第10話 サンウマ・トリフタ⑤

 フォクゼーレ軍の大軍がまとめて降伏してきたことは、レファールにとっても誤算ではあった。


 特に食料の点では非常に厳しいのであるが、逆に相手の武装を簡単に奪い取れるという点ではレファールにとっては有難いことである。


「フォクゼーレ軍の装備や旗を使えば、コルネー軍も混乱するだろうからな」


「大将はこういうところは本当にあくどいですよね。19歳とは思えない」


「悪かったな」


 ボーザの軽口をいなして、旗や兜をレビェーデ隊に渡していく。


「しかし、これを身に着けているとサンウマの軍が俺達を敵と認識するんじゃないか?」


「その可能性はあるな」


 レファールの冷静な回答に、レビェーデが苦笑する。


「いや、そんな落ち着いて言うんじゃねえよ。どうすればいいんだ?」


「スメドア閣下はじめ、幹部クラスはおまえやサラーヴィーのことを知っているだろう。お前達が目立って、自軍だと思わせるしかない。伝令を送って失敗したら相手にバレてしまうからな」


「……それもそうか。仕方ない、何とか伝えるしかないということだな」


「そこも含めて大変だと思うが」


「了解、了解。ここまで来たら最後まで付き合うしかないからな。しかし、あの兵士達はどうするんだ?」


「追い払って盗賊になられても困るからな。当面は城の外にテントでも作らせて生活してもらうしかない」


「食料は? さすがに捕虜になれば米を食うのかね?」


「知らん。パンを渡すことにする」


「パンも硬いとか柔らかいとか文句言うかもしれないが」


「そこまで言うなら、もう好き勝手にしてくれとしか言いようがない」


 レファールはお手上げとばかりに両手をあげ、それを見たレビェーデは「それもそうか」と苦笑した。



 十月二十三日。


 サンウマでの包囲戦は既に二週間にさしかかっていた。


 攻撃側、防御側共に大きな被害は出ていない。



 この日、ムーノ・アークの副将を務めているエルシス・レマールの下に早馬が届いた。


「本当か?」


「はい。間違いありません」


「……分かった」


 エルシスはすぐに総大将の下に向かった。


「ムーノ様、どうやら撤退の準備をした方がいいようです」


「どうしたのだ?」


「トリフタの連中がやられたようです」


 ムーノの顔色が変わった。


「どういうことだ? 何故分かる?」


「はい。行軍状況にあまりにも問題があるようですので、密偵をつけていたのですが、その連中からの報告でほぼ全軍がナイヴァルに降伏したようです」


「城を攻めるだけなのにか?」


「恐らく他にも失態があったのでしょう。このままではトリフタ方面から挟撃を受けてしまう可能性があります」


「そ、それはまずいな」


「とはいえ、素直に後退するのもサンウマの連中に状況を教えるようなものですので賢くはありません」


「もったいぶるな。どうすればいいか教えてくれ」


 ムーノは苛立ちを抑えきれず、強い口調になった。


「はい。フォクゼーレ軍が多数降伏したということは、トリフタの連中が応援に来るとき、その恰好をしているはずです。味方であるフォクゼーレ軍を攻撃するわけがない、と」


「……それはそうだが?」


「ですので、フォクゼーレ兵のフリをして近づいてきたところを一挙に呼び寄せてせん滅します。そのうえで後方を警戒しながらプロクブルまで下がっていきましょう」


「わ。わ、分かった」


 ムーノも頷いた。エルシスは憎々しいという表情をトリフタのある北へと向ける。


「ナイヴァルの狂信者ども、そうそう簡単に勝てると思うなよ」



 一方、サンウマの城内では、スメドアとルベンスが不思議そうに外を見渡す。


「今日は相手の攻撃が随分と手ぬるかったように思うが……」


 最初のうちは慌てふためいていたルベンスも、二週間も経てば慣れてきたようで、表情にも態度にも余裕が出てきている。


「そうですね。相手も攻め疲れてきたのかもしれませんね」


「我々はどうする?」


「まさか撃って出るわけにもいきません。相手が来ないのなら少し休憩しましょう。ただ、休んだ後は全力攻撃や、あるいは策略を練ってくる可能性もございますので油断はなさらないように」


「分かった」


 ルベンスが下がっていくと、スメドアは溜息をついた。


「父親のような相手に、一から説明しなければならないのは本当に疲れる」




 レビェーデとサラーヴィー率いる二千ほどの部隊は、トリフタから真南へと進軍していた。進むこと三日、コルネー軍の旗が多数見えてくる。


「おお、コルネー軍だ。久しぶりだな」


 この年の頭にはコルネー軍にいた二人である。その敵味方が変わっていることには複雑な思いも抱いた。


「近づいて、トリフタを攻略したと言って、相手が有頂天になっているところを叩こう」


 二人はそう話をまとめて、今回も二人だけで進んでいった。


「おーい! 俺達はフォクゼーレの者だ! トリフタは落としたぞ!」


 そう叫んだが、反応が薄い。


「……あれ?」


 二人は顔を見合わせた。この時、コルネー軍がフォクゼーレ軍に対してかなりの警戒心を持っていることに気づく。


「おい、レビェーデ。これはおかしくないか?」


「俺もそう思った。どうやら、バレていそうだな」


 友軍が敵城を落としたという情報に全く反応しないということは、それが嘘であることを知っている可能性が高い。嘘であると知っているということは、こちらの行動が何らかの理由で読まれてしまったということである。


「仕方ない。一旦下がろう」


 相手がこちらの状況を知っているとなれば、簡単に叩くというのは難しい。兵力でも明らかに負けているような状況では向かっていくわけにはいかない。既に戦局自体はトリフタで勝っているので有利である。そんな中、無謀な賭けに身を投じるつもりはない。




「……あいつらは何故近づいてこないのだ?」


 コルネーの本陣では、フォクゼーレ軍のフリをした敵軍が遠巻きにして様子見していることに、エルシスが苛立ちを強めていた。


「いや、それはそうだろう……」


 グラエンが呆れたように言う。


「おまえの指示が伝わったから、近くにいた兵が相手を敵と認識して構えてしまっているからな。相手も、向こうが自分達をどう思っているかくらいは分かるだろうし、警戒してしまったんだよ」


 なまじサンウマを包囲するコルネー兵が状況を知ってしまったがために、レビェーデの誤情報を誤情報と認識してしまったのである。

 それは間違ってはいないのであるが、レビェーデ達を騙すためには「やったぞ!」と騙されたフリをする必要があった。そこまでの徹底ができていなかったのである。


「……そういうことか」


 エルシスも自分の過ちに気づいたらしい。腹立たし気に近くにあった腰かけを蹴飛ばす。


「ということは、相手を騙し討ちできないわけか……」


「一番いいのは、今のうちにプロクブルまで撤退することだな」


「……分かった」


 サンウマ城内の軍がトリフタのことを知ったら、間違いなく攻撃してくるであろう。また、トリフタから主力部隊が来ないとも限らない。


 早めの撤退が望ましい。ムーノもそのことは理解し、撤退の指示を出した。



 十月二十三日、夕方。


 コルネー軍は撤退を開始し、この後十日ほどかけてプロクブルまで退却することになった。

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