【11】破滅の刻・その3



「どうしたんだ、みんな!? そんな血相を変えて!?」


 意気揚々と、革命軍を倒しに行ったはずのクラスメイト達がボロボロになって帰って来たのを見て、白い鎧を着たリーダー格の少年・異世界勇者は尋ねる。

 すると、一人の生徒は震えながら、呟いた。


「す、スライムだ……スライムの大群が俺たちを……」

「スライムだって? やれやれ、そんな相手に逃げ帰って来たのかい?」


 命からがらと言った感じで戻って来た生徒の報告を聞き、異世界勇者は呆れてしまった。

 他の生徒たちも「おい、スライム相手に逃げてきたんだとよ」「ダセェww」と嘲笑う。


 スライムなど雑魚モンスターだ。訓練で何回も殺してきただろうに。

 そう思って「やれやれ」とため息を吐く、異世界勇者。


 ――直後、彼は後悔した。


 ズドォン! と目の前に何かが落ちてきたのだ。

 地面を砕き、粉塵を立ち上らせるほどの衝撃に、身構える異世界勇者たち。

 やがて、粉塵が晴れてその“なにか”が姿を現した。


「ピギィ‼」

「へっ? す、スライム?」


 異世界勇者の言う通り、相手はスライムだった。

 おそらく、魔物使いに操られているのだろう。

 訓練で見慣れた、簡単に倒せる倒せる雑魚モンスターだ。

 しかし、クラスメイト達は異世界勇者に反論する。




 ……ただし、首から下がムッキムッキのバッキバキに鍛え上げられている。




「ピギィィィィィ‼」

「う、うわぁぁぁぁぁ‼」


 スーパーヒーロー着地の体勢で、咆哮を上げるスライム。

 一目見ただけで解った。どうやっても、勝てそうにない。ビジュアル的に。


「ひいいいいい‼ 化け物ぉぉぉぉぉ‼」


 その異様な姿は、歴戦の兵士も腰を抜かすほどだ。

 おまけにこいつが見た目通り、馬鹿強い。

 異世界勇者たちが我に返るよりも早く、間合いを詰めると拳一つで自分たちを殺りにきた。


「ちにゃ!?」「あべし!」「ひでぶ‼」


 哀れクラスメイト達は指一本で無慈悲に倒され、雑魚キャラのような悲鳴を上げている。

 彼らは知らない。目の前のスライムが、魔王軍を蹂躙した伝説のスライム『修羅威武(スライム)のスラ太郎』であることに。

 そして……


「ひ、怯むな! 相手は一匹だぁ! みんなで囲めば怖く……」

『ピギィィィィィ‼』

「増えたぁぁぁぁぁぁ‼」

「増え方、気持ち悪っ‼」


 スライムだから分裂するということを。

 腹筋のシックスパック部分からポコポコ分身を生み出すスラ太郎。

 ひどい絵面である。


「うわあああああああ‼」


 最早、新手の恐怖体験だった。

 極限まで鍛えられ上げた肉体を誇示しながら、スラ太郎たちは異世界勇者や王国兵士たちをただひたすら、己の肉体のみで叩きのめしていく。

 まさに「レベルを上げて、物理で殴る」スタイル。


「物理! 物理はすべてを解決する!」と言わんばかりに!

「キミが! 死ぬまで! 殴るのを止めない!」と!

