第2話 ディンギアの少年
大陸暦768年1月。
コレアルから金2万枚の支援を約束されたプロクブル領主クンテ・セライユは半分を自家で着服することにし、残りの半分にあたる金額で警備隊を採用することにした。
期限は半年で金貨100枚。装備交通費などは全て自分持ちという条件である。クンテは当初1000人を予定していたが、弟のコルダが「その条件だと物乞いをしている方がマシですよ」と言ったため、人数を10分の1に減らして100人を募集した。
街のいたるところに掲示板が出され、街行く人がそれを眺めている。
大抵の者は、一通り眺めた後、去っていく。
このような掲示板が出されるなど、若干、不穏な気配も漂ってはいたが、そうは言ってもプロクブルの街はまだ平和そのものであり、市場では競りも行われていた。
この日は、馬の売買も行われていた。コルネー内部の高原地帯で育った馬が五頭ほど売り出されている。
その馬を眺めている長身の少年がいた。目深にフェルトの帽子をかぶり、鷹のような眼光の鋭さが目立つ。
「おい」
少年が馬主を呼んだ。明らかに年上の男に対して、かなり横柄な態度である。馬主も腹を立てたらしく、かなり不機嫌な様子で近づいてきた。
「この値札、本当なのか? この黒いのが50枚で、あっちの栗毛が150枚というのは」
「本当だよ?」
「そうか…、こいつは50枚か」
少年は青黒毛の馬が相当に気に入ったらしい。
「お前に出せるのか?」
「ああ、一日ほど待ってくれ」
「一日? 一日でいいんだな?」
「構わない。俺はレビェーデと言う。一日待っていてくれよ」
レビェーデと名乗った少年は、そう言って足早に出て行った。
レビェーデは市場に出ると、辺りを見渡した。
物乞いをしている子供を見つけて近づいていく。
「おい、お前、どうしたんだ?」
「……僕は七人目の子供だから」
「捨てられたくちか。少し協力してくれれば金貨20枚くらいやるが、どうだ?」
「金貨20枚?」
子供は当然のようにびっくりする。彼にとって、金貨1枚すら目にしたことのないような金である。
「ああ。代わりに俺に半年ほどついてきてもらうことになるが」
レビェーデの言葉に、子供は一も二もなく頷いた。
子供をもう一人拾ったレビェーデは、その足で傭兵を募集しているところに向かった。
「三人で入りたい」
「三人って……」
係が子供二人を見て、顔をしかめた。
「残る二人は子供じゃないか。傭兵なんか無理だろう」
「この二人に馬を世話させる。俺が馬に乗り、三人分働く。問題ないだろう」
レビェーデは「俺が入るのだから、本来なら五人分くらいもらっても罰は当たらないはずだ」と平然としている。
「ちょっと待っていろ」
そのあまりの自信に気圧されたらしい。係は別の者に任せて、自身は領主のところに報告に向かった。
「何ぃ? 一人で三人分の金貨をせしめようとしている奴がいる?」
報告を受け、クンテ・セライユが顔を歪めた。
「とんでもない奴がいたものだ。ちょっと玄関まで連れてこい! 返答如何では鞭でも打って追い出してやる」
領主の報告を受けて、係は慌てて戻って行った。
「領主様がおまえから直々に聞いてみたいと言っている」
係の言葉に、レビェーデはこともなげに「分かった、連れていけ」と返答し、二人はすぐに屋敷へと向かうこととなった。
公爵邸の玄関で、頭を真っ赤にしている男を見て、レビェーデはフンと小さく鼻を鳴らした。
「貴様か!? 子供二人を傭兵と偽って、三人分の賃金をせしめようとした奴は?」
クンテの怒号に、レビェーデはどこ吹く風という様子で。
「俺はそんなことは言っていない。子供二人は馬の世話役だ。俺が三人分働くと言っている」
「詭弁を弄すではないわ! 賃金がどこから出ていると思うのだ? 多くの領民が汗を流して稼いだお金のうちから税金として徴収されたものから出ているのだぞ! 貴様のような背が高いだけの小童が詭弁を弄してせしめるようなものではないわ! 大体、馬なんぞどこにもおらんではないか!」
「馬は市場にいる。既に予約した青黒い奴だ」
「……何? 市場で予約?」
クンテが係に視線を向けた。「確か、フォースさんが牧場から馬を連れてきておりました」との説明を受けると、少し表情が和らぐ。
「なるほど。その馬が欲しくて、ついつい詭弁を弄したわけか」
