第8話 ナイヴァル総主教②
出発当日、レファールが荷物をまとめていると、屋敷の扉が叩かれた。
ボーザが早めに来たのだろうかと思い、扉を開くと。
「おはようございます。レファール」
自分の胸くらいの高さの少女が二人立っていた。シェラビーが扶養している三人の少女の上二人、サリュフネーテとメリスフェールである。
「おはようございます。どうしたのですか?」
「レファール、総主教様に会いに行くのでしょう?」
この三姉妹、真ん中のメリスフェールがもっとも外向的らしく、大体いつも最初に切り出す。今も口を開くのは淡い金色のような髪をした次女であった。
「はい。これからバシアンに向かいます」
「それなら、これを総主教様に渡してくれないでしょうか?」
二人が取り出したのは、この辺りの花で作られた花輪であった。
「……」
一応受け取ったが、果たしてどうすべきか。レファールには自信がない。
(ナイヴァル総主教はこういうものが好きなんだろうか?)
総主教がどういう人物か全く分からないので、答えに窮するが、やむをえず。
「分かりました。お渡ししておきます」
と答えると、二人の顔がパッと輝いた。
「お願いね、レファール!」
二人は頭を下げると、軽い足取りで帰っていった。
昼過ぎ、スメドアとボーザと合流し、セルキーセを出た。そのまま東に、ナイヴァル中部へと向かっていく。
セルキーセ村自体が辺境であるため、道のようなものはない。獣道のような山道を一時間ほど歩くことになるが、ボーザはもちろん、スメドアもすいすい進んでいる。
「大将、大丈夫ですかい?」
レファールは何とかついていくのがやっとである。
「この山を抜ければ、高原地帯はそう難しくはないから、あともう少し頑張ってくれ」
スメドアはある程度覚悟していたのか、仕方ないといった顔をしている。
必死に歩くこと四日でどうにか山岳地帯を抜け、高原地帯へと入った。
「……あれだけの人数がこれだけの難所を超えてきたわけか…」
レファールはこれまで来た道を振り返り、ナイヴァル兵のタフさに改めて驚かされる。
「もちろん全員ではないな。兵士はともかく、シルヴィア様や使用人達は輿に乗って、もう少し安全なルートで進んでいた」
「シルヴィア様で思い出しましたが……」
レファールは朝の話をした。
「総主教というのは、サリュフネーテ様とメリスフェール様と仲がいいのですか? 花輪を作って渡されたのですが」
「お二人と総主教様の仲がいいのかは知らないが、総主教様はお花が好きではある」
「……そうなんですか。かなり慕っているみたいですね」
そうでなければ、手作りの花輪を送りたいなどと思わないはずである。
(私だったら、金とかそういうものにしそうだし……)
そう考えると、自分達で花輪を作って贈ろうとする少女達の可愛らしい心意気に和んだ気持ちとなるし、ナイヴァル総主教もそんなに悪い人間ではないのかもしれないとも思った。
高原地帯に出ると、歩きやすくはなかったが、そこから次の街までの距離が長い。
七日かけてようやく小さな村に行きつき、そこで馬を借りる。それで大分速度は上がるが、目指すバシアンまでの道は長い。
「しかし、噂には聞いていましたが、本当に木がないですね」
ボーザが辺りを見渡して首を傾げる。
確かに、レファールにも不思議な光景ではあった。
(木が育たないほど寒冷な環境というわけでもなさそうではあるが)
スメドアの方を向くと、「私には分からん」とばかり肩をすくめられるが。
「一説には二百年ほど前までは結構木があったが、建設王とも言われたムラーク総主教の時に建てすぎて森が潰れたというような話もある」
「あらま……」
「私が実際に見たわけではないから分からん。ちなみにムラーク時代の神殿などはバシアンの北東にあるから、見たいのなら案内してやるぞ」
「そうですか。それはまあ、機会がありましたら……」
多分そんな機会はないだろうが。レファールはそう思いながら、ボーザを見た。「行きたくないですよ」とばかりに首を横に二度三度と振る。
北上すること、更に五日。
「あれだ」
「あれですか……」
三人の目指す先に、高い城壁の城が見えてきた。近づくにつれ、その城壁が二重になっていることが分かる。
「コルネーの都コレアルと比べると、広さはそれほど変わらんはずだが、人口は圧倒的に少ないぞ。8万程度だ」
