【7】魔王軍の侵略・その4


『………………』


 水晶に映し出された、目を疑うような光景。

 あろうことか、魔王軍自慢の精鋭たちが、一般市民相手に退けられ、挙句の果てに四天王まで、全滅する始末。


『よし! このまま一気にたたみかけるぞ! 営業奥義・セールスキックッ‼』

『うわああああああ‼』


 この流れを逃すまいと、一人の男(おそらくは営業マンだろう)が華麗な足技を魔族兵に叩き込んだ。

『営業は足でる』と言わんばかりに、連続蹴り・サマーソルト・レッグラリアットと、多種多様な足技が炸裂する‼


 それに続くかのように、一気に攻勢に出る城塞都市の住人達。


『くらえ‼ 床屋奥義・理髪天衝‼』

『ぎゃあああああああ‼』


 床屋のハサミから放たれた斬撃が、魔族兵の毛髪どころか全身を刈りつくす‼


『喫茶店奥義・ティーブレイク‼』

『ぐああああああああ‼』


 喫茶店のマスターの放つウォーターカッターと化した紅茶が放たれ、盾兵の防具を切断‼


『パティシエ奥義・デコレーションコーティング‼』

『か、身体が固まるぅぅぅぅぅ‼』


 別な戦場では、菓子職人によって魔族兵たちが色鮮やかにデコレーションされる‼


『風呂屋奥義・厳選かけ流し‼』

『熱ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ‼』


 風呂屋の力で沸き上がった源泉が襲い掛かる‼


『豆腐屋奥義・硬度一〇豆腐の角‼』

『痛いッ‼』


 最早、鈍器とかした豆腐による一撃が叩き込まれる‼


『大工奥義・集合大“怪獣”宅・イエガー召喚‼』

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオン‼』


 親方の号令の下、大工たちが作り上げた住宅が集結し、巨大な怪獣となって魔王軍を蹂躙する‼

 そして‼


『歯科医師奥義・虫歯削り→親知らず抜歯ッ‼』

『あの、先生、今日ちょっと調子悪ぅぅぅぅぅああああああああ‼』


 幹部たちのほとんどが、歯の検診を受け、地獄の苦しみを味合わされることになった。


『に、逃げろ! 退却だぁぁぁぁぁ‼』

『こんな連中、相手に出来るかぁぁぁぁぁ‼』


 市民の激しいにも程がある抵抗に、完全に形勢逆転された魔王軍は、瓦解。

 武器を放り出し、散り散りになった。


「……どうして、こうなった?」


 ボソリと、デスキラーは呟く。


 万全を期して臨んだはずの戦いだった。

 戦力差から言ってまず圧勝。城塞都市の人間は見せしめに皆殺しになるはずだった。

 なのに、どうしてこうなった……?


