第3話 開戦準備①
その日の夜、フェザートはフォクゼーレ軍総司令官のジャック・トルビーンと三度目の交渉を交わした。
この日の朝の交渉で、既に同盟を結ぶということについてはほぼ決まっている。ジャックはフェザートとの約束通り、フォクゼーレ天主ジェダーマ・デカイトをはじめ主要な面々の説得に成功していたのである。
この夜の話は、フェザートにとっては朝の話が確定したことを確認することと、来るべきナイヴァルとの戦争に備えて、フォクゼーレ軍にどのような行動を要請するかということであった。午後のレミリアとの話も、そのより良い方法を求めてのことであった。
そのレミリアとの話について、フェザートは感嘆はしていたが、彼女の勧め通りの策を取るかというと、そういうことはなかった。
「このような三つのルートがありえますが…」
フェザートの勧めで、地図を見たジャックは即答した。
「これであれば、コルネー経由のルートであろうな」
「はい。私もそう思います」
フェザートも即答した。彼はもちろん、レミリアがこのルートに最も低い評価を下したことも知っている。
それでも、フェザートはジャックのそのルートに全く異を唱えるところはなかった。
翌朝、宿舎の食堂でレミリアが朝食を食べているところにフェザートが姿を現した。
「おはようございます。王女殿下」
「これは大臣殿、おはようございます」
「昨日はありがとうございました。お蔭様で、フォクゼーレとの同盟は成功しそうです」
フェザートの言葉に、レミリアも笑みを浮かべた。
「それは何よりでした」
「ただ、ルートについては……」
推薦してもらった手前、選ばれなかった報告をしようとするが、それより早くレミリアが答える。
「分かっております。コルネー経由のルートになったのでしょう?」
「お、お分かりなのですか?」
「はい。私も昨晩、改めて考えてみましたが、考えてみればコルネーとフォクゼーレの間には大きな信頼関係がありません。となりますと、遠いルートを使うような信頼関係を要求するような作戦が組めるはずがないと思いました」
「……その通りです」
「コルネーはフォクゼーレ軍が確実に友軍として動いていることを求めるでしょうし、フォクゼーレ軍もコルネーに使われる立場になることを警戒するでしょう。となりましたら、コルネー経由のルート以外選ぶはずがないでしょう。ただ、そうするしかない関係というのは共同戦線を組むうえでは非常に不安ではある、とも思うのですが」
「……ええ、まあ」
フェザートは今度こそ、この少女といっていいカタン王女に恐れおののいた。
昨日立てた方針を、翌日には現実的ではないとあっさり変換できるその柔軟さに。余計な先入観の無さに。
(この方がフォクゼーレの中枢に入ろうものなら、フォクゼーレはとんでもなく強くなるかもしれない)
本人の口から、七年間をヨン・パオの大学で過ごして、その後は「王女としての価値はないから、どこか自分で仕官の口を見つけたい」と言う希望は聞いている。本人は価値がないと言うがそんなことはないだろう。確かに見栄えは微妙なので、婚姻外交の価値は低いかもしれない。しかし、レミリアにはそれを補って余りある頭脳がある。
コルネーに来てほしいと心底から思った。グラエンやエルシス、レファールらとは全く違う存在である。
しかし、国内での爵位が重視されるコルネーでは、いくらカタン王女といっても重用はされにくい。仮にグラエンやエルシスらと婚姻させれば道は開けるが、それはカタン王女に対して失礼にあたる可能性も高いし、年齢差もある。
(レファールがいれば、年齢も近いのだが…)
あらためて、ナイヴァルに奪われた若い才能のことを思い起こす。
「…私は、明日、コルネーに戻りますが、今後とも何かしら相談に乗っていただけますでしょうか?」
フェザートの言葉に、レミリアは笑う。
「もちろん構いませんが、私の意見が役に立つでしょうか?」
「とんでもございません。私が国王であれば、今すぐにでも参謀に迎え入れたいくらいでございます」
「それは光栄でございます」
……。
予定通り、ヨン・パオを離れてコレアルへ戻るフェザートの頭にはお世辞にも美しいとは言えないカタン王女のことばかり思い浮かぶ。
(どうにかして、コルネーに連れてくることはできないだろうか?)
