第2話 カタンの王女②
子供の時から、周りの女の子達がやっていることがどうにも受け入れられなかった。
不満があるとか、怒りがあるというわけではない。単に、自分がやっても同じようには出来ないという評価があったのである。
カタン王女レミリア・フィシィールは、女の子らしさと交錯できないまま育ってきた。
環境がどうというわけではない。単純に自分の能力によるものだ。
長じるにつれて、レミリアは自分にある二つの要素を理解した。まず、手先がとんでもなく不器用であること。ダンス、社交のための芸術、そんなものは出来そうにない。王女として一般に要求される能力については及第点も難しそうであった。
もう一つは自分が常に冷静で、頭は悪くなさそうであること。頭を使う仕事にかけては他人に劣ることはなさそうであった。
彼女は、そのことを確認したうえで父王にはっきりと言った。
「私は、どうやら、普通の女性と同じことをすることができないようです。このままでは落ちこぼれ王女になってしまいますので、別のことをやらせてもらえないでしょうか?」
10歳の王女から落ちこぼれ宣言をされ、驚いた王であったが、幸い子供が多かったこともあり、レミリアの希望は受け入れられた。
レミリアは政治家か参謀の道を選ぶことにした。始めてみると自分のことながら悪くないと思えてきた。他の人、他の領地、他の国のやることに興味をもち、調べることが楽しい。
13歳の時点で、自分はどうやらこういう形で生きていくしかないと思えるようになった。当然、彼女は更に能力を伸ばしたいと思った。
カタン王国は辺境の島国であり、どうにか海でつながっているのはフォクゼーレ帝国のみである。実際、カタンの文化などはフォクゼーレにかなりの影響を受けている。
文化はどうでもいい。
情報やら学術はカタン国内ではどうにもならないようであった。
この道で生きると決めたレミリアには、それは我慢できない。フォクゼーレで勉強するしかない、と思い立つまでには時間がかからなかった。
これまではレミリアの我儘を聞いてきた父王も、フォクゼーレへの留学には難色を示した。王女が他国に留学するということは、カタンを含めてミベルサでは前代未聞の事だったからである。
レミリアは再び同じ切り札を使った。
「留学できないのならば、私は平凡な女として一生を終えることになってしまいます。できるのであれば、それなりの政治家や参謀にはなれるでしょうが…」
レミリアは我意を通したくてこういうことを言っているわけではない。彼女にとっては、単なる自己分析である。
とはいえ、娘に「このままでは平凡な女」と言われると父親としても折れるしかない。実際、レミリアが情報分析に優れた力を見せていることも承知していた。
ということで、彼女はフォクゼーレの帝都ヨン・パオの大学へと入学する手続をして、やってきたのである。
初日でコルネーの海軍大臣フェザート・クリュゲールと出会えたという事実は、レミリアに「フォクゼーレに来たのは正解だった」という確信をもたせた。カタンに残ったままであれば、とてもあんな遠くの国の要人と会うことはできなかったであろう。
フェザートに気に入られたことも悪くないことであった。どうやら、きちんとした話ができる相手がいないらしい。
「どうでしょう? 今後、我がコレアルとも使節の往来をするというのは?」
フェザートの提案に、レミリアはこう回答した。
「私個人としては望むところです。しかし、私は国王ではないので自分で決めることはできません。また、私は変わり者と言われておりますので、どこまで話が通じるかも不明です。ただ、父にコルネーの要請は伝えたいと思います」
コルネーとの交流は悪くないと思った。カタンはフォクゼーレの影響を受けすぎている。それは悪いことではないが、選択肢がない。コルネーという選択肢を入れることで、よりカタンの文化や学問の幅が広がるのではないかと思った。
「王女殿下は、今後、どうされるおつもりなのでしょうか?」
「私ですか? 当面はフォクゼーレで勉学をするつもりですが」
「差し仕えなければ、相談相手になっていただけないでしょうか?」
「相談相手?」
「私は今回のことが終わればコルネーに戻らなければなりませんが、フォクゼーレとカタンのことを知るに際して、レミリア王女の力をお借りしたいのです。もちろん、私もコルネーの現状を詳らかに王女に伝えます」
「……なるほど」
