第4話 出陣

 水晶球の中に、大きな瞳が二つ、映っている。


「……それでは占います。明日の天気は……晴れです!」


「って、昨日も一昨日も晴れだから、明日も多分晴れでしょ! この辺り、天気が全然変わらないもの!」


 サンウマのカルーグ邸の中で、シルヴィアの娘二人が占いごっこをして遊んでいた。次女メリスフェールの占い結果に、三女のリュインフェアが抗議をしている。


「むっ、だったら、次はまともな占いをしてあげるわ。何がいい?」


「本当に当たるの?」


 読書をしていた長女サリュフネーテが苦笑いを浮かべている。馬鹿にされたと思ったらしい、メリスフェールは頬を紅潮させて言う。


「当たるに決まっているでしょ! ようし、だったら、こういう占いをしてあげようじゃないの! 来たる戦いで、レファールは活躍できるか、できないか!」


「えぇっ? レファールのことを占うの?」


 唐突に方向性が変わって、リュインフェアが驚く。サリュフネーテも目に見えて慌てたような様子で。


「ちょ、ちょっと、そんなことを無責任に占ったらダメよ」


「大丈夫よ。私の占いは当たるんだから」


 そう言って、メリスフェールは聞いたことのないような呪文を唱え始めた。




 レファールは連日、ボーザを含めたセルキーセ村の独身連中と共に艦船から降りる練習を繰り返していた。


 ロープを下ろし、それを伝って全員が降りる。全員がいることを確認すると、すぐに移動を始めて、火矢を放つという練習を飽きることなく繰り返している。


「そろそろ休もうじゃないか」


 とレファールが言っても、聞く者はほとんどいない。


(まあいいか。全員、人生がかかっているんだものなぁ)


 自分にしても、そもそもセルキーセ村に来るきっかけとなった衛士隊志願の動機は、「給与もいいし、女の子の人気者になる」という、似たような理由である。今すぐ結婚したいかと言う切迫した願望がないだけで、根本に変わるところはない。


「私は艦船の大将だから、急いで降りずに眺めていたらいいわけだし、そういう点では楽だな」


 呑気に眺めていると、中心街の方から駆け足で走ってくる少女が見えた。


(あれはメリスフェール……。どうしたんだろう?)


「レファール! レファール、いる!?」


 メリスフェールがボーザらを見て叫んだ。


「大将ならあそこに」


 ボーザが船の上を指さした。


「大将、女の子に上がってこいなんて、言わないですよね!?」


 挑発するように言うと、周りの者も笑う。


 レファールは渋い顔をして、ロープを伝って下に降りた。


「どうかしましたか?」


「姉さんが、これをレファールに渡してって」


 と手渡されたものは魔除けのようなものであった。


「これは、魔除け?」


「うん。お守り」


「……ありがとうございます」


 どうして作ってくれたのかはよく分からないが、心配されているらしいことは有難いので、素直に受け取った。


「私が占いをして、レファールが次の戦いで大怪我をするなんて言っちゃったものだから、姉さんが慌ててお守りとか沢山作っているの」


「ブッ!」


 レファールは思わず噴き出した。


「……私は大怪我をするのですか?」


「大丈夫よ。私、適当に占っただけだから。そもそも、適当というか、思いついたことを言っちゃっただけだから」


 メリスフェールは爽やかな笑顔を向ける。悪意はないのだろうが、思い付きとはいえ大怪我をするなどと言われて楽しいわけがない。


「いやぁ、いいですねぇ。大将は。可愛いお守りまでもらっちゃって」


 ボーザ達からも、からかわれて更に面白くない。


「そうそう、姉さんがレファールだけに渡すと、みんなが面白くないと思ったから、私がみんなの分を作ってあげたわ」


「本当か!?」


「うん。はい、これがみんなの分」


 と、メリスフェールから渡されたものには、紙に「お守り」とだけ書かれてある。一つ、一分もかからず作成できそうな代物であった。


「おおっ、ありがとうございます!」


 もっとも、そうしたものでもボーザ達は喜んでいて、メリスフェールに手を合わせる者までいる。


「じゃあね。みんな、頑張って」


 やることを終えたメリスフェールは手を振って帰っていった、ボーザ達も笑顔で手を振り返している。


「……って、彼女、俺にはお守りを渡さないのか?」


「何を言っているんですか。大将にはお姉さんお手製の頑張ったのがあるじゃないですか」


「それはそうだが、大怪我をするとか言っていた本人が、何もなしというのはあんまりじゃないか?」


 勝敗については心配していない。しかし、戦いである以上不慮の事故やケガなどは起きうる。

 先行きが不安になるレファールであった。




 そうしたアクシデントのようなことはあったものの、セラキーセ村の面々の訓練は順調に進んではいる。その翌日、翌々日と更に訓練を続けたところで、シェラビーに呼ばれた。


「日程が決まった。1月24日にサンウマを出てもらう」


「24日に出るということは、順調であれば1月25日中にプロクブルの沿岸につくはずですね」


「うむ。プロクブルに派遣している者によると、25日に沖合まで行っていた漁船が戻ってくるらしい」


「…ということは、船団の逃げるスペースがなくなるということですか」


 レファールの言葉に頷く。


「そういうことだ。奴らが逃げるなら川の上流しかなくなる」


「追撃して、火を浴びせかければいいわけですね」


「うむ。指示は俺が出す。期待しているぞ」




 1月24日。


 ナイヴァル軍4000人が乗り込む18隻の船はサンウマを出て、沖合を南西へと進んで行った。


 旗艦にはシェラビーが4隻の船を従え、先頭の艦にはレファールが乗り込む。更にジェカ・スルート、スニー・デリ、メムリク・アルスムと言ったシェラビーの部下達がそれぞれの艦に乗り込み、3隻ずつの船を従えていく。


 風は順風、天候も問題なく、予定通りの日程で着きそうであった。




 海をギリギリ見られる寺院の中で、激しく火が燃えている。


「姉さん、熱いよ~」


 情けない声をあげるのは、メリスフェール。


「我慢しなさい。貴女の占いの結果を変えるために、私達の雑念を燃やして送るのよ」


 その横には、顔は苦しそうながらも平然としているサリュフネーテがいる。


「あの占い、嘘だから。姉さんがレファールのことを気にしているからからかっただけなのよ。もう許してよ~」


「嘘だろうと、適当だろうと、外に出した言葉は言霊として霊力を持つの。それが現実化しないように、神様に祈らないと」


「ふえ~」


 姉に手厳しく言われて、メリスフェールは泣きながら火の熱さに耐えるしかなかった。


(私、もう二度と、占いなんてしない……)


 そう誓いながら、揺れる炎が少しでも小さくなるのを願うばかりであった。

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