【12】破滅の刻・その4


「くそぉ! 離せ! 僕をどうする気だぁ!?」

「無駄な抵抗をしないで下さい」

「ぶべっ!?」


 連行されていく異世界勇者たち。

 城下町の戦いは革命軍の圧勝に終わったのだ。


「あとは王宮に立てこもっている貴族たちですか……めんどくさいからお城事破壊しませんか?」

「名案ですね」

「いや、ダメでしょう」


 物騒なことを呟く元王妃と聖女の一人に仲間の商人がツッコミを入れる。

 特にこの聖女は勇者を魔王に売り渡した前科があり、一部で「国売りのクロ」と呼ばれているくらいだ。城くらい、本気で爆破しかねない。


「くそ! 黒木! お前、裏切ったんだな!? 魔王に魂を売って恥ずかしくないのか!?」

「お前の方こそ、国や仲間の悪事を見逃して恥ずかしくないのか? “勇者様”?」

「そ、それは、なにかの間違い……」

「間違いじゃねぇよ。間違いじゃないから、革命なんて起こったんだ。連れてけ」

「「「はいっ!」」」


 アレックスの仲間である黒木光太郎は、喚く異世界勇者に辛辣な言葉を吐き捨て、近くにいた三人の志願兵に連行させる。

 この三人、この勇者が幼馴染を筆頭に、女子にモテまくり、疑似ハーレムを作ってると聞くや否や「「「こいつは存在してはいけない生き物だ」」」と表情を失うほどの怒りを露わにしボコボコにしたが……

 まあ、気が済むまでやってくれ。


「あとは中にいるあいつが、悪徳貴族をどうにかするまでだな……」


 そう言って、光太郎は王城に視線を向け、内部の仲間が上手くやることを祈った。




 光太郎の願い通り、内部では上手くことが運んでいた。


「き、貴様ぁ! 裏切ったのか!?」

「弟の分際であ、兄に刃を向けるのか!?」


 兵士たちに取り巻きたちを抑えられ、さらに潜入していた革命軍に剣を向けられながらも、吠える国王&王子。

 そんな二人の身内を冷ややかに見据えながら、第二王子はため息を吐いた。


「父上、兄上、あなた方はやり過ぎたんです……最早、この国は沈むだけの船なんです。我々はかじ取りを誤った責任を取らねばならないんです」

「お、親を殺す気か!? この外道が‼」

「頼む! 殺さないでくれ! 王位なら明け渡すからぁ‼」

「安心してください。ことが成されたら、私もすぐに後を追いますから……」


 この期に及んで、無様を晒す肉親二人に、それでも最低限の情けをかけた。

 そう。この国は既に終わっている。


 この大陸は今、窮地にあるのだ。


 民族浄化を掲げ、大陸統一を企むハイエルフの国。

 異国からの侵略者に数多の魔王軍。

 今の腐った王国では到底、対抗できないだろう。


 故に、壊す。

 たとえ親殺し、兄殺しの業を背負うことになっても。



「いいよぉ~王子様~……その顔、すごく、いいよぉ~」



 って、人が悲壮な決意固めてるのに、なんなのこいつ?



「ちょ! 伝記師! ダメだって‼ 今、大事なところだから‼」

「いや、だからこそでしょ! 戦場ドキュメンタリーとして、今、山場なのよ‼」

「それでも空気読め‼」


 そう言って、録画用魔道具で撮影を続ける伝記師の襟首を勇者の一人が引っ張て行く。

 なんでも最近、前の伝記師の代わりに新たにパーティーに入れたそうだが……

 あの分じゃ、またなんかやらかすな。


「……とにかく、貴方たちはもう、終わりです。諦めて投降してください」

「ふ、ふざけるな! 儂はこの国の王だぞ‼」

「そうだ! そして私は次期国王だ‼ 我が新たなる婚約者と共に王国は新たな時代を迎えるのだ‼」

「婚約者……あの男爵令嬢のことですか? でしたら、これを見てください」


 そう言って、背後にいた伝記師に「例の映像を」と指示を出す。

 伝記師は「オッケー! VTR・キュー‼」と魔道具を使って映像を映し出した。




『ちゃお☆ 王子君、元気~?』

「なっ!? きょ、教皇!?」




 映像に映っていたのは、出奔したハズの教皇であった。

 どうやら、彼は船上にいるらしく、周囲には見渡す限りの海が広がっていた。


『ウエーイ! 王子君、見てる~? 今、キミの婚約者、すごいことになってまぁす‼』


 そう言ってダブルピースをしながら、ヘラヘラする教皇の背後には、変わり果てた男爵令嬢の姿が……


「そ、そんな……嘘だ……そんな……」


 あまりの変わり様に言葉を失う王子。

 かつて、自分に愛を囁いてくれた彼女はもういない。

 そこにいたのは……




(死ーん……)

