第11話 停戦交渉①

 サンウマ城内。


 スメドアやルベンスには一体何が起こったのか分からなかった。


「コルネー軍は、撤退したのか?」


 茫然と退却する様子を眺めている視界の端に、フォクゼーレ軍の旗を掲げた一隊がいた。だが、城に向かって何かを呼びかけているようにも見える。


「……あの背の大きそうな二人は…」


 先頭にいる二人には記憶があった。いや、それ以上に一人が乗っている青黒い馬の記憶がより鮮明である。


「レファールのところにいる傭兵だったな。確かレビェーデ・ジェーナスという。何故にフォクゼーレ軍の旗を持っているのだ?」


 一瞬、裏切ったのだろうかという考えがよぎったが、それは現状とはあまりにもかけ離れている。


「スメドア様! 城外の者が、トリフタ城でレファール様が快勝したと主張しています」


「……それしか考えられないだろうな…」


 スメドアは城壁の上をレビェーデのいる側まで移動していった。




 城門の上からレビェーデに呼びかける。


「お前はレファールのところにいたレビェーデだな! 何故にフォクゼーレ軍の旗を持っているのだ? 寝返ったのか?」


「そんなことをするはずがないでしょう! レファールが、フォクゼーレ軍のフリをしてコルネー軍を叩けと指示を出したのです」


「ふむ……」


 周囲にいる者達にも見覚えがある。


「レファールは何をしている?」


「フォクゼーレ軍の降伏者が多すぎて、面倒を見ています」


「そんなに降伏したのか?」


「一万五千降伏しました」


「何だと? そんなに……」


「あいつら、勝手に自滅していたので全く簡単でしたよ」


「そうか。籠城は大変だと思ったが……」


「多分、トリフタでは捕虜の食事が大変なので早く支援してやってくださいよ」


「なるほど。そういうことか」


 スメドアは食糧をトリフタに運ぶよう指示を出し、次いでルベンスに向かう。


「トリフタの様子を見て参りますので、しばらくお任せしてよろしいでしょうか?」


 ルベンスは弱気な表情を向ける。


「大丈夫だろうか?」


「残りの者は残しておきますので、仮にコルネー軍が戻ってきたとしても問題はありません」


 長々話すつもりはないのであろう。簡単に説明をすると、すぐに門を開かせ、レビェーデについてトリフタへと向かった。


「サラーヴィー、ガネボ。兵士達を頼む」


 レビェーデも二人にそう頼み、スメドアとともにトリフタへの道を急いだ。




 翌日、トリフタ城内で頭を抱えているレファールの下に、スメドアとレビェーデが来たという報告が届く。


「お、スメドア様が来たか」


 ということはサンウマも勝利を収めたということである。レファールは上機嫌で城門まで迎えに行った。


 城門の前には、フォクゼーレ軍のテントを唖然と見渡すスメドアの姿がある。


「おお、レファール。これはたいしたものだな」


「たいしたものではあるのですが、非常に面倒なものでもあります。指揮官クラスは身代金を取れるでしょうが、兵卒はどうしたものか。フォクゼーレまで帰れと言うのも大変でしょうし」


「うむ。フォクゼーレの出方次第にもなるが、とはいえ、フォクゼーレに恩を売るいい材料でもある。ネオーペ枢機卿がいるから、うまく抱え込んで交渉させることができれば」


「大丈夫ですかね?」


 ネオーペ枢機卿は、シェラビーを本拠地のサンウマから引き離すために派遣された反シェラビー派の人物ではなかったのか。


「もちろん、兄の一人勝ちは許容しないだろうが、あの人も今回は多少苦労しているからな。バシアンで何もしなかった連中よりは見返りが欲しいと思っているだろう」


「サンウマにずっといたわけですか?」


「ああ、文句を言いながらもずっと城門に立ってはいた。こういう言い方は何だが、見直したところもある」


 スメドアは「少しだけな」と付け加えて、親指と人差し指を少しだけ開いて向けた。


「あとは兄の考えだ」


「それですよね」


 今はここにいないシェラビーの動向、それが何よりも優先される。


「とはいえ、今、ここを離れるわけにもいかないからな。どうしたものかと」


 テント暮らしをしているフォクゼーレ軍が再度自分達に歯向かってくることはないだろうが、コルネー軍はまだ分からない。


 そう思っていたところに、サンウマからの伝令がやってきた。


「コルネー軍から停戦要請が来ました!」




「……停戦要請?」


 スメドアの表情が険しくなる。


「自分達から攻めてきておいて、停戦要請とは、どういう心境なのだ、あいつらは?」


「いや、スメドア様。コルネーにとっては、プロクブルの海軍破壊から計算しているのではないでしょうか?」


 さすがにセルキーセ村のような小村の占領が戦端開始とは言わないだろうが、プロクブルの海軍撃破は重要事項である。コルネーからしてみると、戦争を仕掛けてきたのはナイヴァルだという思いがあっても不思議ではない。


 スメドアも「なるほど」と一息つく。


「……それならば仕方ないな。どうしたものかな。兄に連絡を取りたいが、如何せん北東のどこにいるか分からない状況だからな」


「となりますと、それこそネオーペ枢機卿の名前で行うというのは?」


 スメドアは腕組みをして頷く。


「それが一番無難だろうな。ただ、バシアンの総主教の許可は必要だろう。レファール、バシアンに行ってきてくれないか?」


「私が、ですか?」


「おまえが行けば、総主教は希望を受け入れてくれるように思う」


「いや、あの方なら誰が頼んでもOKしてくれるような……。まあ、行けというのなら従いますけれど」


 ミーシャの人懐っこい性格であれば、よほど人間性に問題があるような人物でない限りは和気あいあい、楽しくやるように思えてならない。


「嫌なのか?」


「嫌というわけではないですよ」


 むしろ、今度こそレビェーデに見立ててもらったジイェリの速さを確認するいい機会である。とはいえ、自分がいなくても大丈夫だろうかという思いもある。


「大丈夫だろう。セルキーセ村の連中もいることだし。それに……」


「それに?」


「コルネーが停戦を要求してきたということは、相手はフェザート・クリュゲールである可能性が高い。おまえのよく知る人物だろう」


「ああ、そういうことですか」


 コルネーの事情もよく知っているレファールは、相手との交渉をやるにおいては欠かせない一人となりうる。そのため、レファールが携わることもミーシャに認めてもらう必要があった。誰が言っても認めてくれる可能性は高いが、以前の友好的な態度からすると本人が行けばより大きな自由を認めてれくる可能性が高い。


「分かりました。行ってきます」


 かくして、レファールは馬上の人となり、都バシアンへと急ぐこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る