第9話 ナイヴァル総主教③

 ミーシャとスメドアは、呆気にとられる二人を奥の部屋へと案内した。


 その部屋のみは確かに大聖堂の一環を感じさせられる部屋であった。部屋の奥にユマド神の彫像があり、床にはその象徴である星をかたどった文様が彫り込まれている。


 しかし、そうしたことはレファールの意識には入らない。ナイヴァル総主教が目の前の少女ということが信じがたいことであった。


「あの二人が花輪を渡すので、もしかしたら女性なのかとは思いましたが…」


 コルネーの人間にとっては、悪魔の化身のようなイメージすらあるナイヴァル総主教がいきなり背後から脅かしてくるような茶目っ気の持ち主だとはさすがに思わなかった。


「花輪?」


「あ、それが……」


 レファールは鞄の中から、サリュフネーテとメリスフェールから貰った花輪を取り出した。


「申し訳ありません。大分形が崩れてしまったのですが、この花輪はサリュフネーテ様とメリスフェール様が総主教様にと……」


 差し出すと、ミーシャの顔がパッと輝いた。


「まあ!? あの子達が私に? 嬉しい!」


 すぐに花輪を首にかけて、「似合う?」と尋ねてくる。


 もし、セルキーセからバシアンまで一直線に来られて、もらったばかりの状態でかけていたのならとても似合っていたであろう。残念ながら、来る途中に色々と当たってしまい、完全に萎れてしまっている。それでも花が一個も取れていないのは、二人、あるいはリュインフェアを含めた三姉妹が頑張って作った気持ちによるものかもしれない。


「……はい。似合っております」


「本当? 嬉しいわ」


 ミーシャは心底嬉しそうに笑う。


「私ね、あの子達が大好きなの。あの子達は母親も美人だしきっと美人になるわよね。私なんかよりずっと」


 話をしながら、ミーシャは「あっ」と自分で何かに気づいたような顔をする。


「あ、ナイヴァル総主教なんて言うけどね。私の両親は普通の農民で、シルヴィアさんみたいな美人じゃないのよ。ここにいて生活レベルはいいけれど、ダメでもダメなりには、ってレベルじゃないかしら」


 ミーシャは聞いてもいないことを次々と話してくる。


「本日は何時にもましてご機嫌なようですね」


 スメドアの言葉にミーシャは部屋を案内するように腕を広げて半周する。


「それはそうよ。お父さんが出かけているから、いかめしく相対する必要もないし」


「ネイド枢機卿はどちらに?」


「アヒンジに会いに行くって言って、二日前に出て行ったわ。多分一週間くらいは不在じゃないかしら。だから、貴方達、本当にいい時に来たわ。ね、レファールって言ったわよね。コルネーのこととか、色々教えて頂戴!」


 ミーシャは目を輝かせて、後ろの二人に視線を送った。




 その後一時間近く、コルネーの質問をされて、ようやく三人は部屋を退出した。


「随分と明るい人ですね…」


 ミーシャの元気に圧倒されたこと、それでいて緊張を解くわけにもいかなかったこともあり、部屋を出たら急に疲れが押し寄せてくる。


「おまえも手伝ってくれよ」


 とボーザに軽く肘でつつくが、こちらはニヤニヤとしている。


「大将はいいですねぇ。どこにいっても、女の子に人気があって……」


「お前なぁ……」


「そういえば……」


 スメドアが不意に不思議そうな顔をした。


「レファールはともかく、お前たち兵士には家族はいないのか?」


「あ、そういえば……」


 確かにボーザをはじめ、村の兵士はほとんどが一人者のようであった。そんな半端者ばかり揃えるほどコルネーの上層部がこだわっているとは思えないし、考えてみると不思議な話ではある。


「俺らのような中途半端な奴は40くらいまで家族なんて持てませんよ」


 ボーザが拗ねたように答える。


「コレアルのことは知りませんが、少なくとも妻と子供を養えるくらいの財産を蓄えてから結婚しろというのがうちらの村周辺の考え方ですからね。ああいう外れの村で仕事をして貯金して、それで金が溜まったら少し大きめの街で相手を探すわけですから」


