第4話 開戦準備②

 二月、シェラビー・カルーグはスメドアやシルヴィア達をサンウマに残し、側近のラミューレら数名を連れてバシアンに戻ってきていた。半年ぶりに大聖堂を訪れて、総主教ミーシャ・サーディヤに目通りする。


「シェラビー、久しぶり!」


 父のネイドがまたも出かけているためか、ミサのテンションは高い。


「サリュフにメリスフェールは今回も来てないの? でも、彼女達にはバシアンはつまらない街よね。あたしもつまらないんだし」


 シェラビーが挨拶するよりも早く、舌が回転よく回っている。とりたてて尊敬も軽蔑もしていないが、この元気の良さは感心するばかりであった。


「総主教閣下におかれましてはご機嫌も」


「ああ、貴方達兄弟はどうしてそんな堅苦しい言葉を使うわけ? もっと親しくやろうよ。親しく!」


 ミサの言葉に、側近達が笑いをこらえている様子が見える。


(しかし、どういえばいいのだ?)


 スメドアやレファールくらいの年齢なら、ミサとの年齢差も許容範囲であろうからフランクに接することもできよう。しかし、12歳年上で妻子もいる自分が「やあ、ミーシャ」などと言うわけにもいかない。


「総主教。お気持ちも分かりますが、我々にも立場というものがありまして、な」


「知らないもーん。私、勝手に総主教にされたから知らないもーん。農民の娘だもん」


「……総主教もご不満かもしれませんが」


「重々しくやりたいなら、シェラビーが総主教やったらいいじゃない」


「……!」


 大胆過ぎる発言だが、一方で危険な発言とも感じた。


(もしかしたら、ネイドにそそのかされて言っているのでは?)


 ここで自分が前向きな言葉を返してしまった場合、それを理由に処分が下される可能性もある。


「総主教、ご冗談はおやめいただけますか?」


「本当に堅いわよねぇ」


 ミーシャは口を尖らせる。


「で、私に何か用でもあるの?」


「いえ、当面はバシアンにおりますため、そのご挨拶に」


「あら、バシアンに滞在するの。何で?」


(おまえの父親のせいだよ)


 シェラビーは内心で毒づいた。


 名目としては妻ヨハンナと子供二人としばらく過ごしてはどうかという義父ルベンスからの手紙によるものである。ただ、この裏に枢機卿ネイド・サーディヤがいることは間違いない。しかも、義父ルベンスはサンウマに来るというのだから、より性質が悪い。


「たまには、妻や子供達も見てやらないといけませんし」


 精一杯の作り笑いをミーシャに向ける。


「そっかぁ。大変よねぇ、シェラビーも」


「はい。ご理解いただきましてありがたい限りです」


「でも、お父さんもそうだけど、政治ごっこってそんなに楽しいの?」


「ご、ごっこ?」


 シェラビーは目を丸くした。


「私、全然楽しくないもん。それはまあ、恵まれているとは思うわよ。美味しいご飯は食べられるし、寒いとか暑いってこともないし。でも、友達もいないし、いつも一人で気持ちよくお話もできないわけだし。辛いわよねぇ。悪いことをして捕まっている囚人とほとんど変わらない立場よ」


「……はあ」


 返答に窮するが、理解できないわけではない。生まれた時から、総主教として生き、そのまま死ぬことが決まっている。神に仕えるという立場上、結婚もできず、普通の女性らしい生き方は何一つできないのであるから。


「今度来るときは、レファールを連れてきてよ! 彼は面白いから」


「分かりました。考えておきます……」


 その後も、ミーシャのノリに圧倒されながらも、二、三、言葉をかわし、シェラビーは退室した。廊下を歩きながら思わず独り言をつぶやく。


「レファールか……。サリュフネーテも気に入っているようだし、隅に置けないな」




 場所は変わって、ナイヴァルの南サンウマのカルーグ家の別荘。


 スメドアとレファールが、ルベンス・ネオーベの歓待をしていた。


「ここは海が見えるのがいい」


 ルベンスが外を眺めながら、海鮮料理を食べている。


「海鮮の料理も、ここで食べると美味い。バシアンや北で食うものは塩辛くてとてもではないが食っていられん」


「どうぞお気の向くままに」


 スメドアが別の皿を勧めるが、ルベンスは「それは結構」と制止した。


「以前、貝料理で食あたりを起こしてしまってね。危うく神の身許に運ばれる寸前であった」


「それは大変だったでしょう」


「ところでスメドア君」


「何でしょうか?」


「今回、私の下の息子も連れてきていてね」


「下の息子?」


「現在、17歳でね。父親の僻目かもしれないが優秀な息子だと思っている」


「はあ……」


 スメドアは「何が言いたいのだろうか?」というような顔でルベンスを眺めた。


「枢機卿の恋人には娘が三人いるらしいではないか。全員、なかなかの器量だと聞いている」


「……縁談、ということですか?」


「ああ、ひょっとすると、ヨハンナに対する意趣返しと思われたかもしれないが、そういうことはない。末っ子なので可愛いのだよ。単純になるべく美しい娘と結婚させてやりたいという父親の望みだと思ってくれたまえ」


「……」


 おかしなことになってきた。レファールもスメドアとルベンスのやりとりを注視する。


「もちろん、今日、この場で回答を求めるわけではないよ。ただ、その日が来た場合、君には応援してもらいたいのだよ」


「……それは、もちろん構いませんが……」


「ありがとう。君、レファールと言ったか。よろしくお願いする」


「は、はい……」


 レファールは促されるがままルベンスと握手をかわす。


 その食事の間、もやもやとした感情を抱えてルベンスと同じ時間を過ごすことになった。




 食事が終わり、カルーグ邸を出ると副官のオルビスト・カテニアが走ってきた。


「大将!」


「おまえまで、大将呼ばわりかよ……」


 レファールは苦笑した。


「ネオーベ枢機卿が聞いたら変に思うだろうし、普通にレファールでいいじゃないか」


「まあ、それはおいおい考えるとしまして、コレアルの方できな臭いことになっているようです」


「……戦争の準備をしているのか?」


 それは当たり前である、とは思った。


 コルネー東側の艦隊をほぼ破壊したのである。これで黙っているということはありえない。艦船の補充を急いでいるはずであるし、そのついでにナイヴァルとの戦端を開くはずであった。


「それもあるのですが、どうやらフォクゼーレと同盟を締結しているようです。コレアルのいたるところで話されていることから間違いないことかと」


「フォクゼーレ……。ホスフェではないのか?」


 フォクゼーレは大国ではあるが、ナイヴァルとの距離は遠い。


 遠いというのは語弊がある。国境は繋がってはいるのであるが、国境付近には広大な砂漠が広がっており、攻め込むとなるとどうしても迂回するしかない。西に進めばすぐナイヴァル領となるホスフェの方が同盟相手としては遥かに脅威のはずであるが。


「フォクゼーレと組むとなると、攻撃を仕掛けてくるだけでも半年くらいかかるのではないか?」


 それだけの時間があればナイヴァル側も相当な準備ができるはずである。


 シェラビーが戻ってきさえ、すれば。

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