3.サンウマ・トリフタ戦役
第1話 カタンの王女①
ミベルサ大陸北西部に位置するフォクゼーレ帝国は、人口・国土面積共にミベルサの国家の中では最大である。
ただし、国土が広範すぎるのと、中央部に大きく広がる砂漠地帯のせいで全体の管理が行き届いていない問題点があった。
外交関係はどうか。
東のイルーゼンに対しては強い影響力を及ぼしているが、ナイヴァルとは砂漠を隔てているため、関係が薄い。また、南側の交通も悪いことからコルネーとの関係も薄い。
これまで戦争らしい戦争もないかわりに、友好関係が現れるような事柄もなかった。
フェザート・クリュゲールにとっては、このフォクゼーレを反ナイヴァル側に立たせることが第一の目的となる。その決意をもって、帝都ヨン・パオにまで来た。
ヨン・パオは人口150万を超えようかという大都市で、チェス板のように四角く張り巡らせた区画のほぼ全てが雑然としている。どこを歩いても、人、人、人である。
その人の数にフェザートは圧倒される。もっとも、海軍大臣という要職にある彼が圧倒されてしまうほどに、コルネーはフォクゼーレのことを知らなかったということもまた事実である。
フェザートにとって最初の難関は、果たして面通りが叶うかということであった。何せコルネーとフォクゼーレは関係が浅い。しかも、フォクゼーレにとってはコルネーとの関係を求める必要のない状況である。
いくら年始の贈呈品を少し格上げしたとはいえ、それだけで会ってやらなければならないという理由にはならない。
しかし、幸いなことに主要人物との面会を望んだところ、その日のうちにフォクゼーレの総司令官ジャック・トルビーンとの面会が叶った。
ジャック・トルビーンは66歳の高齢であるが、その寂しくなった頭頂部以外には年齢を感じさせる要素はない。所作もきびきびしていて、仮に戦場に出たとしても全く問題がなさそうに見える。
「これを奥様にどうぞ…」
フェザートはコルネーから持ってきた絹の反物を渡す。恐らく誰にでも重用される代物と踏んで持参してきたものだ。
「これは申し訳ない。それで…今回コルネーから遠路はるばるお越しいただいた理由とは?」
「ご存じかもしれませんが、我が国はナイヴァル国と交戦状態に入っておりまして、そのための支援をしてもらえればと参りました」
「やはりそうか」
ジャックは書斎から地図を持ち出してきた。
「ナイヴァルとの関係というのは、我々も多少気を揉んでいる。というのも、我々は東のイルーゼンを支配しているが、ナイヴァルの一部がここに関心を抱いているらしい」
「そうでしたか…」
フェザートは違和感を覚えた。
(ナイヴァルがイルーゼンに手出しをするだろうか? 将来的には分からんが、当面はハルメリカとの交易を目標としているのではないかと思うが…)
真偽は不明であるが、ナイヴァルがフォクゼーレを警戒させているのであれば、その事情に乗らないわけにはいかない。
「はい。ここに来て、ナイヴァルはその狂信性を露わにしまして、拡大傾向にあるのではないかと思います」
「貴国もそう思っていたのか」
「つきましては、対ナイヴァルの同盟を締結できればと思っております」
「概ね同意だ。条件等に関しては天主陛下の意向、大領主の意向を聞いてみないことには分からんが、同盟を締結し、対ナイヴァルにあたることにかけて異論はないと思う」
「それは有難いことです」
フェザートは鼻白む。もっと苦労すると思っていたら、むしろ、相手も望んでいたような状態だったからだ。しかも、その事情はというとにわかに信じがたいことである。
(ナイヴァルに両面作戦を採る余裕はないと思うのだがな…)
もちろん、それを断言できるほどの根拠はフェザートにはないのであるが。
ジャックは三日ほどかけて、天主や大領主に根回しするという話をした。
答えを待つ間、フェザートはヨン・パオを散策することになる。歩いているうちに、ヨン・パオは同じような区画をとにかく縦横に広げている街だということが分かってきた。一つの区画に各種商店が同じように配置されていて、しばらく歩いているうちに新味がなくなってくる。