「そうだったのか」


 スメドアは驚きを隠さない。


「我々ナイヴァルでは、新しい神の僕を増やせば増やすほどいいという考えだから、結婚は早ければ早い程いいという考えだからな。25歳で相手がいない男女はほぼ強制的に誰かと結婚させられる」


「……ということは、俺もナイヴァル兵になったら、相手が見つかると?」


 ボーザが急にナイヴァルに関心をもちはじめたことに、レファールは苦笑した。


「兄に聞いてみないと分からないが、ナイヴァルの在り方を受け入れるというのなら、そうなるな」


「それ、いいなぁ」


「よっ、ボーザの色男」


 散々言われているので、言い返してみると、ニヤけた表情を浮かべる。


「よし! 活躍して、早く嫁をもらうぞ!」


 予想外に本気の答えが返ってきた。




 大聖堂と言う名前の城塔を出ると、スメドアは近くの屋敷へと二人を案内した。


「ここがバシアンでの、カルーグ邸になる」


 中に入り、一通り案内をすると、応接間に入る。190センチ近くあるスメドアは足も長く、足を組んで座るのが様になる。


「さて、それならナイヴァルのことについてもう少し知ってもらおうか」


「ああ、いや、それは大体分かってはきましたよ」


 面倒な話を避けたいボーザが適当に終わらせようとするが。


「それなら、何故ミーシャ様が総主教に選ばれたのか、分かるか? あと、総主教の名前はアムティグナ・ミーシャ・サーディヤだが、アムティグナとミーシャという二つの名前の意味も分かるのか?」


「…いや」


「そうだろう。そのくらいは知っておくべきだろ?」


 スメドアは執事に命じて茶を用意させ、その間に話を始めた。



 ナイヴァルでは流星が非常に重要な意味をもつ。ユマド神は遠い宇宙から流星に乗って飛来してきたと考えられているからだ。


 そのため、ナイヴァルの祝日とされる日に流星があると、その落ちたと思しき場所で生まれた新生児が次の総主教となる決まりとなっている。


「もっとも、そんな感じで全員候補にしていると、大体15人くらいになりかねないが、そこはそれ、二人目以降に関しては第二候補にしたり、しなかったりと適当になっている」


「それでミーシャ総主教が選ばれたわけですか」


「多分に、両親が農民だったことも影響しているのだろうけれどな」


「神輿として担ぎやすいと?」


「そういうことだ。ただ、誤算としては、農民と馬鹿にしていた父ネイド・サーディヤが意外と有能だということだ」


「有能というと、沢山宗教施設を作らせているのですか?」


 レファールがニッと笑って尋ねる。スメドアが苦笑した。


「生憎、そちらの意味ではなく一般的な意味で有能な人だ。ミサ様が人に好かれることをいいことに、自己の派閥を広げようとしている。ちなみに一般にミサ様と呼んでいるが、これはミーシャ様の愛称だから正式な場では許されない」


「アムティグナというのは?」


「一般に神界名と呼ばれている」


「神界名? 何なんですか、それは」


「死んだ後、天界と呼ばれる場所に行った時の名前ということになっている。我々のような一般人は、死んだ後につけられることになるが、総主教や枢機卿は生きているうちから持っているという名目だ。だから、我々との間では使われることはない。神に対して何かを要請する時、例えば雨ごいなんかの時には、神界名で神に求めることになる」


「ややこしいですね」


「まあ、ミーシャ様と呼んでおけば間違いはない」


「総主教様でもよろしいのでは?」


 ボーザが尋ねる。もっともだ、とレファールも頷いた。


「その呼び方でも悪くはないが、一人だけ通用しない人がいる」


「誰です?」


「ミーシャ様本人だ。彼女は、ある程度仲良くなったと思った人間には、名前で呼ばれることを好む方だ。お前たちは彼女が初めて知ったコルネー人だから、当然仲良しという認識になっていると思う」


「な、なるほど……」


「さて、ひとまずそのくらい覚えておいてもらうということで。これからの予定だが、一週間くらいはミーシャ様の機嫌取りをして、それから一度セルキーセに戻る。年明けからしばらくしたら、コルネー東部でコルネー船団の拿捕を目指すことになる。早く妻をめとれるよう、皆の頑張りを期待している」


 スメドアの笑いに、ボーザが「よし!」と気合を入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る