 殴る! 殴る! 時に蹴る‼


 仲間を蹂躙するマッチョスライムに異世界勇者たちの士気は下がる一方だ。


「だったら、俺のマシンガンで蜂の巣にしてやる‼」


 そう言ったのは『創造』のスキルを手に入れた男子生徒だ。

 彼は自らのイメージした武器を具現化することができる。

 周囲にまだ、味方がいるのも構わず、手にした銃の引き金を引いた。


「死ねぇぇぇぇぇ!」


 ポフッ。


「ふぁっつ!?」


 だが、空しいかな。その銃が威力を発揮することはなかった。

 なぜなら、スラ太郎の前に割り込んだ男の“それ”により塞がれてしまったからだ。




「ふっ、流石俺の作ったパンだ」




 ……現れたのはパン屋だった。

 彼の焼いた出来立ての巨大な食パンが、全ての銃弾を優しく包み込んだのだ。

 なにせ焼き立てだ。ふかふかさがハンパない。

 銃弾は全て、その場にポトポトと落ちていく。


「いや、おかしいだろ!? なんで食パンなんかでマシンガンの銃弾が防げるんだよ!?」


 至極真っ当な意見である。するとパン屋は「ふっ、愚問だな」とニヒルに答えた。


「職人が丹精込めて作ったパンが、量産品の鉛玉に貫けるはずないだろ」


 狂気の極みな返答であった。


「お返しだ! こいつでも喰らってな‼ あんパンツァー‼」

「パァン!?」


 メジャーリーガー顔負けの剛速球で、あんパンを叩きつけられ“創造”の男子生徒は敗北したのだった。



 さらに、革命軍の快進撃は続く。




「馬鹿な‼ 僕の“魅了”スキルが通じないなんて‼」

「おあいにく様。私は花屋、普段から美しいものは見慣れているの。上っ面だけの美貌じゃ心を奪われないわ‼」

「そ、そんな……‼」

「貴方に食い物にされた女の子たちの無念、自分の体で味わいなさい‼ 花屋秘儀“ミント栽培”ッ‼」

「うわぁぁぁぁぁ‼ 僕の身体にミントがぁぁぁぁぁ‼」


 散々魅了チートで、女心を弄んだ男子生徒は、花屋の手によりミントの苗床にされ……


「どんな攻撃が来ても、俺の“絶対防御”は崩せないぜ‼」

「じゃあ、そのままでいいよ。文具屋奥義“のり”‼」

「うわあああああ! か、身体が固まるぅぅぅぅぅ‼」


 絶対防御を過信した兵士は、文具屋ののりにより固められ……


「ちっ! なら、俺の“強奪”のチートで……‼」

「させるか! エンチャント“弱点”‼」

『ダイちゃん、人のものを盗ったりしたらダメだって、ばあちゃんと約束したべ?』

「ば、ばあちゃん!? 死んだはずじゃ!?」


 付与術師のエンチャントにより、正確に弱点を突かれた“強奪”スキル持ちは、亡くなった祖母と対面するのであった。

 どうやら、おばあちゃん子だったらしい。


『ダイちゃん……高校に入って、色々大変なのは分かるけども、人様に迷惑だけはかけちゃいけんよ?』

「うぅ……ごめん、ばあちゃん……俺、俺……」

『よしよし、ばあちゃん分かっとるからな。ダイちゃんは、本当は優しい子だって』


 こうして、“強奪”スキル持ちは改心したのであった。


「うわぁぁぁぁぁ! 来るな! 来るな! 来るなぁぁぁぁ‼」


 最早、目の前の現実を受け入れられないと、様々な魔術を出たらめに放つ者もいたが、そう言った者への対策も万全である。


「ウホォォォォォッ‼」


 多種多様な魔術をすべて吸収し、一まとめにし、かき消したのは、森の賢者と言われたゴリラだった。

 ゴリラは器用なのだ。この程度、造作もない。


「そ、そんな! ぼくの魔術があああああああ!?」

「ウホッ!(貴様は魔術の真髄を知らなすぎる。俺の魔術でその性根を叩き直してやる!)」


 そう言って、ゴリラは素早く両手で印を汲むと、すぅっと息を吸い込んだ。そして――


「ウホォォォォォッ‼(火遁・五里炎上の術‼)」

「ぎゃあああああああ!?」


