第5話 開戦準備③

 一か月が過ぎた。


 コルネーがフォクゼーレと同盟を結んだらしいという話を受け、レファールはスメドアの了解の下に、バシアンのシェラビーに手紙を送った。情報提供と同時に、どのような対策をしておけばいいのか、シェラビーの意見を求めたのである。


 その返書がようやくスメドアに届いた。


『当面は枢機卿とのやり取りで動けそうにない。申し訳ないが、レファールと共に何とかしてほしい』


 というものであった。


「これは参ったな」


 返書を読み終え、スメドアは頭を抱えた。


「レファール、どう思う?」


「どう思うと言われましても、敵が来るとすればこのサンウマではないでしょうか?」


「いや、山沿いのところにあるトリフタ城も狙われる可能性が高い」


「ああ、あそこですか」


 セルキーセ村とサンウマのちょうど中間点あたりにある小さな城を思い出した。


「あの城を占領して、そこを起点にサンウマを狙うというのは十分ありそうですね」


「兄上が動けない以上、サンウマは私がつかざるを得ない。いくら何でもネオーベ枢機卿に任せるわけにはいかないからな」


「それはそうですね」


 ルベンス・ネオーベにサンウマの状況をなるべく見せたくないし、彼の指揮能力については全く未知数である。任せる理由が思いつかない。


「敵が来そうなのに、こちらはどんどん束縛が多くなるというのはどういうことなんだろうな」


 スメドアは頬杖をついて溜息をついた。レファールも同じである。


「トリフタ城はレファール、おまえに任せることになるだろう」


「……私ですか」


「不満か?」


「いえ、多分そうなるんじゃないかとは思っていました。それなら、今のうちに準備しておいてもよろしいでしょうか?」


「構わんぞ。何か準備したいことがあるのか?」


「ええ、まあ……」


 レファールは曖昧な笑みを浮かべる。スメドアは興味がありそうな様子ではあったが、聞くところはない。


「彼女はどうする?」


「……彼女?」


「サリュフネーテだ。最近はおまえのところによく行っているようだが」


「え、あははは……」


 確かに何かある度に来ていることは事実であるし、かなりの好意は感じている。


 コレアルにいた頃、特に学校などにいた頃にはそれなりに女友達もいたが、これはという子がいたわけではない。そういう点では、サリュフネーテは今までで一番親しくなっている女性とも言えそうである。もちろん、12歳という年齢はかなり気になるところであるが。


「シルヴィアさん次第だが、連れていっても構わないぞ。勝利の女神がいた方がいいだろう?」


「いや、さすがにシルヴィア様から離れてお一人はサリュフネーテ様も嫌でしょう」


「どうだろうかな。まあ、考えておくといいさ」


 スメドアはニヤニヤと楽しそうに笑う。


「ネオーペ様の下の子供のこともあるだろうし、うかうかしていると取られるかもしれないぞ」


「…むぅ」


 それも気になるといえば気になるところであった。


 ルベンスの末子もルベンスという名前であり、一般的には小ルベンスと呼ばれているらしい。レファールもサンウマの街中で何度か顔を合わせている。正直、ピンと来ない少年という印象であった。挨拶をしても無視することが多いし、何を考えているのかよく分からない印象である。


(とは言っても、向こうが希望すれば優先的に貰うのだろうしなぁ)


 何といっても、相手は枢機卿の息子である。小ルベンスが望めば、シェラビーもシルヴィアも逆らうことはないだろう。


 そう考えると腹立たしい気持ちにもなってくるが、どうしようもないこともまた、事実であった。




 その翌日。


 トリフタ城での準備のための試算をしていると、昼過ぎにサリュフネーテが現れた。


「何をしているの?」


「ちょっとした仕掛けをしようと思っていましてね」


「仕掛け?」


「はい。敵が攻めてきた時に、簡単には攻めさせないための仕掛けです」


「ふうん……」


 分からないことでも何かしら興味を示すことの多いサリュフネーテであるが、戦争のための準備であるせいか、あまり関心は示さない。


「そういえば、ルベンス様とはお会いになっているのですか?」


 何の気なく言葉が出て、レファールは思わずハッとなってしまった。サリュフネーテも目を見開いてレファールを見上げている。


「……ルベンスって、枢機卿の息子のこと?」


「はい」


 変なことを聞いてしまったという思いはあるが、聞いてしまった以上はどうしようもない。


「私は全然会ってないわよ。彼はメリスフェールが気に入っているみたいだから」


「そうなんですか?」


 父の話では、早く婚姻させたいという雰囲気であったが、さすがにもうすぐ10歳というメリスフェールでは婚姻も遠いだろう。


(ただ、あれなんだよな。セルキーセ村の連中もどちらかというとメリスフェールのファンが多いよなぁ)


 以前の戦いで、お手製お守りをもらったせいか、あるいは外向的な性格が愛されてか、メリスフェールは人気者である。


「枢機卿の息子に言いたいことがあるのなら、私からメリスフェールに伝えさせておくけど?」


「ああ、いえ。大丈夫です」


「今度の戦い、勝てるの?」


 唐突にサリュフネーテに問いかけられ、一瞬言葉に詰まる。


「スメドアさん、何か最近どんどん暗くなっているし、シェラビー様はいないし」


「大丈夫ですよ」


「本当? 子供だからって適当なことを言わないでよね?」


「ならばしっかりとご説明いたしましょう。まず、シェラビー様がいないという点でございますが、これは裏を返せば必要なタイミングでシェラビー様が増援に来るということも意味します。つまり、我々は切り札をもったまま戦うことができるわけです。お分かりですか?」


「う、うん……」


「次に、コルネーはフォクゼーレと組んだという情報がありますが、これが何を意味するか。もちろん、別の国と組むことで味方が増えるというメリットがありますが、一方で相手と合わせなければいけないというデメリットがあります。私が考えますに、コルネーとフォクゼーレは足して二になる可能性は低いと思います。いや、有史史上、同盟関係を締結して一足す一が二以上になったケースはほとんどありません。結局のところ、今回の戦いも相手はほぼコルネーなのです」


「……」


「更に私はコルネーで長いこと住んでいましたし、コレアルにいるエリート兵のことも大体は知っています。向こうは我々のことをまだよく知らないはずですが、こちらは知っている。これは大きな差があります」


「もう! いきなりそんなにまくしたてられても分からないわよ!」


 サリュフネーテが不満そうな顔を露わにする。


「え、でも……」


 子供扱いするなと言ったのはサリュフネーテ様ではないですかと言おうとしたが、サリュフネーテは分からないのが悔しいのか涙ぐんでいる。


(ちょっとムキになりすぎたか……。あるいはもう少しかみ砕いて説明すべきだったか)


「申し訳ありません……」


 仕方なく謝罪するが、何だか理不尽だという思いは拭え切れなかった。

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