「ウソだぁぁぁぁぁぁ‼」




 ――足を二本空中に放り出し、頭を甲板に突っ込まれ、パンツ丸出しの状態で痙攣している、所謂「犬〇家スタイル」となった男爵令嬢の姿だった。


「いや、なんてことしてんの?」


 あまりの惨さに、第二王子もツッコんだ。

 酷い、あまりにも酷い。

 にも関わらず、教皇は「めんごめんご」と軽いノリを崩さないでいた。


『いや~、俺ちゃんも最初は平和的にお話しようとしてたのよ? だけどさぁ、このアマ、チョーシこいてて? 裏で取引してた異大陸の工作部隊と密会してたから、これは現行犯だべって思って? ヤンチャしちゃったわけ☆』

「なるほど……情報通りと言う訳ですか……」


 そう言って、第二王子は頭痛を堪えながら、茫然とする兄に真実を告げる。


「い、異大陸の工作部隊……?」

「どうやら、なにも知らなかったようですね? あの娘は裏で異大陸と繋がり、国を荒らしまわっていたんですよ」


 公爵令嬢との婚約破棄がされた直後、第二王子は密かに公爵家と連携し、男爵令嬢の素性を密かに探っていたのだ。

 そうしたら、出るわ出るわ、埃の山。

 異大陸や敵対国家、一部の過激派魔王軍と通じて、国家転覆を謀っていた証拠が笑えるくらい出てきたのだ。

 さらに、異大陸の王子とも不倫関係にあった事実が確認された。

 これは最早、擁護できない。


 ちなみに彼女が船上にいた理由は、王子を見捨て、異大陸に逃げ込むためだ。

 だが、彼女の素性の怪しさに気づいた教皇は独自に、調査をしていたらしい。

 今朝がた、現場を押さえたと連絡が入り、現在に至る訳だ。


『ちなみに工作員のみんなは仲良く、ダイビングしてま~す☆ 休暇をエンジョイしてるネ☆』


 そう言う教皇の背後には、火の手が上がり沈没していく艦隊が見えた。

 ダイビングって言うかアレ……海の藻屑になってるよね?


『まっ、そう言う訳で、現場からは以上です☆ ばいびー』


 手を振りながら通信を切る教皇。

 自由すぎである。


 ……かくして、王子の心は崩壊した。


 信じていた者に道具扱いされ、捨てられ、トドメを刺されたらしい。

 呆然自失となりながら、涙を流すその姿は見ていて、哀れだった。


「……と言う訳です。兄上。そして、国王陛下。敵国と内通していた女の手玉に取られ、いいように操られたあなた達では、最早、この国は守れませんし、王としての価値もない。そう言う訳ですので、大人しく投降してください」


