第6話 戦闘①

 前を行くクボイ号の状況は、後方にいるシェラビーにも確認できた。


「上々のようだな」


 満足そうに頷くと、後ろを振り返り命令を送る。


「我々は河口を塞ぐ。後方の連中には、南から街を攻撃するように伝えろ!」


「ははっ!」


 シェラビーの船団も、事前の予定通りに河口を塞ぐように広がっていった。



 陸に降り立ったクボイ号の兵士達は、ボーザを先頭に近場の船へと向かっていく。


 三人が一組となって持ってきた手斧で船の甲板に穴をあけ、中に火を投下する。


 一隻、また、一隻と火の手が上がっていった。




 門の近くには警備兵がいたが、彼らの目には相手はかなりの多数と映る。自分達が駆けつけてどうなるものでもないことは分かった。


 そうなると、彼らのすべきことは、とにかく知らせることである。


 敵襲を知らせる鐘を鳴らし、その後、彼らは街の方へ援軍を求めに行った。



 その音で目覚めたプロクブルの兵士達が慌てて準備を始める。


 日頃、ナイヴァル海軍を見たことがなかったことから、襲撃があるとしても陸からだろうと想定していた。海からの攻撃は完全に予想外だったのである。



 船から火が上がる様子はプロクブルの街中からもはっきりと見えた。


「本当に来たのか!」


 レビェーデは驚くが、驚いてばかりもいられない。


「相手は船を燃やすつもりだ! 全部は無理にしても守れるだけ守るぞ!」


「レビェーデ!」


 そこにホーリャの叫び声が聞こえた。シュールガを連れて急いで駆けてくる。


「おっ、気が利くな!」


「ワーヤンはサラーヴィーの馬を連れてくるはず!」


「よし。先に行っているぜ!」


 石畳なのでできれば走りたくないという思いはあるが、緊急を要する事態である以上仕方がない。レビェーデはシュールガを駆って川岸へと向かっていった。


 北門から出て、川べりに向かうと、停泊している船団の近くで不審な動きをしている者があった。何人かこちらに向かってくる者もいる。まだ昇ってはいないが、空は少し明るみを帯びており、視界に走ってくる者がはっきりと見えた。


「好き勝手やってくれたようだが、いつまでもうまくいくと思うな!」


 レビェーデは弓に矢をつがえ、引き絞った。




「うわっ!」


 順調に行っていたボーザ達の作業は、風を切る音とともに飛来した矢で打ち切られた。


「イーゼイ!」


 矢はイーゼイの肩筋に深々と刺さった。イーゼイは顔をしかめ、苦悶の声をあげながら抜こうとする。


「やめろ、抜かない方がいい!」


 と叫んだところで、二本目の矢が近くを抜けていく。風を切る音だけでどれだけ殺傷能力があるか伺えた。


「……相手にとんでもない奴がいるな」



 奥に向かった兵士達が苦戦している様子はクボイ号のレファールからも伺えた。


 半分ほどの船員は降りているが、まだ半分は残っているし、動く分には支障がない。川をゆっくりと遡上していたが、その途中でボーザ達が苦戦している様子が見える。


「ボーザ、大丈夫か!」


「これが大丈夫に見えますか!?」


 いつも飄々としているボーザであるが、さすがに焦った口調が返ってきた。


「相手の居場所がはっきりと分からん。どれだけ離れて射ているんだ……」


 レファールは呆れた顔で街の側を眺めた。


「もう少し遡上して、相手に向かって射返せ! 当たらなくても相手を戸惑わせることくらいはできるはずだ!」




「うわわっ! 結構やばいな!」


 一分ほどしただろうか。サラーヴィーが追いついてきた頃には、既にレビェーデの近辺も相手の矢がどんどん飛んでくる状況である。


「相手は船に50人くらい射手がいそうだ。数では相手にならない」


「これはさすがにヤバいんじゃないか? 下がった方が」


「馬鹿野郎! こういうものは、怖がっていると当たるものなんだ! 怖いなら、前に出ろ!」


「無茶言うなよ……」


 と言いつつも、サラーヴィーも弓を振り絞り、応戦する。お互い射程距離は相手より長いが、正確無比なレビェーデと異なり、サラーヴィーの矢は勢いこそあるが、精度に欠けて当たらない。


「お前は力を入れ過ぎなんだよ」


「仕方ないだろ。お前みたいに練習していないんだから」


「徒歩組やここの連中はいつ来るんだ?」


「徒歩組はもうすぐ来るだろうが、公爵の兵は分からん」


「役に立たないな。最初から分かってはいたけどよ」


 レビェーデは毒づきつつも、手はひたすら矢を放っていた。




 ボーザ達は物陰から出ることができない。

 船を近づければ次々に甲板上の射手が討たれる状況にはレファールも舌を巻いた。


 今度は夜陰が妨げとなっていた。

 相手の位置が見えれば、そこを狙えばいいのであるが、それができない。思い思いに射るだけで相手を仕留めるのは難しい。


「こいつは参ったな。仕方ない。シェラビー様の船にも来てもらおう」


 幸い、船団は完全に川岸に釘付けになっている。逃げ出す船がいないのなら、河口付近を押さえさせる必要はない。


「援軍を求める。松明で知らせろ」


 レファールの指示に従い、兵士が松明を振り始めた。



「クボイ号が援軍を求めているようです!」


 シェラビーの副官サギ・ザラが報告に駆けつける。


「分かった。この船と、ズィナーを向かわせよう」




 その頃になって、ようやくセライユ公爵邸でも動き始めた。


「敵が海上から来ただと!?」


 領主クンテはまず、自分達の想定外の事実に驚くが、驚いたところで事実を変えることはできない。


「迎え撃とうにも、エルニス川に停泊している船団が完全に捕まっているようです」


 コルダが沈んだ面持ちで報告をする。


「河口を押さえられて逃げられないわけか」


「このままでは船が全滅しますが……」


「仕方ない」


 クンテがはっきりと言った。


「え、仕方ない?」


「そうだ。仕方がない。元々老朽化していた船も多い。ナイヴァルがここまで来たということは奴らの船は新式だろう。太刀打ちできるとは思えん」


「……それは全くその通りではございますが」


「ひとまず、街は必ず守らなければならない。もし、川岸で応戦している連中がいたら伝えろ。船団については全滅でも仕方がない」


「分かりました。指示を出させましょう」


「いい機会だ。コレアルにある新しい型の船をこちらに回して、コレアルで新しい船を作ればいいのだ」


 金を着服しているだけが領主ではない。


 クンテは彼我の差をいち早く見抜いて、最低限の結果を求めることにした。



 もちろん、そうしたクンテの意向は、川岸にいる傭兵達には知る由もない。


「おい、この船を出せ!」


 レビェーデとサラーヴィーは追いついてきた傭兵達に指示を出す。その間も相手側からの矢が近くをかすめる。


「敵は船を潰すつもりだ。一隻や二隻だけでも逃がすぞ!」


「わ、分かった」


 傭兵達が近場の船に乗り込んでいく。その中にチャンシャンやワーヤンの姿もあった。


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