2.開戦

第1話 作戦

 バシアンを訪れていたレファールとスメドア、ボーザの三人は一か月ほど枢機卿や大司教といった面々に挨拶をし、帰路についた。


 来るときは二番目の位置にいたレファールであるが、今は一番後ろである。

 意気込みの差が来る時とは逆転していた。

 ボーザは今やナイヴァルで活躍することしか考えていない。

 一、二年のうちに活躍を認められて結婚することで頭が一杯になっており、来る時までとは完全に態度が変わっているし、こまごまとした話などもしっかり聞いている。


 セルキーセ村の大半の者が結婚という環境ではボーザと似たような状況にある。ボーザがうまくいけば当然残りも続くだろう。となると、110人の意欲に溢れた兵士が手に入ることになるということで、スメドアもボーザの意欲については歓迎の構えである。


(そんなにうまくいくのかね…)


 レファールにはそんな一抹の不安もあるのだが。




 帰路と言っても、行き先はセルキーセ村ではない。

 カルーグ家の拠点であるサンウマである。


「そろそろ、サンウマ港に新しい海軍が出来ているはずだから」


 とスメドアは言う。


 元々、セルキーセ村を占領したのは木材の収集と船の建造である。それが完成した今、セルキーセ村に多くの人間は必要がない。

 と、同時にこれは開戦の時が近いことも意味している。


 開戦が近いとなると、ボーザとは対照的に、逡巡も生まれる。


(コレアルにはまだ両親もいるし、な…)


 仮に自分が活躍すれば、両親が口さがなく言われることがあるかもしれない。それを思うと不安も浮かぶ。


「どうかしたか?」


 気づいたのであろう、スメドアが尋ねてきた。


 レファールが率直に答えると。


「……ふうむ。確かに家族のことは気になって当然だな。ただ」


「ただ?」


「おまえの存在はコルネーではたいしたことはないだろう」


「それはそうですが……」


 活躍をすれば、有名になるので、それは慰めにはならないのではないか。


「なら、当面の間はおまえの手柄をボーザに譲ってやればいいのではないか? そうすれば、ボーザは結婚が早くなる。おまえはしばらく目立たないで済む。我々もうまくいくということでいいことずくめだ」


「なるほど、確かに!」


 レファールより早くボーザが相槌を打った。


「大将は数年待ってくださいよ。その頃には、シェラビー様の可愛い娘さん達が美女になっているでしょうし、大将がシェラビー様の一族になれますよ!」


「おまえ、無茶苦茶な事を言うなよ」


 レファールが反論するが、スメドアが頷く。


「確かに、5年待てば一番上のサリュフネーテは16歳になるな」


「スメドア様までそんなことを?」


「そんなことを? というより当然の話だろう。実際のところ、彼女達は結局のところ、誰かと結婚するためにいる手駒のようなものではあるからな。政略の駒として使われるかもしれないし、活躍した有能な者に対する褒賞として使われる可能性もある」


「……」


「総主教のような立場の人間なら変わってくるが、彼女達はそういう存在ではないわけだからな。おまえも関心があるのなら、地道に活躍して兄上に要請するのも手ではある」


「……分かりました」


「分かりましたってことは、やはりあの三人の誰かに?」


 ボーザがクククと笑い声を立てる。


「そういう意味ではない! シェラビー様の手駒という話を理解しただけだ」


 反論するが、その脳裏には総主教ミーシャへの花輪を渡す二人の姿が思い起こされる。あの可愛らしい子供達が政略のための駒として、どうしようもない男のところへ嫁がされる、そんな事態は絶対に避けたかった。




 カルーグ家の根拠地であるサンウマは、コルネーとホスフェに挟まれている場所である。挟まれているとは言っても、周辺に街道はないし、近くに他国の根拠地となるような場所もない地域ではあるのだが。


 街に入ると、バシアンとは全く雰囲気が違うことに気づいた。


 何といっても、無駄と思える宗教施設がない。もちろん、コレアルに比べると宗教系の建造物が多いのではあるが、バシアンのように普通の屋敷より神のための建造物が多いというようなことはなかった。


