第12話 停戦交渉②
プロクブルについたコルネー軍の前に、コルネーの海軍大臣フェザート・クリュゲールが現れた。
「こ、これはフェザート様」
グラエンとエルシスの二人が慌てて頭を下げる。総大将を務めた陸軍大臣ムーノ・アークは面白くなさそうな顔をしている。
「申し訳ございません。まさかフォクゼーレがあそこまで役に立たないとは思いもよらず」
グラエンとエルシスの二人が頭を下げる。
「…友軍との連携については密に詰めなかった私の責任でもあるが、友軍だけのせいで負けたのか?」
「……」
三人とも返事が出せない。
「まあ、終わったことは仕方ない。失ったものは大きいが、ウニレイバでの艦船作成までの時間稼ぎになったと考えれば、最低限の成果はあったと言えよう。出費はでかかったが」
「今後はどうすれば?」
「まずは停戦をもちかける」
フェザートの言葉に三人は「えっ」と異口同音に声をあげた。
こんなに簡単に停戦をするのであれば、そもそも戦端を開く必要があったのかというような様子でもある。
「では、これからナイヴァルがとりある作戦を考えてみるがいい」
「…プロクブルまで侵攻する?」
「その場合は、ウニレイバからの艦隊を向かわせることになる。向こうが新規に艦隊を作っていることを知らなければ我々が勝つだろう。そうでなかったとすれば、制海権を握れていないということを知って、尚仕掛けてくるかは分からん。今回の戦いにシェラビーがいなかったように、ナイヴァルも一枚岩ではないわけだからな」
「確かに、シェラビーはいませんでした…」
エルシスは楽しそうに言ってはいない。逆に、シェラビーがいなかったのにものの見事に負けたという事実に悔しがっている。
「となると、向こうも簡単には仕掛けづらいということだ。しかも今回、トリフタにいたのはレファールというではないか。あの男なら、他はともかく私との交渉を拒絶するということはないはずだ」
「なるほど…」
「むしろ、今回の戦いを経て、軍はフォクゼーレに対してより不信感を募らせているようだ。その部分を考えなければならない」
「…確かに」
エルシスもグラエンもその点については力強く頷いている。
総じて、軍隊というものは、強い敵よりも、役に立たない友軍に対して恨みを募らせることが多い。今回の遠征に関しては途中から、我儘放題だったうえに、いざ戦闘になるとアッという間に負けてしまったフォクゼーレ軍に対して、コルネー軍は不満を募らせている。
もっとも、その事情はフォクゼーレ軍にもあてはまるだろうとフェザートは思っていた。フォクゼーレ軍にとっては快適でない状況を作ったことが負けの直接の原因だと考えているはずだからだ。
しかも、降伏をしたという事情があるとはいえ、多くの者が捕虜になってしまっている。これらを放置しておくとフォクゼーレ側の恨みを一心に受けることになる。
「フォクゼーレ軍の捕虜について、身代金を誰が払うかという問題が早晩出てくるはずだ。どうすべきだと思う? 我々コルネーが払うべきか?」
同盟を要求したのはコルネーである。
通常であれば、コルネーが支払うべきという考えになるのが自然である。
ただし、条約の中ではそこまでの取り決めはない。それ以外の問題、例えば略奪などの不法行為をした時の定めはあるが、負けた時にどうするかという取り決めは交わしていなかった。そもそも、どちらも勝ちたいと思って同盟をしているのであるから、負けた時の取り決めなどを交わすこと自体が常識的ではない。
「抵抗があります」
グラエンが答えると、ムーノとエルシスも同意した。
「そうだろう。となると、今後、コルネーとフォクゼーレの仲が悪くなる可能性がある。となると、ナイヴァルと早期に停戦をしておいた方がいいのではないか?」
「…そうですね」
ここでも、戦争における不思議な感情が交錯する。三人にとって、見事に戦ったナイヴァルは悔しい存在であるが、こちらの被害が少ないがゆえに憎しみまで湧きあがる存在ではない。しかし、役に立たなかったフォクゼーレに対しては自分達の足を引っ張った存在としてある種の憎しみが沸き上がっている。
「分かりました。ナイヴァルと同盟を結び、対フォクゼーレに対して備えをした方がいいでしょう」
三人は頷いた。
フェザートは内心で舌を出す。これによって、彼ら三人も「敗因は自分達よりむしろフォクゼーレにある」と敵愾心を燃やすことになって、コルネーへの疑問を一旦抑え込むことになる。
実際にはコルネーの失態と言っていい部分も多い。まず、何といっても一番両国のことを知っているフェザートではなく、貴族の論理でムーノ・アークが総大将になったことがそれである。これだけの戦いにおいて国内の論理を重視するということはありえないことで、実際に言ってくるかどうかは別にしてフォクゼーレが不満をぶつける第一の問題となりうる。
ナイヴァルとの停戦の理論はそうしたコルネー側の問題を抑え込み、フォクゼーレに敗戦の責任をかぶせるというかなりの邪道であるということをフェザートはよく理解していた。
もちろん、それでもレファールのことがなければ停戦締結には抵抗があったであろう。何といってもナイヴァルは宗教国家である。かつてレファールやボーザが危惧したように下手をすると磔刑などになりうるかもしれないという危惧もある。
コルネーからの投降者であるレファールが、ナイヴァル軍で決定的な働きをしたという事実があるからこそ、安心して停戦に踏み込めるということがあった。
「さて、誰が行く?」
停戦協定を結ぶということには反対がなかったので、次の話に移った。誰がサンウマに向かって、ナイヴァルの代表と交渉をするかということである。
ムーノ・アークはありえない。地位はともかくとして、そうした事情を呑み込めるだけの経験がない。とはいえ、グラエンにしてもエルシスにしてもそれをなしうる自信はない。
三人は無意識であるだろうが、フェザートに頼るような表情を見せた。それは当然フェザートにしても予想できたことである。
ただし、フェザートにも一抹の不安はある。ナイヴァルは大丈夫であろうと思っているが、もしものことがないとは限らない。仮に停戦交渉のために向かった先でフェザートが斬られでもした場合、コルネーは本格的に危機となる。
その覚悟をしているかどうか、フェザートは三人に問いただす必要があった。
「良いか。去年の年末をもって、過去数十年に及ぶミベルサの安定期は終わったのだ。今後しばらくは生きるか死ぬかの戦いが続く可能性が高い。私が仮に死んだとしても、その後をしっかり引き継いで、コルネーのために死ぬまで戦う覚悟をしてもらわないと、私も死んでも死にきれないことになる」
三人は浮かない表情でお互いを見合わせた。
そこまでの覚悟はしていなかった、そういう表情である。そして、それがあるからこそ、今回の情けない敗戦になったということも三人はようやく気付く。
「…どうなのだ?」
フェザートは再度問いただした。三人はしばらくヒソヒソと話をして、やがて大きく頷いた。
「分かりました。いざという場合には、死ぬ覚悟で、このプロクブルの兵、あるいはウニレイバの船団を率いることをお約束いたします」
エルシスの言葉に、フェザートも頷いた。
「…よし。それならば、私も性根を据えてナイヴァルの連中と交渉してこよう。願わくば、相手側にレファールがいるといいのだがな」
その方針で固まって、コルネー軍からサンウマへの特使が派遣されたのである。
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