【6】魔王軍の侵略・その3


 城塞都市上空。

 そこでは、常闇の支配者たるヴァンパイア・ロードが苦戦を強いられていた。


「おのれ……! 下等生物の分際で我と互角に戦うとは‼」


 超高速で飛行するヴァンパア・ロードの額を一筋の汗が流れる。

 背後を見れば“奴”は既に、目と鼻の先。


 ありえない。まさか、自分が空中戦で遅れをとるなどと……!


(奴はいったい何者なのだ!?)


 本来なら、一方的な蹂躙になるはずだった。

 神子の不在の今、貴族の腐敗により形骸化した騎士団など恐れるに足らないはずだった。

 しかし、往生際悪く、人間どもは未だに抵抗を続け、あろうことか反撃に打って出た。


(……とにかく、奴から距離を取らなければ!)


 人間風情に後れをとるつもりはないが、厄介なのは変わらない。

 ヴァンパイア・ロードは魔力の出力をさらに上げ、加速する。




「ごめんください。お手紙です」

「!?」




 しかし、それを見透かすかのように“奴”は――配達人は現れた。


「お受け取りください!」

「ぐああああああ!?」


 配達人の放った、数多のお手紙が、ヴァンパイア・ロードを切り刻む。

 その一通一通には、聖の気が込められており、闇の者には効果倍増。

 さらに、そのままお手紙は各郵便ポストへIN。

 まったく無駄のない攻撃である。


「お、おのれぇ……‼ なぜ、貴様のようなただの人間が聖の気が使えるのだっ!?」


 弱点たる聖属性の攻撃を受け、息も絶え絶えなヴァンパイア・ロード。

 彼の言う通り、聖なる気は熟練の僧侶や聖女などしか使えない筈。

 しかし、配達人は「やれやれ、そんなことも分からないのか?」と言うような呆れた態度で応える。


「簡単ですよ。手書きのお手紙一通一通には、気持ちが込められているんです。私はそれを強化したにすぎません。私の仕事への情熱でね‼」


 そう、彼の仕事への誇りと情熱、それが初代神子の与えた力により引き出され、本来ならば不可能なことを可能にしたのだ!


「ちなみに、私が空中を自在に動けるのも同じことです。配達人たるもの、雨の日も雪の日も手紙を配達するのが職務。初代神子様の力により潜在能力を引き出された私は、水上でも空中でも自在に走れるようになったのです!」


 よく見れば、空に浮かぶ配達人は、両足を目にも止まらぬ速さで交互に動かし、ホバリングしている。

 そんなあり得ないことを現実に変えるのが、初代神子の力なのだ。


「さぁ、おしゃべりはお終いです! 一気に勝負をつけさせていただきます‼ “速・達”‼」


 叫ぶ配達人のバッグから明らかに容量を無視した数のお手紙が飛び出す。

 それらは、空中を舞いながら、渦を作り始めヴァンパイア・ロードに襲い掛かった。


「ギャアアアアアアアアアアア!?」


 無数のお手紙の嵐に切り刻まれるヴァンパイア・ロード。

 当然、お手紙は配達先の郵便ポストにINッ‼

 まったくもって無駄がない。

 だが……




「私を舐めるなぁぁぁぁぁ‼」

「なにぃ!?」




 ヴァンパイア・ロードは意地を見せた。

 防御を捨て、お手紙に切り刻まれながら、配達人のところまで肉薄。

 そして、残るすべての魔力を込めて、禁断の術を放った。


「死ねぃ! 【禁術・嘆きの太陽】ッ‼」


 かつて、初代魔王が大陸を焼き尽くしたとされる、魔族に伝わる禁断の術。

 流石に、大陸全土とまで言わないが、この城塞都市程度なら簡単に焦土と変えることができるだろう。

 当然、自分もただでは済まないだろうが、そんなのはどうでもいい。

 自分をコケにした人間どもを皆殺しにできるのならば。


「ぎゃはははははは! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」


 ヴァンパイア・ロードのけたたましい笑い声と共に、漆黒の火球が城塞都市に落とされた……




「メェ~」

「!?」




 しかし、ヴァンパイア・ロードの思惑は果たされることはなかった。

 渾身の力で放った【嘆きの太陽】

 それを防いだのは、配達人の背後から現れた一頭の黒山羊だった。

 黒山羊は【嘆きの太陽】をまるで、紙でも食べるように、むしゃむしゃと喰らい尽くしたのだ!


