第9話 サンウマ・トリフタ④

 十月十九日。フォクゼーレ軍は東西南北に五千ずつを割り当て、四方からの包囲を目指して移動を続けていた。その南側に回る部隊は、ダリム・コーウェンが指揮をとっていた。


「南のコルネー軍から、伝令が来ました」


 コーウェンの下に報告が来る。


「……何だ? とにかく通せ」


 すぐに伝令二人が入ってきた。


「申し上げます。コルネーの海軍大臣フェザート・クリュゲール様がトリフタ城の攻略のための特殊部隊を編成しておりまして、その先遣として参りました」


「何、フェザート大臣が……?」


「はい。千人ほどを連れて、数時間後には合流できると思います」


「分かった。着いたのであれば、再度こちらに来てくれ」


 コーウェンは自分を指さした。



 五時間ほどが経過した午後三時。


「後ろから千人ほどの部隊が近づいてきています」


 という報告があると同時に、先程の伝令二人が入ってきた。


「間もなく到着いたします」


「分かった。しかし、どのような特殊部隊なのだ?」


「あー、それは……」


 二人はコーウェンの側を向いたまま、後ろに下がり、揃って馬に乗る。


「このまま、戦に勝ってしまおうという特殊部隊です!」


 叫ぶなりコーウェンに長剣を振り下ろした。コーウェンはすんでのところで下がったが、全部はかわしきれず、胸のあたりに赤い線が走る。


「う、うぉぉぉ……」


 うめき声をあげると、胸を押さえてコーウェンがその場に倒れ伏す。周りが「コーウェン様!」とかけよるのをいいことに二人はそのまま前に進み始めた。そのまま大声で叫ぶ。


「敵襲だ! ナイヴァルが後ろから攻撃してきたぞ!」


「レビェーデとサラーヴィーの率いるトリフタの精鋭達が襲ってきたぞ!」


 事実、後ろからの千人が弓矢を構えて、撃ち始めた。




 南門側のフォクゼーレ軍の隊形がいびつになる様子は、城の中からもはっきり見えた。後方から襲撃したサラーヴィーとレビェーデを先頭に、みるみる敵陣を切り崩していっている。


「よし、我々も出るぞ!」


 レファールが叫ぶ。


「相手は空腹だ! 我々の攻撃に耐えられるものではない!」


 オルビストに門の上を任せると、レファールは城壁の下まで駆け下りた。既にいつでも出撃できる体勢の五千の兵が並んでいた。


「城門を開け、突撃だ!」




 レファールはコルネー出身であり、衛士隊に志願したこともあるから、それなりの立場にある兵士の装備を熟知していた。ある程度の準備期間を与えられた際、攪乱を目論んで数名分のコルネー兵士の服装を製作しておいたのである。


 それを自軍の中でももっとも個人の武芸に秀でているレビェーデとサラーヴィーに与えたうえで、コルネー兵の伝令のふりをしてコルネー兵の援軍が来るような誤情報を伝えさせた。そのうえで、城の南部でバラバラに待機させていた自軍を合流させて、一気に攻撃させたのである。