日頃、浮いた言葉と、忖度した言葉ばかり交わしている宮廷にいたせいで、彼女のような竹を割ったような物言いにとてつもない新鮮味を感じていた。
二〇日かけてコレアルに戻った時、既に外務局の人員がヨン・パオへと旅立っていた。このままフォクゼーレとの同盟は問題なく成立するであろう。しかし、カタンとの関係は、あくまで個人的なものでしかないし、レミリアと連絡が取れるのも七年間である。
「ついでに、カタンとの同盟も何とかならないでしょうか?」
フェザートはコレアルの会議で一応提案はしてみた。
しかし、一同の反応は鈍い。「カタン自体がフォクゼーレの従属国のようなものであるから、改めて結ぶとかえってフォクゼーレに失礼ではないか」などという声があがる。「そうではないのだ」とフェザートは主張したいのだが、彼自身、レミリアと会うまでは群臣と同じ印象であったから、大声では言えない。
ともあれ、フォクゼーレとの同盟が確実な状況となり、更に共同軍も出してもらえそうだということでフェザートは役割を果たしたことになり、周囲からも評価されることにはなった。
従って、彼が次になすべきはフォクゼーレとの共同軍をもって、ナイヴァル軍を確実に撃破することである。
作戦の立案となると、グラエンとエルシスを呼び出しての作業となる。
ただし、コレアルの海軍はプロクブルで失った艦隊を補填しなければならないから容易には動けない。
そうなると陸軍が主体となり、こちらの管轄大臣であるムーノ・アークも呼び出さなければならなくなる。
ムーノ・アークは各大臣の中でももっとも若い18歳である。二年前に16歳で大臣に抜擢された少年であった。ただし、それはムーノの才能というよりはアーク家によるところが大きい。アーク家は名門の公爵家であり、コレアル近郊の領地の他、北部に広い領地を領有している。
ムーノの才能自体については「悪くはない」という評価ではある。あくまで悪くないというだけで、例えばグラエンやエルシス、レファールと同じ条件で対峙したならば自分の弟子の方が優勢だろうというのがフェザートの評価だ。
ただ、それ以上にフェザートが不安なのが、ムーノは自分の才能についてかなりのものと思い込んでいるところである。今回の呼び出しに際しても参謀の一人も連れてきていない。自分で全部分かっているつもりなのである。
「フォクゼーレの総司令官ジャック・トルビーンとはこのようなルートで進むことに合意しております」
不安はあるが、無視したり、本人のプライドを傷つけたりするわけにはいかない。グラエンとエルシスの二人に期待して、説明を始めた。
「全軍で中央山地を超えて、陸沿いに向かうわけですか」
この時点の説明では、誰も何も言わない。
「目標となるのはナイヴァルの海側の拠点であるサンウマになる。ただ、残念ながら、プロクブルの敗戦で海軍のサポートが期待できないので、そのまま力攻めをするだけではフォクゼーレ軍の協力があれども難しいだろう。そこで」
フェザートがより内陸寄りの道を指さす。
「セルキーセ村あたりを通るのはさすがに遠すぎるが、多少山側を進んでいきたい。山側から入ったあたりには25年前にナイヴァルが築いたトリフタ城があるので、まずここを占拠し、サンウマ以外からでもナイヴァルの内陸部を攻撃できる体制を築きたい。多分、主力はサンウマに拠るはずだからトリフタには強力な軍はいないものと思う」
「なるほど。確かに全軍をあげてサンウマを包囲しても、海側から城内に支援があるでしょうね」
エルシスが分析し、ムーノが頷いている。ムーノの場合、本当に分かっているのかいないのか分からないところであるが。
「補給線はコレアルからになるのでしょうか? 少し遠くなるように思うのですが」
「それはやむをえない。プロクブルから海沿いの場合は危険すぎる」
「……確かにそうですね」
「アーク大臣もこれでよろしいでしょうか?」
「うむ。問題ないと思う」
ムーノは力強く頷いたが、どこまで分かっているのかは半信半疑であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます