第11話 フェザート、北へ
同じ頃、コルネーの首都コレアルにもプロクブルの顛末が伝わってきた。
「艦船が全滅?」
楽観的なコルネー首脳も、さすがにこの事態には顔を青くする。日頃は会議に顔を出さない国王アダワルも出てきているあたり、深刻さを示していた。
予想外という点ではフェザートも同様であった。ナイヴァル軍が攻めてくる可能性は考慮していたが、陸ではなく、海から攻めてきて自国艦隊を壊滅させたという事態は想定外である。
「このままですと、東部の海域をナイヴァルに好きに使われることになってしまいます。今回はプロクブルの街は無事でしたが、次回はそうはいかないでしょうし、南部のウニレイバも危うくなるかもしれません」
「…どうすればいい?」
「中長期的には、コレアルの艦船を向かわせて制海権を取り返す必要性がありますが、まずはナイヴァルの領土拡張傾向を食い止める必要があります。そのためには、フォクゼーレと同盟を締結して、ナイヴァルを他国と連携させることが肝要かと」
「乗ってくるかな?」
国王にしても大臣にしても不安そうな様子であった。
「フォクゼーレには新年の挨拶を例年より厚くしてほしい旨を申しております。これで機嫌が良くなっていればいいのですが…」
「そうだな。しかし、艦船を再編成するとなると一体どれだけの費用がかかるのか……」
「しかし、放置しておくと東側がナイヴァルに取られてしまいますぞ」
何より危険なのは、ナイヴァルがハルメリカと交易をして更に強化されていくことである。そのためにも、どうしても制海権に制限を加えなければならない。とはいえ、海から攻めることは当分の間不可能であるので、陸から攻めなければならない。
実際には、ナイヴァルの方でも、シェラビーのバシアン召喚とルベンスのサンウマ行によって、自由な貿易はできない状況であるのだが、コルネー側にはそうした状況は知る由もない。
「陛下。もし叶うのであれば、私をフォクゼーレ帝都ヨン・パオに派遣することをお許しいただけないでしょうか?」
フェザートが国王アダワルに陳情する。
「大臣のお前が行くのか?」
国王が驚く。その言葉の裏に「大臣を派遣すると、こちらが下手に出ていると相手に思われてしまうのではないか」というような面子的な感情があることがうかがえた。
「現状を一番把握しているのは、私であると思います。フォクゼーレの面々にナイヴァルの危険性を説明できるのも、私だけだと思います」
聞きようによっては、かなり傲慢な言い方ではある。
この会議には数人の者がいるのに、その中で現状を正しく理解しているのは自分だけだというのであるから。
しかし、他の者が危機感を把握していないというのは事実であった。この会議にいる者は全員が、領土を奪われるかもしれないという形で危機を感じているのであるが、フェザートは領土そのものよりナイヴァルが発展することを恐れている。
この差は小さいようで、大きい。
「皆はどう思う?」
国王アダワルは自分では決めかねたようで、群臣の様子を見た。それぞれ、顔を見合わせていたが、総意としては「本人がやりたいならそれでいいのでは」である。
「よし。では、フェザート。ヨン・パオに向かい、フォクゼーレに事情を説明して参れ」
「ははっ」
フェザートは国王のみならず、反対しなかった群臣にも頭を下げて、会議室を退室した。
その足で、フェザートは自らの海軍の本部へと向かう。
中に入ると、グラエン・ランコーンとエルシス・レマールの二人を呼んだ。どちらもフェザートが期待をしている若手貴族出身の将校で、側近として扱っている。
レファール・セグメントもそのうちには側近にしようとしていたのであるが、それはシェラビーの甚大な身代金によって断たれてしまった。その後、レファールはシェラビーの部下として大きな活躍もしているのであるが、それは今のところフェザートの知るところとはなっていない。
フェザートは二人に、会議のあらましを説明し、自分がフォクゼーレに向かうことを説明した。
「私がいない間、コレアルの海軍の管理を頼む」
「はい。しかし、もし、ナイヴァルがこちらまで攻めてきたらどうすれば?」
二人は如実に不安そうな顔になった。海軍の管理だけであれば、既にフェザートが短期間の不在の際に任せているのだが、今回はフォクゼーレ帝都ヨン・パオまでの旅程であるから、今までとは比較にならない長期の不在となることが想定される。
その間に攻撃を受けた場合、責任者のフェザート抜きで判断ができるのか。二人はそう考えているようであった。
「いや、攻めてくることはないと思う。あいつらの目的はコルネーではなく、ハルメリカとの交易であるはずだから。コレアルの精鋭と戦って、自軍の水軍を失うリスクを負うとは思えない」
「なるほど…」
「それにプロクブルより南に攻め込む場合には補給線の問題もある。すぐに補給線を確保することは能わないだろう」
「それでは、管理だけでよろしいのですね?」
二人も納得したようである。
「うむ。管理だけで大丈夫であるはずだ。あとは、フォクゼーレに向かう船と、あらかじめ伝える快速船を用意しておいてくれ」
「分かりました」
フェザートはそう指示を残すと、本部を出た。そのまま家へと戻っていく。
フェザートには妻と二人の子供がいた。
妻のアクラスは従妹にあたり、同じ伯爵家に生まれた娘である。見合い婚ではあるが、仲はいい。海軍大臣ということで、乳母や育児専門のメイドを雇うくらいの余裕もあるが、子供二人の育児については自分の手で育てたいと最低限のサポートしか受けていない。
「明日フォクゼーレに向かうことになった。おそらく二か月は留守にする」
食事時、フェザートは家族に告げると、アクラスが唖然とした顔を向けた。
「フォクゼーレですか?」
「うむ。プロクブルの海軍が、ナイヴァルの奇襲を受けて壊滅してしまった。ナイヴァルに反撃するためには、私が行かなければならない状況になっている」
「……ですが、フォクゼーレは遠いのでは? ホスフェには身内もおりますし」
フォクゼーレが遠い、というアクラスの言葉は半分正しく、半分間違っている。
距離の面では、フォクゼーレはコレアルから船に乗り、一日半もあれば行けるところである。もっとも、国土の南側は砂漠が広がっており、街や集落が集中している北側まで行くにはかなりの日数がかかる。帝都ヨン・パオにしても、行くだけなら海流が後押ししてくれるので四日程度であるが、戻るのはその三倍以上かかる。
「ホスフェとの交渉を国王や群臣に認めさせるのは無理だ」
フェザートはすぐに断言した。
ホスフェは共和国を銘打っており、民衆の中から選挙で選ばれた者が指導者となる政体をとっている。国王の下、貴族が牛耳っているコルネーにとっては下手をするとナイヴァル以上に相いれない存在である。
「いい場所だということは、分かっているのであるが、な」
親戚の一人が住んでいるため、二度ほど訪れたことがあるが、ホスフェは風光明媚な場所が多くいいところである。とはいえ、個人の感情と国家の状況をあてはめるわけにはいかない。
「分かりました。それでは二か月ほど留守にされるということですね」
「うむ。お前達、母さんに迷惑をかけないようにな」
二人の息子に声をかけると、二人とも笑顔で答えた。父に素直に従うというより、父が不在なのでしばらく普段より自由度が増すことが嬉しいのであろう。
「任せたぞ」
アクラスに再度、言葉をかける。
翌日、フェザートは船で北へと向かった。
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