 今、投降すれば、命までは取られない筈だ。

 しかし、国王は諦めが悪かった。


「お、おのれ……‼ この売国奴め‼ 者共! 出会え! 出会えい‼」

『ハッ‼』


 国王の合図と共に、隠し通路から騎士たちが現れ、第二王子たちに襲い掛かる。


「王子! 危ない‼」

「いいよぉ~……実に危機的状況だよ~」

「お前、もう帰れよ‼」


 革命軍や第二王子派の兵士たちが騎士たちと戦う隙をつき、国王は隠し通路に逃げ込んだ。


「逃がすか‼」


 すかさず第二王子が後を追うとするが、それを見逃す騎士たちではない。

 あっという間に群がり、斬りかかってきた。だが――



「「破ぁ‼」」



 突如割って入った二つの影が、騎士たちをなぎ倒した。


「宰相! 大臣‼」

「お待たせして申し訳ございません‼」

「ここは我々に任せ、国王を捕えてください!」

「っ! すまない‼」


 二人の忠臣に言われ、第二王子は今度こそ、国王を追った。


「いいよぉ~……盛り上がって来たよぉ~」

「いや、お前もいくの!?」


 同時に、伝記師も王子を追って行った。


 残された二人の忠臣は互いに背中合わせになりながら、騎士たちと相まみえる。


「大臣、宰相と言えども、所詮は文官だ! 騎士団の意地を見せてやれ‼」

「ふん、言うな小童ども。だが知らないようだから教えてやる‼」

「ザマーサレル王国の文官は元々文武両道! 腐敗した今はそうではないが、かつて、私たちは戦場で、こう呼ばれていたのだよ……」


 刹那、二人の姿が消え、同時に二人の騎士が犠牲になった。

 宰相を相手にした騎士は鎧を紙のように引きちぎられ、大臣を倒そうとした騎士は巨大な二振りの大剣に切り裂かれた。


 ――かつて、二人はこう呼ばれていた。

 “大刃”と“砕掌”と――


「「稽古をつけてやろう。若造ども」」


 二人の古強者を前に、騎士たちに残されたのは「絶望」

 ただそれだけだった。




「追い詰めたぞ! 国王! 大人しくお縄につけ‼」

「いいよぉ~緊迫感出てるよぉ~‼」

「う、五月蠅い! 儂はまだ、諦める訳にはいかんのだ‼」


 しかし、ここは行き止まり。

 逃げ場はどこにもない。

 だが、それでも国王は諦めていなかった。


「くくく……この部屋がなにか知っているか? この部屋にはかつて、初代勇者たちに封印された伝説の魔獣が封印されているのだよ」

「な!? なんだって!?」

「いいよぉ~衝撃の事実だよぉ~」

「そして、我が王族に代々伝わるこの宝玉を、この窪みに嵌め込めば、封印は解かれ、魔獣は蘇る。そうすれば、貴様ら等恐れるに足らん‼」

「いいよぉ~お約束だよぉ~……盛り上がってキターーーーーー‼」

「「お前、五月蠅いんだけど!?」」


 さっきからウザい伝記師に、初めて親子の意見が一致した。

 ともかく、このまま放置しておいては、不味いことになる。

 なんとか止めようと、第二王子は国王に斬りかかった。

 だが、国王の方が一瞬、ほんのわずか、早かった。

 宝玉を窪みに嵌め込み、ゴゴゴゴゴと地響きをたてながら、扉は開かれてしまった。


「しまった‼」

「ははは! これでお終いだ! 行け! 魔獣よ! 奴らを皆殺しに――」




 しかし、国王がすべてを言い終える前に、“それ”は行動を起こしていた。


「あえ?」


 突如、扉の奥から伸ばされた触手が三人を捕縛しようとしたのだ。


「くっ‼」

「いいよぉ~! どんでん返しだよぉ~‼」


 間一髪、第二王子と伝記師は触手の魔の手から逃れる。

 しかし、国王は触手に囚われ、そのまま扉の奥に消えていった。そして……




「ぎゃああああああああああ!?」




 バリバリムシャムシャと言う、聞くに堪えない音と悲鳴が木霊した。



「ち、父上……?」

「ボケッとするな、死ぬぞ」


 呆気なく、死んだ国王に唖然とする第二王子。

 その時、空間が歪み二人の首根っこを掴んで引きずり込まれた。




「くっ……!? こ、ここは?」

「革命軍の本拠地だ。俺の空間転移でここまで連れてきた」


 第二王子が振り向くと、そこにはハイエルフの少年がいた。


「だ、初代賢者様!? なぜ、ここに!?」

「今代の教皇に手を貸すように言われてな。色々、裏で手を回したんだよ」


「あの若造、こき使いやがって……」と文句を言いながら、初代賢者は頭を掻く。

 どうやら、あの教皇にはまた一つ貸しが出来てしまったらしい。


「とりあえず、革命軍の連中はなんとか脱出させたが、他の連中まで手が回らなかった。あのバカ兄貴は諦めてくれ」


 見れば、先ほどまでいた王城が音を立てて崩れていくのが見える。

 たしかに、あの中にいたのでは助からないだろう。


「しかし、あの魔獣とはいったい……?」

「……俺にもよく分からん。だが、この世界にいてはいけない存在なのは確かだ」


 初代賢者曰く、あの怪物は初代魔王が呼び出した別次元の存在らしい。

 伝説では、初代勇者により倒されたとされていたが、実際は違う。

 さっきの国王と同じく、制御しきれず食われて死んだらしい。


「まったく、魔王と言い、今代の国王と言い、なんでアレを制御できると思ったんだ?」


 アレはそんなものではない。

 当時、戦った身だから分かる。アレは人間が倒せる存在ではない。

 犠牲なしで封印できたのが奇跡だった。

 故に、厳重に封印し、「絶対に封印を解くな」と言ったのに……


「もう、このまま帰ってもバチは当たらんよな?」

「いや、帰っちゃ駄目でしょ」

「だって、手に負えないもん」


 無理・限界・めんどくさいと匙を投げる初代賢者を慌てて引き留める。

 まぁ、初代賢者も半分ジョークで言っただけだったらしい。




 ちゃんと対策を打っていた。




「……まぁ、そう言う訳だ。昔ならいざ知らず、今の勇者と魔王ならアレを倒せるだろうが、まだ力が足らん。だから、力を貸してくれるか?」


 初代賢者は静かに、真剣な瞳で見据えながら尋ねる。

 視線の先にいた人物は、肩を震わせ、自信のなさを滲ませながらも、どうにか覚悟を決めたようだ。

 こくりと頷き、同じく強い決意を秘めた目で初代賢者を見据える。

 初代賢者は満足そうに頷き、自らの役目を果たしに再び、空間転移を行った。




「……頼んだぞ? 今代の神子よ」




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