第3話 占い師
馬を愛する者は、馬の名手には敬意を表する。
クンテを納得させたレビェーデは馬の所有が認められだけでなく、三人分の前金も早々と貰った。
それだけでなく、セライユ公爵邸の厩舎を使ってもいいという許可も得た。代わりに次回はいい馬を選別してほしいという条件を提示されたのであるが。
クンテとの話が終わると、レビェーデは改めて二人の子供に視線を向けた。
「……ということで、お前達の分も金を貰った。当面、俺が管理して半年後に渡すことにしよう。仮に俺が死んだ場合には、残りの分はおまえ達で分け合うといい」
二人は黙って頷く。
「さて、あらかじめ話をしていたように、お前達には馬の管理をしてもらいたい。もちろん、お前達がド素人であることは分かっている。だから、俺がいる間は俺が面倒をみるが、俺も一日中起きているわけにもいかないし、他にもやることがあるから、任せなければならない時もある」
レビェーデはそう言って、二人の顔を眺めた。
「お前達、文字は読めるか?」
二人とも首を横に振った。コルネーの識字率は5%を切っているという数字までは、知らないものの、ほとんどの子供が文字を読めないということはレビェーデも知っていた。
「まあ、そんなものだろうな。では、見て覚えてもらうしかない。とは言っても、基本的には放っておけばいい。向こうがお前達の方に近づいてきたら、俺に知らせること。以上」
「放っておいたら、逃げたりしないの?」
子供の一人が問いかける。
「逃げられたら仕方ない。俺が馬に愛想つかされるような男だったということだ」
レビェーデは首筋を撫でる。
「逃げられた分には、俺の問題だからお前達は気にしないでいい。厩舎に入れる管理などは俺がやる。そのうちやり方を覚えてもらえると助かるが。えっと……、お前達の名前を聞いておこうか? 俺はレビェーデ・ジェーナスだ。レビェーデでいい」
「ワーヤン」
「ホーリャ」
「ホーリャ? うん? おまえは女の子か?」
「うん」
ワーヤンは10歳ほどであるが、ホーリャは8歳くらいに見えた。この年齢だと、中々男女の差は分からない。
「そうか。まあ、仲良くやっていこうか」
と言って、レビェーデは「あっ」と声をあげて、馬を見た。
「お前にも名前が必要だったな。何にするか……。よし、シュールガにしよう。こいつの名前はシュールガだからな、覚えておけよ」
レビェーデが確認するように言うと、二人の子供は大きく頷いた。
子供二人の部屋を確保すると、レビェーデはプロクブルの街へと繰り出した。
特にアテがあるわけではないが、傭兵として志願した者が他にいるのか確認もしたかったし、強そうな相手なら手合わせしてみるのも面白い。そういうようなことを考えて、昨日の場所へと向かう。
「お前は……、いや、レビェーデ殿か」
受付の係も昨日のことは覚えている。領主から言い含められた部分もあるのだろう。現れたレビェーデに対する態度は慇懃なものになっていた。
「~殿とか言われると、くすぐったいし、レビェーデでいいさ」
そう答えて、奥に備え付けられている名簿の方に視線を移す。距離が遠いが、視力には自信がある、大体の中身は見て取れた。
とはいえ、名前と年齢だけでは強いか弱いかも分からない。
「俺以外にこれだという奴はいたか?」
「そんなこと分かるわけがないだろ」
「……確かに、俺のことも分からなかったようだしな」
「お前みたいな尊大な奴はいないことだけは確かだ……っと」
係の視線が自分の後ろを向いたことに気づく。振り返ると、細身の男が近づいてきていた。どうやら志願者らしいと、少し脇に移動する。
「傭兵志願か?」
「はい」
低い声で答えた。年齢は20前後と見たが、その割には声が低い。長髪で、おそらく大体の人間が評価するくらいの外見をしている。
係は基本的な質疑応答をして、条件などを改めて伝える。その視線は若干懐疑的なものに見えた。おそらくはかなり細身であるので、傭兵としての体力があるのかが気になっているのであろう。それでも、明確にダメだとする材料もないので、結局は認められることとなるわけであるが。
(考えてみれば、ワーヤンやホーリャを登録させようとしたわけだしな)
レビェーデは笑う。同時に、男の名前がチャンシャンという名前だということも把握した。
手続が終わり、チャンシャンがレビェーデに視線を向ける。ずっと見られていたことに気づいていたらしい。
「私に……、何か?」
「いや、特には」
係の表情には大体同意していた。レビェーデの感覚的にチャンシャンが使い手であるという風には見えない。
けげんな顔をしながらも、チャンシャンはレビェーデをしばらく眺めている。
「……中々、面白い星の下に生まれているようだ」
「は? 星だって?」
唐突な言葉に、レビェーデの目が丸くなる。
「私は占いを専門にしていて、な。ここに来ると面白い人物がいるという占いの結果を得て、来てみた」
「へえ、もしかして、俺だったりするとか?」
「そうかもしれないと思った」
チャンシャンの言葉に、レビェーデは笑みを浮かべる。
「だったら、俺を占ってみてくれるか?」
尋ねると、チャンシャンも頷いた。ついてくるように顔をしゃくりあげ、歩き出す。レビェーデはその後ろを追った。
占い師という言葉は嘘ではなかったらしい。プロクブルの外れのあたりにテントがあり、そこに『占い』という看板も掲げられていた。
チャンシャンはテントの中に入り、水晶球の前に座る。
「中々本格的だな」
レビェーデも笑って前に座った。
「……もしかして、終わったら莫大な金を支払えとか言ったりしないよな?」
「無料で構わない。興味があるからだ」
「そいつは助かる」
レビェーデは水晶球を覗いた。自分の顔と、占いをしているチャンシャンの顔が映り、球の中心で混ざり合っている。
「……王になる」
「は? 王?」
「おまえは遠からぬ将来、王になるという暗示が出ている」
「ほう。どこの王族でもない、この俺が? 王になると? そいつは興味深いな。ただ、お前さんの占いは当たるものなのかね?」
「占いとは天の流れを見定めるものである。川を流れる葉は、やがては海に行くだろう」
「今の俺は川に浮かぶ葉で、王という海に向かっていると?」
それが本当なら面白い。いや、仮にそれが嘘であったとしても、そうした方向性に向かっていると考えるだけでも面白い。
「例えば、私は43歳で死ぬという暗示を受けている」
チャンシャンの言葉に、レビェーデが「うん」と目を見張る。
「…それは何とも言えないような気がするな。どれだけ先の話なんだ?」
「あと20日で、44歳になる」
「えっ!?」
レビェーデが思わず声をあげた。どう見てもそんな歳には見えないのもあるが、そんな内容を平然と話すことにも驚かされる。
「…ということは、あんたの占いが正しければ、あんたはあと19日以内に死ぬということか?」
「そうなるな」
「そうなる……って随分と落ち着いているな」
「先ほども言っただろう。全ては天の流れに過ぎないと」
「そういう風に言われると」
レビェーデは背伸びをして、ニヤリと笑う。
「そうじゃないってことを証明したくなるな。俺が王になる話が嘘になるわけだが」
「そうしてもらうのは構わない。私も暗示を守るために自殺するような真似はしない。しかし」
チャンシャンは真剣な表情で、水晶を見つめた。
「繰り返しになるが、これは天の流れだ。変わることはない」
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