第8話 サンウマ・トリフタ③

 十月九日。


 コルネー軍二万の進軍がサンウマの街からも見えてきた。


「だ、大丈夫なのか?」


 城壁の物見から様子を見ているルベンス・ネオーペが不安そうな声をあげる。


「何度も言わせないでください。この街は…」


「海からも守られている、のであろう? し、しかし、あれだけの兵が矢を撃ってくるとまかり間違って当たることもあるのではないか?」


「…それが怖いのでしたら、戦争に携わるようなことはおやめになり、神に常に平和でいるよう求めてください」


 付き添っているスメドアは「付き合いきれんわ」とばかり足早に下に降りようとする。ルベンスが「ま、待ってくれよ」と慌てて追いかけてきた。


 そのまま領主館に戻る。ここには小ルベンスもいるが、むしろ父親より落ち着いている様子であったし、「私も戦いたい」と勇ましい。


「メリスフェールにいいところを見せるのだ」


 と、動機はかなり不純なものがあったが。


 そのメリスフェールをはじめ、三姉妹と母親のシルヴィアは領主館の部屋で待機している。彼女達を含めて、街の一般人に対しても「しばらく耐久戦が続くことになるが、街は安泰だから気にするな」とスメドアは指示を出している。従って、兵力は八千ほどではあるが、十一万人のサンウマ市民が後ろについていると言って良かった。


 海上には十隻の艦船に二千ほどの兵が乗り込んで準備をしている。街の西側、東側への攻撃については即応できる態勢が整っている。サンウマの防衛に関してはスメドアは完全に楽観視していた。


(こちらより、トリフタのレファールの方が心配だ。うまくやっているかな……)


 スメドアは北の方に不安げな視線を向けていた。




 そのトリフタ。


「ボーザ、東の守りの方はよろしく頼むぞ」


 レファールがボーザ・インデグレスに指示を出していた。


「それは任されますが、大将、本当に大丈夫なんですかい?」


 ボーザは不安げな表情を崩さない。レファールが苦笑しながら言う。


「おまえな、部隊の長がそんな不安そうな顔をしていたら、勝ち戦が負け戦になってしまうぞ」


「しかし、相手はこちらより八千も多いということですが。しかも、こちらは城で守るだけですし」


「情けないことを言うなよ」


 レファールは十二歳年上の副将の肩を叩き、とっておきの切り札を使う。


「そんな臆病なことを言っていると、リリアンさんに失望されるぞ」


「な、何でそれを!」


 ボーザの顔色が一変した。


 リリアンというのは、都バシアンでボーザが見合いをした女性の名前である。


「23歳で155センチの小柄で守ってあげたいタイプだというじゃないか。頑張らないとな~」


「い、一体どこでそれを!?」


「言うわけがない」


 情報源はサリュフネーテ経由でのシルヴィアからであった。彼女はバシアンとサンウマで寡婦や少女に対する支援団体を組織しようとしており、既に100人ほどの女性が登録していた。この活動は当然、シェラビーの支援も受けている。


 シェラビーと共に来たボーザ達が、まず彼女達を紹介されるのは当然のことであったが、ボーザにはそうした経緯は分からない。


「まさかあいつ、総大将ということで大将に挨拶を?」


 どうやら、リリアンが私的にレファールに挨拶状を出したと勘違いしたらしい。その真っ赤な様子にレファールは大笑いしたくなるのを必死にこらえる。


「まあ、そういうことにしておこうじゃないか」


 これまではファーロット姉妹のことでからかわれることが多かったために、攻守逆転の立場が楽しくて仕方ない。レファールは当面、誰から聞いたか秘密にするつもりである。


「とにかくだ、おまえが頑張って味方が勝てば、リリアンさんも惚れ直すわけだ」


「ま、まぁ……」


「そして、私の言う通りにしていれば、勝算は高い。もう一年くらいの付き合いになるのだし、少しは自分の大将を信じろ」


「わ、分かりやした。その代わり、死んだら一生呪いますんで……」


「おまえに一生呪われる人生なら、すぐやり直したいな」


 レファールは軽口を返して、ボーザの背中を軽く押した。


 一度決心を固めるとやはり頼れる男である。


「よっしゃ! セルキーセの意地を見せるぞ!」


 と、セルキーセ村の面々を連れて勇ましく東門へと移動していった。



 サンウマの包囲から遅れること四日、十月十八日にフォクゼーレ軍二万がトリフタ城の視界に入ってきた。


「おお、凄いな。セルキーセ村で見た七千のナイヴァル軍にも度肝を抜かれたが、今回の二万はさすがにそれを超える壮観さだ」


「……セルキーセ村の時は、山や森もあったので全軍が見える状態ではなかったですからね」


 答えるのは、今回もレファールの副官となっているオルビスト・カテニアである。


「だが、圧倒されるのも二度目となると、そこまで恐れおののくものではないだろう?」


「……それは大将だけですよ。大将の心臓、強すぎるんですよ」


「おまえはビビッているのか?」


「ビビッている……というわけではないですが、やはり怖いですね」


 オルビストの正直な答えに、レファールも頷く。


「それは当然だろう。怖いからこそ生き抜きたいという思いも湧いてくる。怖いと全く思わない方が逆に危険だと思う。ま、生きたいことばかり考えるのも危ないとは思うが」


「大将は何か楽しそうですね?」


「楽しそう、というわけではないが……」


 否定するレファールだが、実際のところ楽しみな要素が一つだけある。


 今回、待機している期間にレビェーデに探してもらったジイェリという馬であった。レビェーデのシュールガと比べるとやや劣るが、その速さはこれまで見てきた馬の比ではない。「悪路ならシュールガより走るだろう」というレビェーデの寸評もあり、密かにこれに乗って指揮をとることを楽しみにしていた。



 翌日にはフォクゼーレ軍はトリフタの四方を囲むように広がって行った。


 それと同時に城壁の上を狙っての矢の応酬が始まり、更には攻城のための車が用意されてくる。


「ほう。あんなものをわざわざ持ってきたのか。それとも、プロクブルで作っていたのだろうか?」


「呑気に言っている場合ではないですよ。あれが接近してきたら……」


「城門が半日で潰れるだろうな」


「ですから止めないと」


「そう言ってもだ。まだ距離がある。城内からの弓矢では届くはずもない」


「それはそうですが」


「あいつらが接近しないことには城門にも影響がない。慌てず騒がずドンと構えておけ」


 レファールの激に、オルビストがブツブツと言う。


「全く、独り身だからってすぐ捨て身なことを言うんだから」


「おっ、そんなことを言うということは、おまえは捨て身になれない相手がいるのか?」


 レファールの突っ込みに、オルビストは如実に慌てふためく。


「そ、そういうわけではないですよ!」


「まあ、黙って見ておけ。何せ相手は米を満足に食っていない面々なんだから」


「黙って見ておけと言われても……」


 オルビストは明らかに不満そうに城の外の敵軍を眺めていたが…。


「あれ、そういえばプロクブルから連れてきた面々はどこにいるんですか?」


「ようやくそのことに気づいたか」


 レファールが笑う。それが小馬鹿にするようなものに映ったのか、オルビストは不満そうな顔をした。


「あいつらがどれだけ頑張ってくれるか、それが第一段階というわけさ」


「……なるほど。確かに暴れるだけならウチで一番強いですもんね」


 そこだけは冷静な指摘に、レファールは可笑しくなった。

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