第13話 停戦交渉③

 レファールがバシアンに入るのはほぼ八か月ぶりであった。


 とはいえ、バシアンの様子自体は変わるところがない。相変わらず無駄な建築物が多く見える状態も変わりがない。


 大聖堂にたどりつき、中に入ろうとしたところで声をかけられた。


「貴様は何者だ?」


 相手は大聖堂の入り口にいた。やたらと背が高い。レファールも平均よりは高いはずであるが、それよりも更に高い。あるいは2メートル近くあるかもしれない。


「猊下、この方はレファール様と申しまして、シェラビー枢機卿の側近にあたる方です」


 一人の兵士が説明をした。二度しか会っていないのに、よく自分のことを覚えているものだと、その記憶力の良さに感心する。


「ほう……、貴殿がレファール・セグメント……」


 猊下と呼ばれたことからすると、この長身の男も枢機卿らしい。レファールに対してかなり関心のある素振りを見せている。


「ミーシャに会った後、私のために時間を作ってもらえないか?」


「それは構いませんが……」


 ミーシャと総主教を呼び捨てにしたということは、この男が総主教の父親というだけで枢機卿になったネイド・サーディヤではないかと目星をつけた。


「おっと、自己紹介がまだだったか。私は、ネイド・サーディヤと言う。総主教ミーシャのこの世界においての父親でもある」


「初めまして……」


 自分に対して何の用だろうと思ったが、断るのも角が立ちそうであるので、レファールは後ほどの面会を約束し、ミーシャのいる聖堂へと向かった。



「失礼します」


 面会を申し込み、いつものようにあっさりと許されたレファールが中に入ると、珍しくミーシャは奥の椅子に座っていた。


(父親がいるから、大人しくしているのだろうか?)


 過去二回はネイドが不在の時で、ミーシャも「父がいないから」とはっきり口にしていたことが思い出される。


「レファール、大儀でした」


(うわ、大儀と来たものだ……)


 過去二回のはっちゃけた人柄が分かっているだけに、真面目で畏まっているミーシャには違和感もある。


「……」


「……どうかなされましたか?」


「難しい言葉が分からない」


 ミーシャの正直すぎる発言に、思わず吹き出す。


「何で笑うのよ? たまには真面目にやらないと重みがないでしょ?」


「いや……重みと言われましても……」


「……まあいいわ。フォクゼーレ軍を見事に撃破したんでしょ。さすがね」


「これも総主教様の御威光の賜物にございます」


「本当は全然、そんなこと思っていないでしょ?」


「はい」


「俺が凄いから勝ったんだ、感謝しろ、小娘くらい思っているんでしょ?」


「そこまでは思っていませんよ。バシアンからの援軍もありましたから、安心して戦えたわけですし。私一人の勝利というわけではありません」


 レファールの言葉に、ミーシャが身構えるように下がる。


「うわっ、いい子ぶっている」


「そんなことはないですよ」


「正直言うと、他所の国と戦って勝てる人ってナイヴァルにはシェラビーくらいしかいないと思っていたのよ。だからレファールが勝ったと聞いた時にはすごく驚いた……」


 何故だか、ミーシャの表情が暗くなる。


「ただ、勝つこと自体はいいことだと思うのだけど、ナイヴァルのことを考えると良くないのかもしれないって思うのよね」


「……どうしてですか?」


 その深刻そうな様子に、思わず身を乗り出す。


「それは秘密! 自分で考えなさい」


 一変して、過去二回会った時のような悪戯っぽい笑いを浮かべた。


「……何なんですか。あ、申し訳ございません。一つお願いがありました」


「何?」


「コルネーから停戦要請を受けておりまして……」


「交渉役にしてくれって言いたいの?」


「はい」


「……いいわよ。頑張ってきてね」


「ははっ。ありがとうございます」


 何だかんだ、変な話もあったが、やはりミーシャは話が早かった。




 役目を終えたレファールは一安心して大聖堂を出た。そこでネイドとの約束を思い出す。


(面倒だなあ)


 行きたくないとも思ったが、行かないわけにもいかないであろう。


 入り口の兵士に話をすると、「しばらくすると戻ってくる」と言う。であるならば、待つしかない。


 言葉通り、30分ほどでネイドは戻ってきた。


「総主教との話は終わったかな?」


 レファールが頷くと、「では、こちらへ」と案内される。長身のネイドの後ろをついて歩くが、背の高さがとにかく目立つ。


(ミーシャは父親の背丈を受け継がなくて良かったな……)


 父親の背丈からすれば自分と同じくらいの高身長になっても不思議はない。その背丈であれだけ悪戯好きな性格だと、かなり違ったものとして見えたであろう。



 ネイドに連れられたのは、バシアンの高級料理店のようなところであった。


「ここで料理される鹿は絶品でね」


「鹿ですか」


「うむ。他所の国のことは分からないが、ナイヴァルでの鹿料理にかけてはここが一番だろう。何か不思議かね?」


「不思議と言いますか、肉料理、食べて大丈夫なのですか?」


 コルネーでは神官が肉料理を食べることはありえない。ナイヴァルのような宗教国家では猶更ではないかとも思える。


「……ああ、そういう発想は確かにあるな。ただ、私の育ったところは貧乏な農村だった。農作物がない時には食えるものは何でも食べていたからな。そんなことを考えている余裕などなかったというのが正直なところだ」


「なるほど……。それは私も同じですね」


「さて、単刀直入に言うが、君には今後も娘のために頑張ってもらいたいと思っている」


「そんなことは……」


 現在、ナイヴァルの陣営にいる以上当たり前のことではないか。今更言われることでもないのではないか。レファールはそう考える。


「うむ。君はナイヴァルのために頑張るであろうことは分かっている。ただ、ナイヴァルのためというのも何通りもあることは理解してもらいたいのだ」


「何通りもの形ですか……」


「例えば、シェラビー枢機卿のためのナイヴァル、ミーシャのためのナイヴァル、当然、私のためのナイヴァルもある」


「そうですね。猊下のためのナイヴァルに協力してほしいと?」


「いや、いきなりそこまでのことは要求しないよ。そんなことを求めても、君が納得して私のために尽くしてくれるなどとは思えないしね」


「では、総主教のための?」


 ネイドに尽くすということは難しい。ただ、ミサには好感を持っているから、ミサのためにというのであれば、多少は理解しやすい。


「そうとも言い切れないな。ただ、何も考えずにシェラビー枢機卿のために尽くし続けるのだけはやめてほしいということだ」


「……そこは何とも言えませんね。シェラビー枢機卿に助けられて、私の今があるわけで、その恩を忘れてしまうわけにもいかないでしょうし」


「分かっているよ。ただ、シェラビー枢機卿の言うことが全て正しいというわけでもないだろう」


「もちろん、それはそうでしょう」


「それを忘れないでほしいということだ」


「うーん、正直、猊下のお考えがよく分かりません」


「端的に言うと、君はこのナイヴァルにおいて、一、二に戦闘が得意なようだ。シェラビー枢機卿とともにね。つまり、君とシェラビー枢機卿が組んでいる限り、どんな間違ったことでもこのナイヴァルで通すことができる。それを危惧しているのだよ」


「……!?」


 レファールは思わず唖然と口を開いた。


 そこに鹿のステーキが運ばれてきた。

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