 ゴリラの放った火炎放射攻撃により、魔力チート持ちは敢え無く討ち取られたのだった。

 彼は思った。

 これ、賢者ちゃう、忍者やと……




「くそぉ! なんでだよ!? なんでこうなったんだよぉ!? チートスキルでやりたい放題出来た筈なのにぃ‼」




 召喚勇者たちは、一人、また一人と討ち取られていく中、形勢不利と見做し、逃亡する者もあらわれた。

 この不良の少年もその一人。彼もまた、召喚されたのをいいことに、様々な悪事に手を染めていた者の一人だった。

 人身売買に強盗、強姦と権力を盾にやりたい放題してきた故に、捕まれば罪人として裁かれてしまう。

 元の世界のように「未成年だから」と言う免罪符は絶対に通用しないだろう。


「ふざけんな! 異世界に来たんだ! 好き勝手に生きてやるんだ‼」


 異世界で思うままに力を振るい、理想の地位を手に入れる。

 漫画や小説のような展開を手に入れた筈なのに、この仕打ち。

 そんな現実を受け入れられず一人の男子生徒は、味方を見捨てて逃亡する。

 しかし、周りは戦火の渦。

 どこにも逃げ場などなかった。


 例えば上空では、ツインテールの老魔導士(男)が、その髪をプロペラ代わりにしながら頭上から魔術を放っている。



 さらに遠く離れたスラム街では、恐らく“魔獣使役”のスキル持ちが召喚したであろうヒュドラが、謎の家型怪獣やら巨大ゴーレム・合体ロボにリンチされている。


 背に腹は代えられないと投降する奴もいたが、どうやら、自分たちの罪状を把握できる者がいるらしい。

 見るからに優しそうな笑みを浮かべる聖女が、そうした連中を目にするなり、メイスで屠っている。怖い。



「くそ! なんとか革命軍から安全に逃げ出さねぇと……」



 故に逃げの一択だが、最早、無事に切り抜ける方法が思いつかなかった。

 すると……


「何をしているの!? 早くしなさい‼ 手遅れになるわよ‼」

「待ってよ! 母さん! 兄さんの大事な宝物を取りに行ってたんだ!」


 視線の先には一組の母子がいた。どうやら逃げ遅れたのだろう。

 それを見て不良はニタリと笑うと、手にしたナイフを持って母子たちに迫る。


「おい! お前! 人質になれ‼」

「きゃあ!」

「か、母さん! 母さんになにをするんだ‼」

「うるせぇ! ガキは引っ込んでろ‼」

「うわぁ‼」


 不良は、母親にナイフを突きつけ拘束。

 子供が母親を助けようとするも、抵抗空しく蹴飛ばされてしまう。

 それでも、必死に助けようと石を投げつけた。


「痛っ! テメェ……少し、痛い目に合いたいみたいだな!?」

「やめてください! その子に手を出さないで‼」


 石が額に当たり、不良は激昂。制止する母親を突き飛ばし、ナイフを構えて少年に斬りかかった。




「おっと、待ちな! その坊主から離れろ」

「!? だ、誰だ!?」




 まさか、革命軍か!? そう思って、母親を人質にしようとするも、声の主が投げつけたそれが、不良の凶行を阻んだ。

 投げられたのは、けん玉だった。


「いや、危ないな、オイ‼」

「ふん、テメェみたいなクソ野良犬野郎に道理を説かれる筋合いはねえな」


 そう言って、母親を庇うように立ちふさがる黒い影。

 すると今度は、少年に向かって、板状の何かを投げつけた。


「こいつを受け取れ‼」

「こ、これは兄さんの使っていた、メンコ決闘板‼」

「なにそれ!?」

「そいつを使え! お前なら、使える筈だ‼」


 明らかに世界観の違う設定が飛びだし動揺する不良を差し置き、声の主は少年に戦うように促した。


「む、無理だよ! だってこれ、メンコ力覚醒者用のメンコ決闘板(初心者から上級者まで愛用できる品。カスタマイズ可・税込み1980円)じゃないか……! 僕はメンコ力に目覚めてないから、非覚醒者用(所謂大人のお友達用。メンコ力内蔵済み・税込み19800円)じゃないと起動できない!」