「……もぅ、やだ‼ 死にたい‼」

『魔王様!?』


 結果、魔王は不貞腐れた。

 なにもかも投げ出したくなったのだ。


「だって、こんなん予想出来る訳ないもん‼」

「ですが、落ち着いてください‼ 自分で始めたことでしょうが‼」

「うるさいうるさいうるさいうるさい‼」

「ちにゃん‼」


 しかし、魔王の尊厳も誇りも投げ捨てたデスキラーにそんな理屈は通用しない。

 ツッコミを入れた部下の一人は憐れ、デスキラー八つ当たりの餌食になった。


「くっ……! まぁ、いい……四天王などただのコマに過ぎない。そうだ! 我にはまだこの“闇の衣”がある!」


 そう言って、デスキラーは玉座に掛けてあった闇の衣を纏う。


【闇の衣】

 それは、魔王の中でも数名しか所持しない、伝説の防具。

 聖剣以外の攻撃を無効化する効果のある装備。魔王に相応しいこの衣さえあれば、いかに人間どもが力を得ようと関係ない。


「加えてあのパワーアップも一時的なものだろう……ならば、今は敢えて退いてやる。だが、覚えておれ、人間ども! 我が再び挙兵したときが貴様らの最後だと言うことを‼」


 そう言って高笑いする魔王。完全なる負け惜しみだった。

 思考パターンが一々、小物臭い。その場にいた全員がそう思った。

 だが、そんなデスキラーの浅い考えは、容易く破られた。


「大変です! 魔王様!」

「!? にゃ、にゃにごとだ!? 騒々しい!」


 玉座の間に飛び込んできた伝令兵に驚き、またもや声が裏返るデスキラー。

 しかし、慌てた様子の伝令兵は気にせず職務を全うする。


「魔王様の部屋から騎士団が出現‼ 現在、衛兵たちと交戦しながら、こちらに向かっております‼」

「」


 ――最早、声すら出なかった。




 何故、騎士団が魔王軍の、正確には魔王の部屋まで潜り込めたか。

 話は魔王軍侵略前日まで遡る。


「なぜだ、領主殿‼ 何故、我々の出撃を認めてくださらない‼」


 城塞都市を治める領主の館。

『魔王軍対策本部』と化した会議室に、机を乱暴に叩く音と、騎士団長の怒声が響く。


「落ち着いてくれ、騎士団長。何度でも言うが、キミたちは城塞都市へ攻め入る魔王軍とは戦わず、戦力を温存していてくれ」


 荒ぶる団長を宥め、しかし、冷静に領主は諭すように言った。

 それが団長には納得できない。


「我々、騎士団の役目は民を守ることだ‼ 今、戦わずしてなにが騎士だ‼」


 熱く、吠える団長。

 彼は知っていた。今朝がた、王都から来た伝令兵による国王からの命令を。


 内容はこうだ。


『全騎士団は、直ちに城塞都市より帰還し、王都防衛に務めよ』


 ふざけた話だ。反吐が出る。

 この城塞都市が落とされれば、魔王軍の侵略は勢いを増すだろう。

 にもかかわらず、この期に及んで、王族たちは自分たちの身を守ることしか頭になかった。


 悔しかった。民を守るために、騎士となったのに、その民を見捨てて生き延びることに。

 忠誠を誓った国が、どうしようもなく腐敗している現実に。

 そして、どれだけ反抗しようと、結局命令に従うしかない自分自身に……


 ここで命令を無視し、死力を尽くし戦う選択肢もある。

 自分一人ならやっていただろう。いや、恐らく部下たちも自分が残って戦う決断をすれば喜んで従うだろう。みんな、いい奴らばっかりだ。

 しかし、自分は責任のある立場だ。

 敗北すれば、死ぬ。仮に守り切ったとしても、今の王族は命令違反をした騎士団を許しはしない。

 戦果に関わらず『命令違反』で確実に処罰されるだろう。

 これではあまりにも報われないではないか。


 悔し涙を流す団長。

 しかし、領主はそんな彼の苦悩を知ってか、再び説得にかかった。


「大丈夫だ、騎士団長。こう考えればいい」




「“命令も民も両方守れっていいんだ”ってね」

「!? どういう意味ですか!?」


 ……割と斜め上な方法で。


 言っている意味を理解できない団長。

 すると領主は「こう言うことだよ」とパッチンと指を鳴らす。


「ヘイ! 市超カモン‼」

「ここに‼」


 するとどこからともなく、筋肉隆々の大男――市長改め市超が姿を現した。


「な!? 貴方は、市長なのか!?」


 突如現れた大男におののく団長。その顔は見慣れた市長のものだった。

 でも、自分の知っている市長は、もう少しだらしない体型だった気が……


「その姿は!?」

「ふっ、通信空手の賜物ですじゃ。今後は“市超”と呼んで下され」

「なるほど……日頃の努力が実を結んだんですね……」