クンテの表情が少し和らいだ。実は彼は無類の馬好きでもある。馬欲しさゆえに、という言葉に親近感を抱いたらしい。
「そうか。今日はフォースが牧場から馬を連れてきていたのか」
「……あの馬主を知っているのか?」
「もちろんだ」
「あいつは止めた方がいい」
レビェーデの言葉に、一旦下がったクンテの眉が吊り上がる。
「あいつは馬を見る目がない。3000枚の馬に50枚の値段をつけて、20枚の馬に150枚の値段をつけている」
「貴様! わしのお抱え牧場主を愚弄するか!?」
「事実を言っただけだ。賭けてもいい」
「ほう。それならば……」
クンテの頭に意地悪い考えが浮かんだ。
「ならば、おまえが高いと見た馬と、安いと見た馬とで勝負させようではないか。おまえの言う通りならば、三人分の金を出すことを認めてやる。その代わり違っていたら、ただ働きだ。それでどうだ?」
「別に構わんぞ」
レビェーデの答えに、クンテはにんまりと笑みを浮かべた。
一時間後、「面倒なことになった」という顔で、フォースが二頭の馬を連れてきた。
馬好きの公爵だけあって、公爵邸の庭には馬が走れるようなコースも作られている。
「おい、フォース」
クンテが話しかける。
「あの青黒い奴はどうなんだ? あのガキは金貨3000枚相当だとか抜かしているが」
「とんでもないですよ。あれは臆病で誰が近づいてもすぐ威嚇しますし、乗ろうとしたら全力で逃げるし、乗っても振り落とされるだけです」
「そうか。奴が無様に落馬するところを見ると楽しそうだな」
フォースの言葉にクンテはニヤリと笑い、フォースもにんまりと笑う。
「いや、あいつ、すんなり乗っていますよ」
騒ぎを聞いて駆けつけてきたコルダが指さす先に、確かにレビェーデが青黒い馬に乗っている。クンテが顔色を変えてフォースを見た。
「……どういうことだ?」
「ま、まさか、そんなはずは……」
クンテの問いかけにフォースが必死に否定しているうちに、レビェーデが青黒の馬に乗ったまま近づいてくる。フォースに向かって賞賛するように言った。
「おまえ、馬を見る目はないが、育てるのは巧いのかもしれんな。これだけの馬は、ディンギアでも見たことがない」
そう言うと、「ハッ」と声をあげ、足を動かした。たちまち、馬が風のように走っていく。
「……おい、フォース。勝負はもういい。もう一頭と帰れ」
「……はい」
どちらも馬の素人ではない。勝負になどなりそうにもないことは一瞬で理解した。
「レビェーデといったな」
戻ってきたレビェーデに、クンテが声をかける。その表情からは嫌味も怒りも消えていた。
「私の負けだ。たいしたものだ」
「そいつはどうも」
「ディンギアの出身か。あのあたりは馬が多いとは聞いたが、それでもおまえほどの乗り手がいるとは思わなかった。おまえのような者が大勢いるのか?」
「……いや、13歳の時からは負けた覚えはないし、俺より上はいないだろう」
「何なら、私の直属にならんか? その馬は契約金代わりでくれてやろう。それ以外で半年200枚、どうだ?」
クンテの誘いかけにレビェーデは「うーん」と考えるが。
「俺は性格が悪いから、喧嘩になるかもしれないし、傭兵の方がいいように思う」
レビェーデの答えに、クンテも「そうかもしれんな」と苦笑した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※傭兵の報酬ですが、金貨100枚ということは1000万円。
装備が武器防具で200~300万円ほど。交通費も100万くらいはかかるだろうということで、半年で600~700万くらいという待遇。装備が既にあるなら半年900万くらい。
戦死傷の可能性と移動経費をどう評価するかですが、まあ悪い条件ではなさそう。
馬に乗りたい? それはきついかも。
馬だと安くても500万はしそうです。餌もあるし世話役もいるし
領主の当初予定だと半年の給与が100万。武器防具経費自分持ち。
それは物乞いの方がマシですな(笑
攻め込む側なら略奪とかで賄うこともできるのかもしれませんけれど。
予算10億円で傭兵雇うともなるとこんな感じです(国からは20億でているけれど)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます