第10話 コルネーの反応
コルネー王国の首都コレアルでは、この一か月ほど東方の対策について、有力者が話し合う機会を数回設けていた。
セルキーセ村という聞いたこともないような村の責任者に金貨10万枚の身代金がつけられたという笑い話のような話は別としても、東方地域で軍が動いているということに全くの無頓着ではいられなかったからである。
もっとも、あくまで危険性がある程度ということで、危機感は薄い。
「プロクブルの連中に任せれば何とかなるのではないか?」
概ねこのような意見に集約され、「もしそのままで厳しいようであれば、金貨2万枚くらいを渡して何しかしてもらえばいいだろう」というのが精いっぱいである。
「一応、プロクブルのクンテ・セライユに聞いてみようではないか」
そういう形で結論づけられ、注意を促すための手紙が送られることで、コレアルでは一件落着という扱いになった。
そうした中で危機感を有している一人が海軍大臣のフェザート・クリュゲールである。
12月のこの日、彼は外務担当の部署を訪ねていた。副署長のカルー・ダレウスを訪ねる。
「来年の年初だが…」
フェザートはカルーが出てくるや否や口を開く。
「できれば、フォクゼーレに丁重なものを贈ってもらえないだろうか?」
「…と申しますと?」
「東部国境の件、多くの者は軽く受け止めているが、そんなに簡単なものではないと思うのだ」
フェザートはセルキーセ村の包囲に7300ものナイヴァル兵が駆り出されていたことを説明した。
「レファールを送り込んだのは自分だから、あの村の状況はよく知っている。110人しかいない村にそれだけの兵士を送り込むなど正気の沙汰ではない」
「その後に金貨十万枚の身代金も要求してきたそうですね」
「そうだ。それも含めて相手が狂っていると考えていることも考えられるが、逆に狂っていることを装って、我々を油断させているのではいなかという懸念も消えない」
「なるほど。現時点でコルネー上層を動かすのが無理であるとしても、フォクゼーレとの関係を強化することで、何かあった時に頼ろうというわけですな」
「保険となる手は打っておきたいからな」
「承知いたしました……、ただ、当署の予算ではフォクゼーレが満足するものを出せるかどうかは…」
カルーが笑いながら言う。それが何を意味するか分からないフェザートではない。
「海軍局に見積書を回しておいてくれ」
「承知いたしました。しかし、フェザート様もお若いのに熱心でございますな」
話が一段落したと思ったのか、カルーは話題を変えてきた。
「熱心というより……気になるのだ」
「気になる? 何が、ですか?」
「南だよ。南の大陸……、ハルメリカという街のことだ」
ハルメリカからの使者がコルネーにやってきたのは、およそ半年前くらいであっただろうか。
コルネーとの対等な交易を要請したものであったが、コルネーは元来から国家間交易には消極的である。しかも、南や東との交易ということでコルネーを更に消極的にさせた。
現在コルネーが有している船舶では、沖合の海流を超えて南や東に行くのはかなり時間がかかる。だからと言ってそのために新しい船団を作るだけの意欲はない。
これまで、うまく行っているのである。これからも今のままで十分だろうという惰性的な感覚で交易要請をやんわりと拒否していたのである。
それが問題であったかどうかはフェザートには分からない。しかし、ハルメリカが持ち運んできていた商品などに目を奪われたことは事実である。
(コルネーは反応しなかったが、ナイヴァルやホスフェはどうなのか…)
宗教国のナイヴァルはコルネー以上に交易には無関心という印象があるが、最近の東での動きは何とも怪しい。また、ナイヴァルの東にあるホスフェ共和国は領民が選挙で為政者を選ぶため、その選挙の動向いかんで百八十度政策が変わる可能性がある。
(これまで、コルネーはホスフェやナイヴァルに比べると少し上、という認識であった。しかし、コルネーが変わらない間に、他国が変わった場合、その保証はなくなるのではないか)
フェザートは専門的な勉強はしていない。不正のはびこる状況を良いとはしていないが、そうは言ってもフェザート自身もまた伯爵の地位をもつ貴族出身である。何か新しいものを取り入れようという意識は低い。しかし、低いということを自覚しているので、高い者がいたらという不安がある。不安を妄想で打ち消せるほどには、都合のいい性格をしていない。
(何も起きなければいいのだが…)
フェザートはこのところ毎日のように、そう思い続けている。
もっとも、そうした個人的な事情を全部話すほどに、フェザートとカルーは親しい関係というわけでもない。故にフェザートは見通しを言うだけである。
「南からの脅威がこれからも大きくなるような気がしている」
「なるほど…。ミベルサだけならここ数年、小競り合いはあってもバランスが取れているように思いますが、別大陸からの予想外の手が入ってくると話が変わってきますね」
「そうなのだ。ただ、今のところ、何も起きてはいないから陛下や宰相達に説明するのが難しい」
具体的に被害が起きれば説明ができる。あるいはナイヴァルが恐ろしく発展してきている情報などが掴めれば。
「ナイヴァルは我々よりは兵がしっかりしているでしょうからねぇ」
カルーの言葉にフェザートも頷く。
コルネーの兵士達が利権などで弱体化していることはよく分かっている。これについても、ある程度の何かが起きない限り、変わることはないと思っている。
「とりあえず、ナイヴァルが敵対行動を取ってきている以上は、フォクゼーレとは仲良くしたい。繰り返しになるが、新年のあいさつの件はよろしく頼んだ」
フェザートは再度念押しをすると、部署を出て行った。
コルネー東部の中心地プロクブルに、コレアルからの注意喚起の手紙が届いた。
クンテ・セライユはさっと一読して、大笑いをする。
「陛下もコレアルの大臣共も小心者なことだ。ナイヴァルの連中に何ができたことか」
「全く。ナイヴァルはこの前、名も知らぬ者に金貨十万枚などという法外な身代金をかけてきておりました。余程財政難にあえいでいるのでしょうし、そんな連中にどうやって我々を攻撃できるというんでしょうか」
弟のコルダも同調しているが、そこで話を終わらせない。
「とはいえ、軍資金を要請してもいいと言っているのであれば、要請するのも手ではないでしょうか? その半分で東部の警備を任せる傭兵でも雇っていれば、恰好もつくでしょうし」
「なるほど。それは悪くない考えだな」
兄も笑う。
翌日、二人は早速コレアルに使者を遣わした。
『ナイヴァルとの国境については、小さな村を失ったことはございましたが、万全の構えでおります。しかし、東部の警護を更に強めたいので金貨2万枚ほどの支援をいただけるのでしたら、これに勝る幸い事はございません』
これが容れられ、二人はほくそ笑むとともに、コレアルの方でも備えは万全という空気が広まっていった。
こうした空気の中で、大陸暦767年は押し迫っていく。
続く年に、激しい戦いが繰り広げられることを予測していた者は、コルネーにはほとんどいなかった。
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