 突然後ろを攻撃されたコーウェン隊は、大混乱に陥っていた。冷静になれば後ろにいる敵兵は千人程度ということは分かったのであるが、彼らにそれを見極める余裕はない。

 しかも、冷静さを取り戻す前に城内から撃って出たレファールの攻撃を受けることとなった。


 空腹のフォクゼーレ兵にできることは一つ、ただ、逃げるのみである。

 南側のフォクゼーレ軍は拍子抜けするほど呆気なく瓦解した。


「敵将も捕まえたぞ!」


 レビェーデがレファールを見て叫ぶ。コーウェンは胸に重傷を負い、動けなくなったところを後方から来た部隊が回収していた。


「身代金を取れるだろうから、そのまま縛り付けておけ。レビェーデとサラーヴィーは東を頼む。私は西側に回る」


「合点承知!」


 合流した六千の軍は、手際よく三千ずつに分かれて東西に別れた。



 味方が南側をほぼ制圧したという状況は、東西側の城門近くからも分かる。たちまちのうちに歓声が上がり、東門の上にいるボーザは。


「よし、ここは任せた! 俺達も出るぞ」


 と待機させていた千人程度の兵の前に出る。


「じ、自分でこれだけの数の兵士を指揮するっていうのは緊張するな……」


 既に七千やら二万の兵士を見ているが、自分の下にいる人数として千人というのは想定をはるかに超えるものである。ボーザは緊張した面持ちで生唾を飲み込んだ。


「俺達も大将に続け!」




 東西にいたフォクゼーレ軍にとっても、南から攻撃を受け、更に城の中から敵が出てくるという事態は想定していなかった。


「何があったんだ!?」


「敵が南から来ました!」


「南の連中はどうなったんだ!?」


 怒号が飛び交う。


 だが、その怒号が空腹な人間から更にエネルギーを奪う。


 実際にナイヴァル軍が突撃してくると、数では勝っているはずのフォクゼーレ軍に巻き返す気力がない。「してやられた」という思いに、これまでの長い進軍のことが思い出される。仮にこの場で逃げたとしても、とてもではないが母国フォクゼーレまで帰れそうにない。


 ほとんどの者が「もうダメだ」と思い、多くのフォクゼーレ兵はへなへなと座り込むか白旗を掲げる。もちろん、逃げる者も後を絶たない。


 要は全く戦意がなかった。


戦況図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330649803522396


「随分とだらしない奴らだな」


 次々と降伏していくフォクゼーレ兵を見て、東にいるレビェーデは呆れた顔をした。


「ずっと米を食べてないとなると仕方ないんじゃないか。見ろよ、ガッチリしたような奴は一人もいない」


 サラーヴィーの言う通り、フォクゼーレ兵は元々背丈が低い人も多いうえ、痩せた者が多い。


「他国の米でも食えばいいのにな。俺はコルネーの米は食ったことないけど」


「それだけフォクゼーレ兵が贅沢ってことだろう」


 プロクブル市での戦いの時と同じく、二人は会話をしながら敵陣の中に突っ込んでいた。そんな二人に近づこうとする者すらいない。


「レビェーデ! 敵将らしい奴が降伏したぞ!」


 ガネボ・セギッセの声が響いた。


「これで北も楽勝じゃねえの?」



 その通りとなった。


 北門のフォクゼーレ軍は東西からの支援要請に完全に算を乱し、その場で敗戦を悟った者がほとんどであった。東や西と同じように逃げることもなく、降伏するものが多数である。



 夜、二十時になる頃には戦いは終わった。


 フォクゼーレ軍は一万五千という、実にトリフタ城に籠城していた人数を超える兵士が降伏するという大敗北を喫した。


 一方のナイヴァル軍の被害は、死者は五〇人、負傷者も四〇〇人程度であった。


「いくら何でも降伏しすぎだろ……。食糧が足りんわ」


 レファールが数字を聞いて、ひっくり返る。


「とすると、殺します?」


 ボーザの問いかけには渋い顔をする。


「数が多すぎるからな。俺の一存で扱うには大勢過ぎる。コルネーの輜重でも奪って何とかしたいのだが……」


 トリフタ城には余剰物資はあるとはいえ限度がある。二千人程度の捕虜であれば何とかなるが、さすがに一万五千は想像を超える。可能性は低いが、この人数で再結成されれば反乱も起こされかねない。


「こうなると、大将にはここに残ってもらいたいのですが」


「……そうだな。ということで」


 レファールはレビェーデとサラーヴィーの肩を叩いた。


「サンウマの支援、任せてもいいか?」


 今度はトリフタを出撃して、サンウマを包囲しているコルネー軍を叩く番である。


「任せておけ!」


 二人が揃って親指を立てた。

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