 市超の説明で納得する団長。彼は若干、天然だった。

 まぁ、流石にこれでは部下も納得できないので詳しい経緯を領主の口から説明される。


「なるほど、初代神子様が……」

「あぁ、我々は試練の時を迎えているんだ。この試練を乗り越えるために、神子様は我々に力を授けてくださった」


 これならば、騎士団が不在でも、互角以上に魔王軍とも戦える。

 それは市超の変貌を見れば明らかだった。

 だが、それでも団長は納得できなかった。


「ですが、我々も騎士! 民を守るのが仕事です!」


 市民だけに戦わせる訳にはいかないと食い下がる団長。

 すると領主は「うん、分かってるよ」と頷いた。

 その上で提案をした。


「確かに、騎士団である君たちにもこの都市を守っていただく。しかし、王の命令に背くわけにはいかないだろう?」

「ですが……」

「ならば、王の命令に従いつつ、民も守ればいい」

「どういうことですか?」


 領主の言っている意味が分からず、混乱する団長。

 すると領主は衝撃の答えを口にした。



「なに、簡単なことさ。国王は『王都に帰還せよ』とは言ったが、どういうルートを通れとは言わなかった。その間、なにをしろともね。つまり……」




「魔王城を通って、魔王を討伐してから王都に戻っても問題ないということだよ」




 領主の提案はまさに、ぶっとんでいた。

 曰く「初代神子が力を与えるのは、善良な民衆だけではなく、民を守る騎士も該当するはず」

「今なら騎士団のみんなも勇者パーティークラスの力が引き出せているはず」

「ならば、その力を使えば魔王も倒せるはずだろう」


 そして、領主の推測は当たっていた。

 初代神子から力を与えられた騎士団の力は、一人で一個師団の力を有するようになった。

 が、それでも問題がある。


「しかし、魔王城にどうやって潜り込めばいいか……」


 地理的に城塞都市と魔王城は結構な距離がある。

 さらに警備が手薄になるとは言え、それでも忍び込むのは困難だろうし、正面突破も犠牲が出るだろう。

 だが、領主はその辺りも対策済みだった。


「彼の力を借りるといい」

「!? 彼は……」


 領主が紹介したのは一人のナイスミドルな紳士だった。

 気品あふれる紳士は優雅な仕草で、名乗った。


「どうも、宿屋です」


 男は宿屋だった。


「私に宿りし力を持ってすれば、魔王城に侵入するなど容易いでしょう」

「なるほど……宿屋にとってあらゆる部屋は、自身の手入れをすべき部屋と同義ということですか」

「そう言うことです」


 宿屋の説明に団長は理解した。

 団長は呑み込みの早い方だった。


「……と、言う訳です。団長、この作戦ならば王都への義理も立つでしょう」

「しかし、部下がなんと言うか……」


 そう言って戸惑いながら、部下の方に視線を向ける団長。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わった。


「やってやりましょう! 団長‼」

「魔王軍の連中に目に物見せてやりましょう!」

「なんなら、王都の連中にもほえ面掻かせてやりましょうよ‼」

「魔王退治、勇者みたいじゃないですか‼」

「ここで退いたら、騎士が廃ります‼」


 みんな心は一つだった。


「お前たち……」

「いい部下をもったね。団長」

「っ! はい‼」


 こうして、騎士団は領主の作戦の下、魔王討伐に乗り出した。

 流石に、全員は連れていけないので大部分は残り、精鋭部隊での奇襲となる。


「魔王は私が倒す。異論はないな!?」

『はい‼』

「では、みんな……勝つぞ‼」

『応ッ‼』


 団長の号令の下、一致団結する騎士団。


「ふふふ……明日はお楽しみですね?」


 そんな彼らの様子を遠くで見つめながら、宿屋は不敵な笑みを浮かべるのだった。




 そして、現在――


「敵は魔王城にありっ‼」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼』


 宿屋の力で魔王の寝室に転移した騎士団はそのまま、魔王の部屋を踏み荒らしながら、玉座の間へと突き進んだ。


「やれやれ、では私は皆さんが帰ってくるまでベッドメイキングでもしておきますか……」


 勇敢な彼らの背を見送り、宿屋は後始末を始める。




 とりあえず、ベッドの下のエロ本は机に積んでおいた。

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