第7話 サンウマ・トリフタ②
9月、コルネーとフォクゼーレ軍は、プロクブル周辺まで到着していた。
「プロクブルは敵が海側からも攻撃してくるので容易には落とせないでしょう。まずは内陸側のトリフタ城を落とし、そちらから参るべきです。そろそろ、その分遣を決めたいのですが」
エルシス・レマールが総大将ムーノ・アークに申し出る。
「それは構わぬぞ。全て任せた」
「お待ちください。どのように分けるかは重要でございます。適当に投げないでください」
エルシスは図を持ち出した。
「まず、分かりやすくコルネー軍とフォクゼーレ軍をそれぞれの側に行かせるという方法があります。ただし、この場合、トリフタとサンウマで攻撃難度が著しく変わるという問題がございます」
両軍が深い信頼関係に結ばれているのであればともかく、今回はそのようなことはない。
今回の場合、制海権を取られており海からの攻撃を受けるサンウマを任せられた側が一方的に大きな被害を受ける可能性が高い。その場合に、サンウマを攻める側が「こちらの被害が大きいことは仕方ない」と納得できるか、できないだろう。
「とはいえ、混成軍にした場合には機敏な動きができなくなる問題がございます」
「おまえはどうした方がいいと思うのだ?」
「……多少不満が出ることがあっても、別々の方がいいとは思います。相手の出方が分からない以上、不慮の事態が起きた時に両軍で連携が取れずに大混乱に陥るという事態は避けたいですので」
「となると、まさか友軍に難しい方を任せるわけにはいかないだろう」
「左様でございます」
「では、我々コルネー軍がサンウマに、フォクゼーレ軍をトリフタに向かわせることになるだろう」
「それでよろしいのでございますね?」
エルシスが念を押すと、ムーノは不機嫌そうに尋ねる。
「何だ、まだ何かあるのか?」
「いいえ、無難な策だとは思いますが、これを軍議で諸将とフォクゼーレ軍に納得していただく必要がございます。ムーノ様は総大将でございますゆえ」
「……分かっておるわ」
承諾はしたものの、色々不満があることは容易に見て取れる。そんな面倒なことはしたくないという思い、何かあった場合に自分の責任になるのを回避したいという思い。
(それが嫌なら、面子だけで総大将になりたいなんて言わなければいいのだ)
エルシスは思う。もちろん、これについてはムーノ本人というより、アーク家全体に対する問題である。いや、更に言えばコルネー全体の問題とも言えた。
ムーノとの会談が終わり、エルシスは持ち場へと戻った。
戻ると同僚のグラエン・ランコーンが浮かない顔をしている。先ほどまで物資の確認と補給状況の調査をしていたはずだ。
「何かあったのか?」
「……食料の消費状況に偏りがある」
グラエンが短く言い放つが、それだけでは何のことか分からない。
「どういうことなのだ?」
「米だよ。米の消費状況に著しい格差がある」
遠いフォクゼーレからの補給は難しいから、基本的にはコルネーが補給を全て管理している。当然、食料などの補給もそうであった。
ところが、その米について、フォクゼーレ軍から不満が出ているのである。
フォクゼーレとコルネーとでは米の性質が違う。コルネーの米は少し乾燥しており、火を通して炒めることでその妙味が増す。一方のフォクゼーレの米は水と共に入れて煮炊くことで食べるのが一般であった。
フォクゼーレ兵は、コルネーの米で煮炊いたが、食べて「味が合わない」と文句を言っているというのだ。その結果として、彼らは自分達の少ない補給を待ち、コルネーの米には手をつけなくなる。その一方で米以外のものを多めに食べるようになったため、肉や野菜などを多く消費していた。
「友軍であるから、文句を言うなと怒鳴るわけにもいかないということで、このまま行くと我が軍の連中が米ばかり食うことになってしまいかねない」
「それはまずいな」
エルシスも眉をしかめる。
「プロクブルで米以外のものを調達したいのだが、制海権がないので向こうにはそれほどの貯蔵がない。サンウマを占領して、取り上げるくらいしか思いつかないが……」
「フォクゼーレの連中、米以外を食っているとしても、米がないならエネルギーがないだろう。それで体力が出ずにトリフタで時間をかけられたら、ただでさえ不満を抱くだろう我が軍の不満が更に大きくなりかねない」
エルシスは先ほど、攻め込む場所によって不満が出るかもしれないとムーノに説明してきたばかりである。このうえ、更に両軍間で不満が出るようなことは避けたい。
「せめて肉は近くで狩猟でもすれば取れるのではないかと考えているのだが」
「そんなことをしたら進軍に更に時間がかかる。小さな問題を解決しようとして、問題を大きくするだけに見える。全く食えないというわけではないのだ。ここは信じるしかあるまい」
「……そうだな」
グラエンは頬杖をついた。
「フェザート様がおっしゃられていた、カタンの王女……、共同で攻め込むのは一番悪い策だと言っていたらしいが、こういうことも考えていたのかもしれないな」
「よそう、グラエン。気になることはあるが、相手だって盤石ではないのだ。我々が悪い方に悪い方に考えていたら、うまくいくはずのこともいかなくなってしまう」
連合軍にとって最も脅威になるシェラビー・カルーグがナイヴァル南部におらず、北の方に行っているという情報はコルネー軍も把握していた。
こちらにも問題はあるが、相手にも問題はある。差し引きすればイーブンだ。
エルシスの言葉に、グラエンも頷いた。二人とも、自らを言い聞かせるように「相手も盤石ではないのだ」と繰り返した。
九月二十六日、トリフタ城。
既にサンウマからの援軍の入城が終わり、この城では迎撃準備が整っていた。
「レファール!」
レビェーデがシュールガに乗って戻ってきた。その表情が明るい。
「どうやら、お前の予想通りになりそうだぞ」
レファールは中央広場で兵士の訓練を見ていた。レビェーデの前向きな言葉に、彼らも期待に満ちた視線を向ける。
「ああ、こちらに向かってくるのはフォクゼーレ軍のみになるようだ。しかも通り過ぎたところの住民などから情報を聞いたが、あいつら、食い物のことでトラブルになっているらしい」
「食べ物で……?」
「フォクゼーレの連中、米の味が合わないから食えないんだと。贅沢な兵士達だぜ」
「ということは、フォクゼーレ軍は空腹で向かってきているのか?」
「一応フォクゼーレからの補給も僅かにあるらしいのと、コルネーの連中の肉や野菜で凌いでいるということらしい」
「なるほど……。しかし、よくそこまで分かったな」
名馬シュールガであれば、遠まわりをしてもフォクゼーレ軍よりも遥かに広い範囲を動き回ることができる。しかも、仮に相手の偵察隊と遭遇しても、レビェーデの弓の腕なら後れを取ることはない。
そう考えて、レビェーデに敵の情報を偵察させていたが、持ち帰ってきたのはレファールが驚くほどの多くの情報であった。
逆に言えば、それだけフォクゼーレ軍の進軍に秘匿性がないということの現れでもあるのだが。
「よし!」
レファールは両手を叩いた。その表情には強い生気がみなぎっている。
「できるか、できないか不安だったが、これならいけるだろう」
「ということは?」
「ああ、うまく行けば私達が戦いを決められる存在になるかもしれない」
「いいねぇ!」
レビェーデが手を叩く。兵士達からも歓声が上がった。
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