦功を理由に拒否してくれればいい」
「私がネオーペ枢機卿の恨みを買うことになると…」
「代わりに俺と兄の恩を買うと思ってくれればいいではないか。悪いようにはしない」
「……分かりました」
完全に納得したわけではないが、ひとまずそれしかないことも事実である。レファールは了承する。
その後、国境沿いに出かける準備をしていると、再びスメドアが部屋に入ってきた。
「一つ聞き忘れていた。おまえ、あと三年少し待つつもりがあるか?」
「三年と少し? 何のことですか?」
「決まっているだろう、結婚だよ」
「……は?」
「先日、ネオーベ枢機卿から小ルベンスとメリスフェールの許婚関係を認めてほしいという話があった。兄に伝えようと思ったが、ついでにおまえにその気があるのならサリュフネーテの件も付け加えようと思ってな」
「い、いや、いきなりそんなことを言われましても」
「サリュフネーテは前向きだぞ。それはそうだ。メリスフェールを見たら分かるが、いきなりぽっと出てきた相手に求婚されるくらいなら、頼りになるお兄さん的なおまえの方がいいだろうからな。ま、これに関しては今すぐでなくてもいい。戻ってくるくらいまでに結論を聞きたいし、何から戻ってきてサリュフネーテと話をしてから決めてもいい」
「……分かり、ました」
そう答えるのが精いっぱいであった。
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