第7話 戦闘②
空が少し明るくなってきた。
そのおかげで傭兵達が船に乗り込んでいく様子が、クボイ号のレファールにもはっきりと見える。
「こいつはまずいな……」
相手は二、三人であるが、射程距離の長さが違い過ぎるため打ち合いは互角、いや、やや押されている展開である。陸から近づくのは難しい。
「よし、俺達は船のまま、相手の船に近づくぞ」
「でも、レファールさん、岸の方は水深が……」
船に残っていたオルビスト・カテニアが答える。21歳とセルキーセ村にいた中ではレファールに次いで若い。故に船の中に残っている。
「むっ」
オルビストの言う通り、次第に川の深さが浅くなっている。あまり浅いところに動くと座礁する危険性があった。
「仕方ない。あの船はシェラビー様のところにある小型船に任せるしかないか」
見たところ、相手の船は人数も少ない。満足に逃げられるだけの人数がいるとは思わなかった。遅れて追撃したとしても追いつきそうであった。
「ボーザ達はどうします?」
「撤退させよう。そろそろ限界だろうしな」
その通りであった。
極度の緊張の中、一時間半近く全力で船の破壊にいそしんでいたこともあり、ボーザ達は疲労困憊で、歩くのがやっとの者もいた。
「さすがにこれ以上は厳しいな……」
弓矢をもっていないボーザ達には、敵軍に応戦する力はない。とはいえ、二人の強弓に突っ込んでいくだけの余裕もない。イーゼイのように矢を受けて負傷している者もいるし、川に落ちる者もいたから死んだ者もいるかもしれない。
「もっと鍛えないと。はぁ、活躍できないな……」
そこにようやく撤退の太鼓の音が聞こえてきた。
「撤退か……。助かった」
ほうほうの体で、ボーザ達は下がっていった。
「おっ、相手が撤退していくぞ」
レビェーデ達にも相手の地上部隊が下がっていく様子ははっきりと見えた。
「よし。あとは残っている船を守れば……。しかし、街の連中は何をやっているんだ」
いくら何でも遅すぎるだろう。レビェーデは苛立ちのまま街の方を見た。
ちょうど何人かの兵士が走ってきた。
「遅すぎるぞ!」
しかも数も少ない。やる気があるのか。苛立ちが怒りになりつつある。
「すまん。街を落ち着かせていてな。それより、公爵様は街を守ることを優先しろということだ。街の中に戻ってこい!」
「何だと? 船はいいのか?」
「構わない! 旧式船だから、この機に変えるということだ」
「……何い?」
レビェーデは上流の方を向いた。船はゆっくりとした動きで遡上しているが、川の沖合にはナイヴァルの小型船が二隻ほど追いかける構えを見せている。
「……それじゃあ、あいつらに逃げさせる必要なんてなかったってことか」
「おい、レビェーデ。行くぞ」
サラーヴィーが呼びかける。今から戻させるわけにもいかないし、声をかけても船の中には届かないだろう。
「畜生!」
レビェーデはシャールガを連れて街の中へと入る。サラーヴィーと岸に残っていた数人も後に続く。
「無事でいてくれよ……」
川の方を向いて思わず呟いた。間もなく、その視界は無機質な門によって遮られた。
「お、どうやら相手は街の中に逃げていったな」
レファールの声は自然と弾んだ。今回の戦いは街を落とす戦いではないので、相手が街に籠ったということは、これ以上の大きな被害はありえないということである。
「船も一隻を除いて全部破壊できたし」
その残りの一隻も、シェラビーの小型船が追いかけていて程なく捕まえそうである。
「完全勝利だな」
「どうやら大怪我しないで済みそうですね」
オルビストの言葉に、レファールは苦笑いを浮かべた。
「それも有難いな」
「降伏しろ!」
逃げている船に、ナイヴァル側の言葉が届く。
「ど、どうする? 逃げ道もないし降伏した方が…」
「冗談じゃねえ。あいつらに降伏したら、神の生贄にされるかもしれない」
中にいる20人あまりの意見は容易にはまとまらない。
一方で、追いかけている側はどうかというと。
「まだ逃げるようです」
「だったら、さっさと燃やしてしまえ」
船長のエルト・リゴバルが指示を出す。
「……これ以上の降伏は促さないということですか?」
「今回の戦いの目的は、相手全船の壊滅だ。目的の遂行に全力を尽くすべきだろう」
「そうですな」
指示が伝わり、船の甲板に並んでいた兵士達が火のついた矢を携えた。
「待て! やめろ!」
街の門の上にいたレビェーデが叫ぶ。
「どうなっているんだ?」
サラーヴィーがけげんな声をあげる。門から船まで大分離れているから何が起きているか、サラーヴィーには定かではないようだ。しかし、人並外れた視力を有するレビェーデには状況が見て取れた。
ナイヴァルの船から無数の火矢が飛び、程なく船のいたるところから発火する。更に油を撒かれたのか火は見る見る大きくなっていった。
「あいつら!」
サラーヴィーも船が火に包まれた様子は見えるようで、呪うような声をあげた。
更に追撃をかけるべく二回目の火矢が打たれ、船は完全に行動能力を失ったようで、更に傾きが次第に大きくなっていく。
「あっ!」
傾いた甲板から何人かが川に飛び込む。その中にワーヤンの姿もあった。
(チャンシャンはどうした?)
目を凝らしてみるが、飛び降りる中に細身の男の姿はなかった。
「確か小さなボートがあったな」
少し離れたところから見ていたレファールがボーザに尋ねる。
「ありますけれど、どうするんですか?」
「……飛び込んだ奴らを助けに行く」
「大丈夫ですかい? 不用意に近づいたら攻撃されないですか?」
「それは分からん。とはいえ、溺れ死ぬまで眺めているのも酷いだろう」
敵対しているとはいえ、数か月前までは同じコルネーの人間だったことも事実である。今や勝敗ははっきりしているわけで、無用な殺しまでする必要はない。
同胞ということは共通している。ボーザも不承不承頷いた。
「ならば行くぞ」
クボイ号から小さなボートが降ろされ、ロープ伝いにレファールとボーザを含む五人が乗り込んだ。
「よし、行くぞ」
レファールは燃え盛る船の方へと漕ぎ出していった。
「何だ、レファールの奴、あいつらを助けるつもりか?」
エルト・リゴバルにもその様子が見て取れた。
「どうします?」
「まあ、あいつはコルネー人だから、見捨てられないということもあるのだろう。我々の目的は達成したし、好き勝手やらせておけ」
副官の問いかけに無関心に答えて、船倉へと入っていった。
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