第11話 シルヴィア・ファーロット
セラキーセ村では、再びハルメリカからの使者セイハン・トレンシュがシェラビーと面会をしていた。
「…こちらが先だっての宝石の換金相場と見積になります」
「35000枚か。2万枚くらいかと思ったが結構な値がつくものだな」
シェラビーは予想外の額に驚いている。セイハンにとっても、やや意外な見積もりではあったが、自分達のスタッフの出した額であるので文句はない。
「こうしたものは、アクルクア大陸では需要が高いというのはございますので」
「分かった。我々としては高く売れる分には歓迎すべきところだ」
どうせ別のものを買うから、最終的にそちらの出費になるわけではないだろうし、と続けてニヤリと笑う。
商談が終わると、セルキーセ村には何もないので、セイハンは再び海岸側のサンウマの方に戻ろうとする。
尚、東からナイヴァルの中央部すなわちバシアン方面に向かう場合は山越えの難所が多いが、麓から南を目指す分には馬車でナイヴァル側に入って、そのまま進むだけでいいので問題は少ない。
「セイハン殿」
しかし、馬車に乗ろうとする前に声をかけられた。振り返ると、背の高い美女……シルヴィア・ファーロットが立っていた。
「これはシルヴィア様、いかなる用でしょうか?」
ひょっとすると、化粧品にでも関心があるのだろうか。リストは作ってあったかなと考えを巡らせるが、シルヴィアは首を振った。
「そういうわけではないわ。アクルクアの話が聞きたいのよ」
「アクルクアの?」
「あたしもあっちの出身だからね。知っている? 昔はアクルクア三大美姫なんて言われたものなのよ」
「そうだったのですか」
美姫という以上、上流階級の話であろう。商人階級のセイハンには分からない話であるが、シルヴィアがかつてそう呼ばれていたかもしれないことにかけては頷けるものがあった。
というよりも、今にしてもそのくらいの評価を受けても不当ではないかもしれない。三人の娘を連れているわけであるが、何も言わなければ三人の姉ではないかと思えるくらいには若々しい。事実セイハンは当初25歳くらいではないかと思ったほどであった。
「ちなみに、残りの二人はエイルジェ・ピレンティとエフィーリア・ティリアーネ・カナリスなんだけど、両方死んだらしいわね」
「はい…」
その二人の名前についてはもちろん知っている。特に一人はセイハンにとっても非常に関係の強い人物であった。
「エイルジェはどうでも良かったんだけど、エフィーリアはね……。向こうは覚えていなかったと思うけど、あたしは勝手にライバル視していたからショックだったわ……」
「我が主の悲しみようはそれどころではありませんでした」
「知っているわ。部外者だけど、あの二人の絆の強さは本当に凄いと思ったものだし。でも、あたしもその次くらいには嘆いたものよ。最終的には逆転したいと思っていたのに……。人生の張り合いを奪われた気分……」
「ですが、今は楽しそうに見えます」
「まあね……。今はやりたいことも別にできたし。でも、やっぱり彼女のことが頭から消えないのよね。あたしが死んだ時、あの子より上だったと言われたい。あたしがダメなら、せめて娘だけでもそう呼ばれてほしいみたいな、ね。まあ、そう思っている時点であたしはやっぱり負けていて、永遠に彼女の次の二番手なんでしょうけどね」
シルヴィアは自嘲気味な笑いを浮かべた。だが一方で、エフィーリアのことを話している時はどことなく目が輝いているようにも見える。そう思わせるくらい、シルヴィアは本当にライバル関係に一生懸命に生きていたのであろう。
施設の中を歩きながら、シルヴィアとの話が続く。
「10年前に前の夫を失ってから、3年前にシェラビー様に拾われるまでは苦労したものよ。だからね、あたしみたいな女をなるべく増やさないように、女性を専門に教育するような施設を作りたいのよね」
「それはいいことですな」
「ただ、あたし一人で作ることはできっこないから、シェラビー様の助けを借り、あとは場合によっては貴方達の助けも受けたいなと思っているわけ」