スメドアが解説する。レファールも中に入って見渡して。
「確かに道や店は少ないですね。というよりも、家が大きすぎるんですが……」
しかも、古い家にはふんだんに木材が使われていることが見て取れた。スメドアが来る途中に言っていた、昔の人間が使いすぎた結果、自然の木がなくなったという話も満更嘘ではなさそうだ。
「あれは家ではない。各家の……」
「宗教施設ですか」
「そういうことだ」
知らずボーザを見た。顔を見合わせて、お互い溜息をつく。
「正直、ナイヴァルの中心地で生まれなくて良かったですよ」
「そうかもしれないな。俺も兄も生まれは海の方だから、こちらにはたまにしか来ない。が、ここに来る度に言っては何だが……」
スメドアが声を落とした。
「こいつら、馬鹿なんじゃないかって思うこともある」
「……ですよね」
「そうは言っても、総主教その他の人達の権威を否定するわけにもいかないし、な。まあ、いい。早速だが総主教に会う手はずを整えよう」
スメドアが指さしたのは、およそ六階はあろうかという高い城塔であった。レファールはコルネーの都コレアルに住んでいたが、そこでは豪華な宮殿があるのみで、防衛施設はさしてなかった。
「あちらにいるのですか?」
コレアルの王に比べるとかなり戦闘向きの施設に住んでいる。それだけ各国を警戒しているのだろうか。ナイヴァルをコルネーの敵対国として見てきたレファールだが、ナイヴァルという国が他からどう思われているかということは考えたことがなく、分からない。
「そうだ」
「総主教なのに、神殿とか宗教施設ではなく、城に住んでいるんですね」
「……残念ながら、そこはおまえの見立ては違うな」
スメドアの返事にレファールは首を傾げる。
「違うと言いますと?」
「住んでいる連中は、あれを大聖堂だと言っている」
「……いや、あれは大聖堂とは言えませんよ」
どう見ても城塔であろう。中に礼拝施設があるのかもしれないが、あの外見で大聖堂などとはとても言えない。
「……一応忠告したからな」
スメドアはククッと小さく笑った。
(これは、中で城だなんて言ったら大目玉を食らうことになりそうだな)
振り返ってボーザを見ると、この街の中では何も言いませんよとばかり口を真一文字に結んでいる。
城塔の入り口まで近づくと、スメドアが前に出た。レファールとボーザには交渉のしようもないので、完全にスメドアに任せる。
しばらく衛兵と話をしており、やがて結論が出たらしい。戻って来た。
「喜べ。我々は神の祝福を受けて、本日これから総主教様にお会いすることができる」
スメドアの口ぶりはこれ以上ない棒読みであった。ここでは、こういう大仰な言い方をしなければいけないのだろう。レファールもどう挨拶したものか、考える。
「さて、行くとするか」
「話はお任せしますよ。我々はひたすら頭を下げて、『総主教様、万歳』くらいしか言いませんので」
「総主教様、万歳はまずいな」
「……ユマド神、万歳ですか?」
「その方がいいな」
階段を五階まで登り、奥の部屋へと向かう。レファールは登ってきた間、施設の中をさりげなくチェックしていたが、大聖堂と言えるようなものは何もない。
「スメドア・カルーグです」
奥の部屋の扉を叩いて、スメドアが中に向かって名乗りをあげる。
しかし、全く反応がない。
「……?」
何かの手違いだろうか。そう思い、スメドアに何か言おうとしたその時。
「わっ!」
「うわあっ!」
突然、後ろから大声を出されて、ボーザともどもひっくり返らんばかりになる。
「あはははは。大成功!」
高い声が続いて、レファールは思わず振り返る。そこには転がらんばかりに笑っている少女がいた。茶色い髪に瞳をした、15歳くらいの少女である。
さすがのレファールも頭にきた。冗談にも程がある、手首を掴んで叱り飛ばそうと一歩踏み出ようとしたところで、スメドアが一礼した。
「総主教様、お久しぶりです」
「えっ……?」
レファールの動きが止まる。総主教と呼ばれた少女はにこやかにお辞儀をした。
「ナイヴァル総主教アムティグナ・ミーシャ・サーディヤです。よろしくね」
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