悪くない提案だ、とレミリアは思った。カタンにしてもフォクゼーレにしても、その情報を教えることにマイナスはない。それでコルネーやナイヴァルの情報が知られるのならば悪い取引ではない。
「分かりました。私としては断る話ではありません」
次の日、午後にフェザートと面会の約束をしたレミリアは、朝は大学に出ることにした。
ヨン・パオの王宮のすぐ北にある大学は、その収蔵している本が十万冊に及ぶとも言われており、ミベルサでも屈指の学術機関という評判であった。レミリアとしても当然、楽しみにしていたわけであるが……。
(うーん……)
実際に講義に出てみると、どうにも面白くない。書に書いてあることをそのまま読んでいるだけという風である。
「先人の教えというものは大切である。これを完璧に把握することが大切なのだ」
これでいいのかと問いかけるとそういう答えが返ってくる。
(書いてあることをただ鵜呑みにするだけなら、別に講義に出る必要はないではないか)
レミリアはそう思い、講義に出る意欲を大いに失った。とはいえ、国の方針を曲げてまで来させてもらっていることも事実である。
(これでつまらないと国に帰ったら、さすがに父や母に悪いな……)
大学卒業までの七年、長い年月になりそうだとレミリアは溜息をついた。
午後、レミリアは宿舎の一階でフェザートと合流した。
フェザートは地図を持ってきていた。
「実は、王女にナイヴァルの攻撃に関することをお伺いしたくて」
自分の学術レベルを信用してもらっているという自信のあったレミリアであるが、この申し出にはさすがに驚く。
「私は戦争については全く詳しくないのですが」
「承知しておりますが、参考なまでに」
とまで聞かれると答えざるを得ない。
「フォクゼーレから、ナイヴァルを攻めるとなるとどうすればいいと思いますか?」
「そうですねぇ……。おそらくフェザート殿の考えの中にはフォクゼーレとの連携のことがあると思いますので、そうすると方法は三つあると思います」
レミリアは「書き込み失礼します」と断り、一本目の線を地図に書き込む。
「まずはコルネーとの国境近くまで南下し、山越えをしてサンウマを目指していくという方法。この方法なら補給が結びやすく、敵の制海権の拠点地であるサンウマを襲撃できるという二つのメリットがありますが、反面、相手にとっては連合軍を組まれているという脅威が少ないという側面があります」
次いで二本目の線を引いた。
「次に、フォクゼーレ軍は最短距離を進み、砂漠を超えて直接バシアンを目指す方法。分かりやすいですが、フォクゼーレの大軍が砂漠越えをできるかどうかという問題があります」
更に三本目のルートを書き込む。
「最後にフォクゼーレに事実上従属しているイルーゼンを通過し、北から迂回するという方法。砂漠を通過しないので負担は少ないですが、イルーゼンに恩を売るという事実を彼らがどう評価するかという問題があります」
フェザートは真剣な目でうなずき、「王女ならどのルートを求めますか?」と尋ねてきた。
「私なら、二番目の砂漠越えを求めます。フォクゼーレは嫌がるでしょうが、ナイヴァルにとっても予想していないルートです。おそらく越えてきただけで大混乱に陥るでしょう。それがどうしてもダメだと言うのなら三番目ですね」
「王女は先ほど、ナイヴァルの制海権を防ぐには最初のルートを勧められておりましたが」
フェザートは一番目のルートに魅力を感じているらしい。
「ですが、距離を見ると一番長く、しかもフォクゼーレとコルネー軍がほぼ同じルートを辿ることになると思いますので、相手にとっても防御しやすい形となってしまいます。また、フォクゼーレにとっては、コルネーの補給ルートも使えるという魅力はありますが、そのためコルネーの負担が増えてしまう危険性もありますね」
「そうですね。いや、ありがとうございます。参考になりました」
「とんでもありません。戦争のことは全然分からないので、勝手なことを申し上げました」
レミリアは照れ笑いを浮かべるが、フェザートは真剣に三つのルートをなぞって考え続けている。他の話題に移るまでに大分時間がかかりそうだ、レミリアも改めて地図を眺めて考えたが、他の妙案は、さすがに思い浮かばなかった。
レミリアの指針:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927860125369444
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