また、環境の違いがあるのか、フォクゼーレの人間は総じて身長が低いようであった。170センチを超える人がほとんどいない。
一日歩いているだけで、何となく見えてきてしまい、調べることにも飽きてしまう。何かフォクゼーレの状況をつぶさに知れるものがないか調査しようとしていたところ、自分の宿としているところが妙に騒がしくなっていた。
「何があったのですか?」
「ああ、これからカタンの王女様が来るというんだ」
「カタン?」
フェザートはそこで、フォクゼーレの北西にある島国のことを思い出した。過去に一度もその国の人物を見たこともないし、話に出ることもないので存在すら忘れていたような国である。
「ヨン・パオの大学に入られるらしい」
「へぇ…」
奇遇と言っていいだろう。フォクゼーレ以上に謎の国であるが、同じ宿で居合わせるというのであれば、挨拶くらいはしておくべきであろう。フェザートは外出を取りやめて、カタンの王女の到着を待つことにした。
夕方。宿の外が騒がしくなってくる。
入り口の方に視線を向けると、数人の人影が現れてきた。その周囲に雑踏の響きも聞こえてくる。物珍しさを感じるのは自分だけではなく、街の人もということであろう。
「あー、もう、面倒くさい」
という声をあげながら入ってきたのは、15歳前後の少女であった。栗色の髪をポニーテール状にしており、利発そうな顔をした少女である。だが残念ながら、顔立ちはあまり魅力的とは言いづらい。
とはいえ、彼女がカタンの王女なのであろう。フェザートは自分の名刺を取り出して近づいた。幸い、宿の中までは周りにいた群衆も入ってこないので、王女は一人である。
「カタンの王女様でございますか?」
と声をかけると、相手が不審そうな視線を向けてきた。
「怪しいものではございません。同じ宿に泊まっておりますコルネー王国海軍大臣でクリュゲール伯爵のフェザートと申します」
渡した名刺にチラリと視線を向け、怪しむような視線を向けた後、王女は名刺を鞄にしまった。
「私の名刺はございませんが、レミリア・フィシィールと申します。カタン王ディオスの長女でございます」
レミリアは宿の中を見渡し、近くにテーブルを見つけるとそこに座る。
「コルネー海軍の方が、ここに来られているということは南の方で戦争が起きるということですか?」
「…と申されますと?」
意外な問いかけにフェザートは目を見張る。
「コルネーがフォクゼーレに来る以上、ナイヴァル対策ではないかと思います。ナイヴァル対策を気にする理由となりますと、領土か領海のいずれかに問題があるのではないかと思いまして、どちらにしても南の方で戦争になるのでしょうか、と」
「実を申しますと、既に戦争は起きております」
「まあ、それは存じ上げませんでした」
レミリアは驚く。その、驚くという態度自体がフェザートには驚きであった。レミリアの驚きは真摯なそれに見えた。つまり、彼女はコルネーのことを知ろうとしているということである。自分達コルネーは、国名を言われて初めてカタンのことを思い出す程度なのに、だ。
「ということは、ナイヴァルの奇襲は相当なものだったのでしょうね?」
「何故、そう思われますか?」
「だって、そうでしょう。攻撃を受けてから、対ナイヴァルの同盟を結ぶためにフォクゼーレに来るなんて後手もいいところではないですか」
「ハハハ、仰せの通りでございます」
フェザートは空笑いをしながら、内心冷や汗を流していた。
レミリアは今回の件を簡単に「後手もいいところではないか」と非難の対象としてとらえている。考えてみればその通りであるのに、フェザートはナイヴァルの攻撃でプロクブルの艦船が全滅したことまで含めてやむをえないことと捉えていた。
(我々と、この女性とでは、危機感の受け止め方が全然違う…)
少なくない驚きがあった。
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