「まともな街ですね」


 レファールがふと漏らした言葉に、スメドアもボーザも笑う。


「もっとも、こういう街なだけに、バシアンの連中からは嫌われているし、嫌味も言われている」


「カルーグ家は神に対する信仰心が足りないのではないか、みたいなことですか?」


「おまえも大分この国のことが分かってきたようだな」


 スメドアが大声で笑い、街の中心にある屋敷を指さした。


「あれがカルーグ家の屋敷だ。兄上もいるはずだ」


「とすると、セルキーセ周辺には?」


「ラミューレ・ヌガロという兄上の軍師役の男がいて、何かあるときは大体任されている」


「ああ、あの老人ですか」


 レファールの身代金について話をしていた時、参考として説明していた老人のことを思い出す。




「どうだった?」


 屋敷で出迎えたシェラビーの第一声。顔がにやついており、自分達の反応を楽しんでいるふしが窺える。


「……ここがまともな街で良かったと、二人とも言っております」


 スメドアの言葉に、笑い声をあげた。


「中々大変ではあるが、これをスタンダードにできるよう、ナイヴァルを変えていきたい。さて、早速次の段階に移ろう」


 シェラビーは南を指さした。


「現在11隻の船が完成しており、既にある7隻と合わせて18隻の船がサンウマの波止場に停泊している。それぞれが300名の乗員を乗せて移動できる代物だ」


「それだけの船がこんなに早く?」


「7000人以上も動員したわけだからな」


「確かに……」


 最初、セルキーセ村でナイヴァル兵が7300人もいると聞いた時には、何のためにと理解できなかったが、これだけの船団を建設するためだとなるとその意図も理解できる。また、それを本当にやり遂げたシェラビーについても畏敬の念が湧いた。


「こいつを使って、まずはコルネー東部海岸の制海権を握る」


「制海権ですか」


「といっても、実はそれほど難しいことではない。コルネー東部の海軍は全てプロクブルに駐留している。ということは、プロクブル港を焼き討ちできれば、コルネー東部から奴らの艦船が消え去ることになる」


「……それができるのならば、凄いですね」


 レファールは思わず生唾を飲み込んだ。


 と、同時に一度の攻撃がうまくいけば、完全に東部の制海権を失うという自分の故郷の情けなさも痛感する。更にはその程度の軍の中で全く名前をあげることのできなかった自らの不甲斐なさも。


「どうした、レファール?」


「いえ、何でもありません」


「この戦いの重要なポイントは、とにかくスピードだ。プロクブルにいるコルネー艦隊が港を離れる前に全船を壊したい。そのためには」


 シェラビーが地図を取り出した。プロクブル周辺の地図である。


「プロクブルの艦隊は、エルニス川の中に停泊している。河口を船団で塞ぎ、陸路からの攻撃で壊滅させることになるな。河口を塞げば海には逃げられない。上流に逃げる前に街の付近で捕まえることになる」


「ということは、二手に分けて海と陸から向かうのですか?」


 スメドアが尋ねるが、シェラビーは首を横に振った。


「陸から行っていたのであれば、いくらプロクブルの連中がのんびりしていてもどこかで察知されるだろう。その場合、船団に逃げられることは必至だ」


 スメドアが「では、どうするのです?」と頭を捻った。


「河口を塞いだ船団の者が船から降りて、川沿いに船を破壊していくのでしょうか?」


 レファールの問いかけにシェラビーが「その通りだ」と満面の笑みを浮かべる。


「敵の街の河口付近で船から降りるのであるから、かなり危険な策ではある。だが、これができれば、海戦一つで我々が一気に優位になるわけだ」


「よっしゃ! その役、我々と大将に!」


 ボーザが突然名乗りをあげた。


「えぇっ? 何で?」


 レファールが唖然となる。


「危険な役割ということは、それだけ手柄が大きいということですよね?」


「そうなるな」


「ならば、我々セルキーセ村の面々でやりましょう」


「それは、おまえはそうしたい理由があるのかもしれないが…」


 付き合わされるのは勘弁してほしい。何とか断ろうとしたレファールの頭にサリュフネーテとメリスフェールの顔が浮かんだ。


「……ボーザ、うまく行ったら、恩に着ろよ」


「もちろんですよ! 結婚式には必ず呼びます」


「いらんわ!」


 視線の端に、けげんな顔をしているシェラビーと、笑いをこらえているスメドアの姿が入ってきた。

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