第5話 河口へ
24日の夕方、レビェーデとチャンシャンは二人の子供とともに街のレストランで食事をしていた。
「おまえさんが44歳になるまで、あと3日だ。今のところ何もなさそうだが?」
「ああ」
少し嫌味な口調で切り出したレビェーデに対し、チャンシャンは落ち着きはらった様子である。
「当たらないのなら、それはそれで生きている私にとっては有難いことだ」
「おまえさんみたいに、生きている自分と占い師の自分を容易に切り離せたら楽なことだな。しかし、いつになったら、人数が揃うのかねぇ」
100人雇う予定の傭兵隊は、まだ30人も揃っていない。さすがにこの人数では偵察にも行けないということで、雇われた全員が無為な時間を過ごしている。
「レビェーデ、明日の朝……何かがあるかもしれない」
「ほう? それも暗示が出ているのか」
チャンシャンは頷いた。
「とすると、早めに寝て、早朝に起きる方が吉ということか」
チャンシャンの占いを信じるか、信じないか。レビェーデは答えを見いだせていない。そもそも、彼の占いの結果が分かったものがまだ一つもないので、当然である。
ただ、疑う結果がない以上は、ひとまず信じるのが利口だろうと思った。
「他の奴らはどうする?」
「……信じないだろう」
「そうだろうが、何も言わないのと、言っておいたのとでは後が違うだろう。俺はサラーヴィーらには言っておくので、おまえもギルド長くらいには言っておいた方がいいのではないか?」
レビェーデの提案に、チャンシャンは「では、そうしよう」と乗ってきた。
サラーヴィー・フォートラントは今回応募してきた30人弱の中ではもっとも有望とレビェーデが睨んでいた人物である。
レビェーデ同様に長身で、体の厚みはレビェーデをも超える。どちらかというと騎乗からの弓が得意なレビェーデに対し、サラーヴィーは膂力を利した槍や長斧のような武器を使うことを得意としていた。
決まったら、即行動はばかりに、四人は食事を切り上げた。
レビェーデはその足でセライユ公爵の屋敷近くの宿屋に顔を出した。1階が酒場になっており、そこで数人の男が飲んだり騒いだりしている。
「おお、レビェーデじゃないか」
飲んでいる一人が、レビェーデに気づいた。同じ傭兵仲間であり、この辺りの面々とは少なくとも一度は飲み食いをしている。
「占い師が言うには、明日の朝、敵襲があるかもしれないということだ」
「ほう。そいつは…」
一斉に静まり、場の雰囲気が変わる。
「あくまで占い師が言うからで、裏付けがあるわけじゃないけどな」
「いいだろう。とりあえず、今日は従ってみることにしよう」
反応はレビェーデと同じであった。信じる根拠はない、しかし、占いとして聞くのが初めてである以上、とりあえず信じてみよう。そういうものである。
「サラーヴィーはいるか?」
「寝ている。何があったのかは知らないが、強めの酒を飲んでさっさと上がっていった」
返ってきた言葉にレビェーデは苦笑した。サラーヴィーは女好きで、女性を見たら声をかけ、成功したら喜んで酔い、失敗したら忘れるために酔う。
これだけ早い時間ということは相当痛烈に失敗したらしいが、この時間に寝ているのであれば、明日の朝たたき起こしたとしても十分な時間寝ていることになる。
「安心した。俺も寝るかな」
レビェーデはワーヤンとホーリャの二人を連れて、セライユ公爵邸の自分の部屋へと急いだ。
24日の昼にサンウマを出立したナイヴァルの軍船は、風と海流も受けて時速10キロ程度の速さで南西に進んでいた。
「この調子で進めば、早朝の4時くらいにプロクブル近郊に着くことになる。予定通りだな」
先頭のクボイ号に乗っているレファールが遠眼鏡で陸の方を眺める。沖合500メートル程度のところを進んでいるはずであるので、はっきりとは見えない。もっとも、距離というより夜の闇が主たる理由であるのだが。
更に二時間ほど進むと。
「おっ、陸地に灯りが見える」