「なるほど……。分かりました。私の一存では決められませんが、戻りましたら我が主に話をしておきましょう」
「あと、これもついでに渡しておいて。セシリームに行く機会があったら、エフィーリアの墓にでも置いてほしいって」
シルヴィアから渡されたものは指輪であった。銀製で装飾も凝った造りになっている。
「分かりました。確かにお渡ししておきましょう」
「そういうものでも渡しておかないと、相談なんてしてくれないでしょ?」
シルヴィアが笑う。自分の利益にならない話は、何かしらの理由でもつけない限りは進めてくれない。そう言わんばかりであり、セイハンも苦笑するしかない。
「必ずお伝えしておきますよ」
「期待しているわ」
シルヴィアが不意に視線を移す。自分達の仮住まいとしている建物の方を向いていた。
「本当はね、娘のうち一人くらいはアクルクアに戻したいのよ。あたし達のルーツはやはりそこにあるわけだし。ただ、一人で身よりもなく生きていくのも大変だろうから」
「……そうですね」
ミベルサと比較すると、アクルクアの方が全体として安定はしているし、それなりの庇護者がいるのであれば女子一人なら何とかなるかもしれない。とはいえ、いつ何が起こるか分からないのも事実である。安易に「大丈夫ではないか」などということはできない。
「シェラビー様の下にいると、娘達も政治の道具として使われる可能性もある。それと引き換えに生活の安定を手にしているわけだから、文句を言える筋ではないのだけど、やっぱり複雑ではあるわね」
そう言って遠い目を南の方へ向ける。
「エフィーリアなんか、まさにその典型例だったのだろうし……、結果として命も落としてしまったわけだからね。ああ、暗い話になってしまったわね。ごめんなさい」
シルヴィアは両手で自分の頭を二度ほど叩く。
「あの二人は若く美しいままに死んでいって、一方のあたしはこれからどんどん老いていくのだろうけれど、それでも、生きていればいいことあるってことを示さないといけないものね」
「そうですね。生きていれば、いいこともありますよ」
「ということで、シェラビー様とは別に、あたしもハルメリカの力を頼りにしているということもあるので、今後何かしらお願いすることもあるかもしれないわ。その時は同郷の誼で手伝ってくれると嬉しいわね」
「既にお願いされていますよ」
先程渡された指輪を見せる。
「そうだったわね。今後ともよろしく」
「分かりました。私のできることであれば」
シルヴィアと別れて、施設を出る途中、その話を振り返る。
(エフィーリア様をライバル視か……。あの方は無茶苦茶な方だったからなぁ。シルヴィア殿のような真面目な方ではなかったから……確かにライバルなんていう意識はなかったかもしれないな)
サンウマに戻ると、改めてシルヴィアの評判を聞くことにしてみた。これまではシェラビーの恋人という印象しかなかったが、自分と同じ大陸の出身であり、また、見知っていた人物とも関係があると思うと違う印象となる。
そこでの情報はセイハンを驚かせた。
「シェラビー・カルーグには別の妻がいる……?」
シェラビーは、枢機卿の一人であるルベンス・ネオーベの娘ヨハンナと七年前に結婚しており、二人の間にはソフィーヤとミキエルという二人の子供もいるらしい。しかし、夫婦仲はそれほどいいわけではなく、近年ではシルヴィアがほぼ付きっ切りで帯同しているという。
「今のところ、関係が完全に壊れているわけではないようですが、シェラビー様がシルヴィア様と結婚をするためには、ヨハンナと離婚する必要があり、そうなるとルベンス枢機卿との関係が崩壊することは間違いありません」
「なるほど……」
セイハンは去り際のシルヴィアの物憂げな表情を思い出す。故郷を思い起こしてノスタルジックな思いに浸っていただけではなく、中途半端な自分の立場のことも考えていたのであろう。
(中々生きていくのには大変な大陸だなぁ。私はハルメリカで良かったよ)
セイハンは思わずそんなことを考えた。
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