「メンコ力ってなに!?」

「弱音を吐くな! それでもアイツの弟か!?」

「で、でも……」


 飛び交う謎の単語に混乱する不良を差し置き、少年を声の主は激励する。


「大丈夫だ! お前ならできる! あいつの弟だからじゃない! お前に力があるからだ‼」

「ッ‼ 分かったよ‼」


 声の主の熱意に応えるように少年は、メンコ決闘板を装着。そして、兄が遺したデッキを――否“魂”をセットする。


「うぉぉぉぉぉぉぉ‼」

「何事!?」


 瞬間、少年の内に眠るメンコ力が解き放たれた。




「――ッ!? 今のメンコ力は!?」




 それを惑星より遠く離れた地――月面でも感じ取るものがいた。

 少年の兄である。


「そうか、あいつ……‼ 遂に目覚めたか!」


 己の魂を継承した弟の覚醒を喜び、兄はメンコ力の奔流を感じ取るのだった。




「いくぞ! 僕のターン! 罠メンコ『キナ粉嵐』を発動! 敵の装備カードをすべて破壊する‼」

「へぁっ!?」


 その宣言の通り、突然砂嵐――否、きな粉嵐が吹き荒れ不良のナイフは粉々に砕け散り、衣服も破れ散った。


「うそぉ!? どうなってんだ!?」

「さらに、魔法メンコ『あふれ出すラムネ』を発動‼ このターン、相手は攻撃をすることができない‼」

「ぎゃあああああああ!?」


 さらに、少年の背後から超巨大ラムネが現れ、発射。

 それにより、不良は吹き飛ばされ、壁に激突した。


「トドメだ! ぼくは『すべてを貫く矛』と『すべてを防ぐ盾』を召喚‼ そして、この二つを融合させる‼」


 矛盾した存在を一つに融合させることで発生した、対消滅によるビッグバン。

 そこから、新たな理を創り、世界を切り開く騎士が生まれる‼


「現れろ! 理の破壊者! 『カタストロフ・ランスシールド・ナイト‼』」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

「うそおおおおおおおおお!?」


 突如現れた、白銀の騎士に唖然とする不良。

 慌てて「わ、悪かった、許してくれ‼」と降参するも、時既に遅し。


「いけぇ! KRN(カタストロフ・ランスシールド・ナイト)! プレイヤーにダイレクトアタック‼」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



 光と化した白銀の騎士の槍に貫かれ、不良は家屋の壁を5つほど破壊しながら吹き飛ばされ、叩きつけられた。


「やった……僕が、僕が倒したんだ……‼」

「ふっ、どうやら、新たなる種は芽吹いたようだな……」


 そう言って、声の主はその場を颯爽と後にする。


「あ、あの! 助けてくれて、ありがとうございます‼ お、お名前は!?」


 慌てて少年が呼び止める。声の主は一瞬、立ち止まるとただ一言、呟いた。


「ただの駄菓子屋さ……」


 そう言って、彼は駄菓子屋は、仲間の下に帰って行ったのだった。

 新たなる決闘者の誕生を祝いながら。




「やれやれ、仕方のない連中だ。俺の力で終わらせてやろう」


 戦いも最早、終盤となったころ、一人の少年勇者が姿を現した。

 彼は異世界から召喚された勇者の中でも最強と呼ばれる存在だった。

 不甲斐ない連中に呆れながら、彼はその力を解放する。


「やれやれ、革命軍と言っても烏合の衆だろうに、なにを手間取っているのか。仕方がない少し本気を出すか」


 スッ……と手を前にかざす最強の勇者。

 すると、光の粒子が徐々に手の平に集まり始め、やがて国を呑み込むほどの大きさにまで肥大化する。


「喰らえ、“裁きの――」

「はい、邪魔だよ」

「やれやれぇぇぇぇぇ!?」


 ……放とうとした瞬間、馬車に撥ねられた。

 光の玉は、制御を失い崩壊。再度、粒子となって、消え去った。


「よし、これで異世界の勇者と王国兵は倒し終えたな」

「今回もなにも出来ませんでした……せっかく賢者になれたのに……」

「まぁまぁ、オセロでもやろうよ」

「ヒヒィィィィィン‼(なんなら、人生ゲームはどうですか?)」

「お前馬じゃん」


 そう言って、走り去る馬車を尻目に、最強の勇者はぴくぴくと痙攣しながら「俺、なんか、やられちゃいました……」と呟き、力尽きたのであった。



 こうして、革命軍により異世界勇者たちは蹂躙され、全滅したのであった。

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