微かな灯りが陸の方に見えてきた。夜の闇に灯りが見えるとなれば、それは人間の生活している場所であり、この周辺ではプロクブル以外にはありえない。
「どうだ? 見えるか」
レファールは、ボーザ他、セルキーセ村の面々に問いかける。昨日の夕方から真っ暗闇の中に入っており、相当に闇には慣れているはずであるが、理屈と現実とはまた異なる場合がある。奇襲時にはまだ陽の明かりはないはずであり、そこで視界がなく、時間を無駄にしてしまうと相手軍船が逃げられてしまう恐れがあった。
「大丈夫でさぁ。星の光が多少ありますし、はっきりと見えますよ」
「そうか。安心した。お前達がどれだけ奥の船を破壊できるかが勝負だからな」
レファールは再度陸地を見た。先ほどの明かりが次第に広がってきているのを感じた。
午前4時。陽はまだ気配も見せず、空は闇に包まれたままである。
「そろそろ陸地へ向かうぞ。音を立てるなよ」
レファールの指示で、船は陸の方へと向かう。非常に静かに向かっているが、それでもオールがきしむ音が微かに響く。仕方のない音だということは理解しているが、その音も、レファールには微かな苛立ちを湧きあがらせる。
20分ほど近づくと、レファールの目にもプロクブルの街の壁がうっすらと見えてきた。
「しかし、見張り台もないのか。この街には…」
レファールは街の外周を見て驚く。
「海から攻められたことがないからじゃないですか?」
ボーザ達は準備運動をしていた。
「一度もないのなら、相手だって警戒することはないでしょう」
「その一度目が、大怪我に繋がるかもしれんのに、な」
「そういえば大将はこの戦いで大怪我をする占いが出ていましたっけ」
ボーザの言葉に微かな笑い声が洩れる。レファールは顔をしかめるが、次第に高まる緊張で返す余裕もない。
(これだけ敵に近づいていながら、軽口が叩けるのはたいしたものだ)
更に10分ほど近づき、いよいよ陸地が微かに見える。
「よし、ロープを下ろせ」
レファールの言葉に、セルキーセ村の兵士が一斉に動き、柱にくくりつけたロープを一斉に下におろしていく。
「行け!」
小声の指示に、ボーザを先頭に、一斉に船首から下の方へと降り始めた。
「起きろ!」
レビェーデの部屋の扉を蹴る者があった。
寝ていたレビェーデは、音に反応して飛び起き、目をこする。
外はまだ真っ暗であった。軽く腕を回しながら、扉を開ける。目の前にいた長身の男を見上げて溜息をついた。
「サラーヴィーか」
「そろそろ行ってみるぞ」
「行ってみる?」
「本当に相手が来るのであれば、川のあたりに来るに決まっているだろう。川の方を見に行く」
「ああ……」
物音などは何もない。敵襲があるようには見えないが、サラーヴィーの言う通り相手が来るなら北東から、川の入り口へと入ってくるはずだ。
「よし、行ってみるか」
「あの馬に乗るのか?」
「街の中では乗りたくないな。石畳の上を走らせると怪我をするかもしれんし。少し待ってくれ。装備を整える」
「……何だよ、自分から『明朝来るかもしれない』と言っておきながら、準備していないのかよ。すぐに戦えるくらいの準備で寝るのが普通じゃないか?」
「……確実に来るのが分かっているならともかく、来るかもしれないでは、なぁ」
反論をしながら、レビェーデは素早く着替えて準備を整えた。
「よし、見に行くか」
二人は公爵邸を出て、街を通る。
宿の前を通り過ぎると、昨夜声をかけたうちの数人が待っていた。
更に北に向かうと、チャンシャンとその賛同者の一団が加わった。
「20人程度か。これくらいいれば、敵がいたとしても、余裕で対抗できるだろうな」
サラーヴィーの言葉に全員が笑う。
本当に相手がいたら数千はいるであろう。20人ではとても相手になるはずがない。
それでも、グループの中に不安を抱く者は一人もいなかった。
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