第6話 サンウマ・トリフタ①
4月。
フォクゼーレ軍二万がヨン・パオを発ち、南へと向かった。
指揮官は国軍総司令官ジャック・トルビーンの息子コディラ・トルビーンである。現在40歳。その下に四人の将軍をつけての出立である。かなりの力の入れようであった。フォクゼーレとしては、この機会にナイヴァルを叩いて、イルーゼンに対する影響力を除去したいと考えていたのである。
大陸の南にあるノセンテスからコレアルまで、一日およそ三十キロの進軍で三か月経つ頃、ようやくコレアル北部にたどりついた。
フォクゼーレの出発を受けて、陸軍大臣ムーノ・アークの指揮する二万のコルネー軍もコレアルを出発した。フェザートは南部の第二の街ウニレイバで造船の指揮をとっているため参戦していないが、グラエンとエルシスという二人の腹心は従軍することになった。
総勢四万の軍勢、対するナイヴァルは揃えられても二万に届かないと見られており、兵数では圧倒することが濃厚であった。
サンウマのスメドアは四万という数字に顔を曇らせる。
「今まではこちらが多数であったが、今回は厳しいな」
隣に座っているルベンス・ネオーベも動揺している。
「だ、大丈夫なのか?」
「現状、我々は海を支配していますので、サンウマが簡単に落ちることはないと思います。ただ、内陸側から本土を狙われた場合、中々厳しいかもしれません」
だから、さっさとバシアンに戻って兄のシェラビーを解放してほしい、そうほのめかすのであったが、ルベンスは顔を真っ青にして。
「シェラビーにはイルーゼンとの国境沿いに派遣するよう、枢機卿達と話を進めていたから、当面は戻ってこれそうにない」
「何ですと!?」
「…いや、ここまでの大軍を派遣されるとは思っておらなかったので。コルネー方面は安定したから、イルーゼン方面で何かあっても大丈夫なようにしておこうと」
「…何てことだ」
スメドアは頭を抱えた。レファールとの間で話していた、「シェラビーが現在いないということは、見方によっては切り札となることを意味する」という期待が完全に潰えたことになる。
(敵より、味方の方が恐ろしいとはまさにこのことか…)
このことをレファールに伝えた方がいいだろうと、トリフタ城へ使者を派遣した。
トリフタ城にはレファール他、二千人のナイヴァル兵が集まっていた。
「相手は四万で、シェラビー様は参戦できそうにない!?」
「まずいですね、大将」
顔をしかめるのはボーザである。バシアンでの結婚活動から二か月前に戻ってきていた。話は進んでいるらしいが、相手としてみればもう一度手柄を立ててほしいと言われたと聞いている。
「手柄は立てたいですが、この戦力差だとむしろ絶望的です」
「そうだな…」
ブロクブルでの戦いでは結婚のために奮戦していたセルキーセ村の面々であるが、今回は逆に結婚が現実味を帯びているため、死を恐れて戦わなくなる可能性がある。
「とりあえずバシアンから援軍には来てもらわないと。相手が二手に分かれるとしても、二万だ。二千ではさすがに厳しい。まあ、セルキーセ村の時よりはマシではあるが」
レファールは援軍要請の使者を立て、自身は城内の宿屋へと向かった。
プロクブルで降伏したレビェーデ・ジェーナス、サラーヴィー・フォートラントら傭兵部隊はここにいた。
「お、レファールの大将」
レビェーデがレファールに気づいて声をかける。
(何で俺は誰からも『大将』と呼ばれるのだ?)
ボーザが言っているのを止めなくなったうちに、どうやら全員レファールのことは大将と呼んでおけばいいと思ってしまったらしい。今ではスメドアすらも時々からかうように『レファール大将』と言ってくる。名前できちんと呼ぶのはファーロット家の娘たちくらいであった。
「コルネーが動き出した。まだ確定ではないが、このままでは10倍の相手と戦うことになるかもしれない」
「10倍か…。ま、いいんじゃないか?」
レビェーデは全く気にする素振りがない。
「前回は無茶苦茶な味方だったが、この城内にいる限り、そんなバカげたことは起きそうにないからな。一度従うという約束をした以上、相手が多いからやめるなんて情けないことは言わねえよ。それでいいよな?」
他の傭兵達に確認すると、全員が「おう!」と力強い返事を返した。
「すまないな。ただ、見込がゼロということはないんだ。詳しいことは後々触れるが、一応準備はしてある」
「いいじゃねえか。前回は準備も何もなかったからな」
レビェーデを含め、傭兵隊の意気は高い。
(今回は、ボーザ達よりこちらをアテにした方がいいかもしれないな)
レファールはそう思いながら、実際の戦いの計算を始めていた。
スメドアからの使者がバシアンに到着した。
四万というのは余程驚きだったらしい、ネイド・サーディヤ、アヒンジ・アラマト、ムーレイ・ミャグー、ルジアン・ベッドーと揃った枢機卿は一様に頭を抱えて「どうしたものか」とばかりつぶやいている。
「どうしたものかじゃないでしょ! 父さん達の指示でシェラビーは北に向かったんだし、今は出せるだけの援軍を出して、スメドアとルベンスを信じるしかないわ!」
総主教ミーシャが呆れたように枢機卿達を急かし、援軍を派遣させようとする。
程なく、アヒンジ・アラマトを指揮官とする一万四千の援軍がバシアンを出発した。誰が指揮するかという過程においても、醜い争いがあり、それをミーシャが糾弾してどうにかアヒンドでまとめるという一幕もあった。
「一万四千か。それなら合計して二万二千。何とか相手の半分以上は揃えられたか」
サンウマのスメドアは報告を聞いて安堵する。
「それでも相手はこちらの倍近いぞ」
「確かにそうですが、繰り返しになりますが、海はこちらが握っております。となると、ここサンウマに関しては安心でしょう。問題は陸地側のトリフタ。こちらに多めの兵を配しておく必要があります」
「多めというとどのくらいだ?」
「そうですね。トリフタに一万四千くらいあれば」
「ということはバシアンには八千か? 相手は二万くらい来るという見込ではないのか?」
ルベンスがとんでもないとばかりに頭を振る。
誰のせいでこうなったと思っているのだ、という言葉を喉のあたりで押さえて、スメドアは繰り返し『サンウマは海からの支援もあるので四千でも何とかなります』と納得させるのであった。
九月十八日、アヒンドがサンウマに到着した。
「私は地の利に疎いゆえ、このあたりで失礼する」
しかし、兵士を預けると逃げ帰るようにバシアンへと戻っていった。
呆れたように見送るスメドアとルベンス、特にルベンスは同格ということもあってか不満ばかりを述べていたが。
「まあ、逆に考えればこの戦いで活躍できれば、アヒンド枢機卿に差をつけることができますので」
「うむ…」
「とりあえず援軍のうち一万をトリフタに行かせないとな」
スメドアはてきぱきと指示を出し、援軍一万四千のうち一万をトリフタの方に進ませていった。そのうえでジェカ・スルート、スニー・デリ、メムリク・アルスムらに船団の指揮を任せるべく説明を開始した。
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