「ば、馬鹿な……【嘆きの太陽】を喰らい尽くした!?」

「かかりましたな……これぞ、我が召喚獣【黒夜鬼ヤギ】さんッ! なんでも食べる食いしん坊‼ 彼が来てからウチはシュレッダーいらずです‼」


※現実の山羊に紙を与えてはいけません。腹痛をおこします。


「そして、もう一頭の召喚獣【白夜鬼ヤギ】さんは、彼のフォローを買って出るお利口さんです」

「メェ~」


 すると、配達人の背後からまた別の山羊が現れた。

 山羊はカパっと口を開くと、なんと口内からキュイイイイインッ‼ と青白い閃光が溢れ始め……


「食らいなさい……【白夜鬼】さんの奥義【破滅の奔流】を……ッ‼」

「や、山羊ごときにいいいいいいいいいいッ‼」


 白夜鬼の放った、聖なる気の奔流。

 最初、ヴァンパイア・ロードは残った魔力で必死に抵抗するも、焼け石に水。

 輝きの中に飲み込まれ、やがて蒸発したのだった。


「ここは、もう大丈夫でしょう。さぁ、次の配達先へ向かわなければ……!」


 そう言って、帽子を被り直し、配達人は走り去るのであった。




 上空での激闘を配達人が制したのと、ほぼ同時刻。


 地上ではもう一つの戦いに幕が下りた。

 魔王軍の四天王にして、数多の外法を身に着けた魔術師、エルダーリッチ。

 闇の魔術や呪われし秘術を操る、不死の魔術師である彼は今、相手に一切の傷をつけることも出来ず、この世から消滅しようとしていた。


「馬鹿な、我が魔術が……破られるなど……」

「やれやれ、キミは愚かだな。どんなに強力な魔術を使おうと、止まった時間の中では発動できない。当然じゃないか」


 目の前にいる眼鏡の小太りの男は、エルダーリッチに呆れながら、淡々と事実を告げる。

 だが、その事実はエルダーリッチを驚愕させるには充分であった。


「馬鹿な……時間停止だと……!? そんな超・高等魔術を使えると言うのか……!?」


 不死の存在になり、外法に手を染めてまで、魔術を極めた自身が到達できなかった極地。

 それに、この男は到達したというのか!?


「貴様! 一体、何者だぁぁぁぁぁ!?」


 あり得ない、あってはいけない現実を受け入れられず、半狂乱になるエルダーリッチ。

 対して男はクイッと眼鏡を直し、名乗る。


「ただのひきこもりさ……」


 その事実に打ちのめされ、エルダーリッチは絶望と共に消滅した。


 ひきこもりは、常に時間を浪費する存在。同時に止まった時の中で生きる孤独な存在でもある。

 故に時間を操る能力を手に入れたのは、必然であった。


「だが、この力ももうじき、消える……」


 ひきこもりは部屋から外に出た時点で、ひきこもりではなくなる。

 それは止まった時間を進めることに他ならないのだ。


「だけど、後悔はしないさ……」


 なぜなら前に進む勇気を得たから。

 学校ではいじめられ、好きな女の子はチャラ男に寝取られ、就職先はブラック企業。

 そんな人生に疲れ、ひきこもったのは仕方のなかったことだろう。

 だが、住んでいる街が襲撃され、否応なしに外の世界に出ざるを得なくなった。

 そんな中で、今まで迷惑をかけ続けた自分を本気で心配し、命をかけて魔王軍の兵士から守ってくれた両親の姿を見た時、彼は力を欲した。


「ありがとう……初代神子様……俺、今日から頑張ってみるよ……」


 力を授けてくれた初代神子に礼を言う。

 大丈夫。魔王軍と戦うなど、明日からの就職活動に比べれば、楽勝だろう。


「ちゃんと生きて帰って、親孝行しないとな」


 そう言ってひきこもりだった青年は、次なる戦場へと向かったのだった。




 さらに同時刻、城塞都市中央では、二人の漢と四天王最強のダークドラゴンとの戦いに決着がつけられようとしていた。


「市超! 同時にいくぞ‼」

「応! 町超‼ これが最後の一撃だ‼」

「ガオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」


 ダークドラゴンの放った熱線に、二人の漢――城塞都市の市“超”と町“超”が突撃する。

 彼らから放たれる気が激突し、熱線とせめぎ合う。

 しかし、所詮は先ほどまで、一般人だった人間と竜では地力が違い過ぎる。

 案の定、徐々に拮抗が崩れ、押し返されつつある。


「くっ! このままでは――!」

「諦めるな! まだだ! 力を振り絞るんだ!」


 弱気になる町超を叱咤する市超。

 しかし、そんな彼らをあざ笑うように、熱線の勢いは増していく。

 そして、遂に二人を飲み込もうとしたその時だった。



『諦めるな‼』

「「‼ この声は‼」」



 突如、聞こえた懐かしき声。同時に、巨大な光が市超と町超に向かってきた。


「お前は!」

「村超‼」


 そう、それは紛れもない村超の姿であった。

 正確には村超の姿をした“オーラ”である。

 しかし、それは彼らにとっては些細な問題であった。


「そうか……お前も戦っているのだな村超!」

「お前の力があれば、百人力だ‼」


 そんな二人に黙って頷く村超の氣。

 遠い地で戦う仲間の援護を受けた二人は、力を振り絞り、ダークドラゴンの熱線を押し返していく!


「いくぞ、二人ともぉぉぉぉぉ‼」

「応よ! 市超ぉぉぉぉぉぉぉ‼」

「ガアアアアアアアアアアアア!?」


 遂に三人の闘気が競り勝ち、ダークドラゴンは押し戻された熱線をまともに喰らう羽目になった。

 なんとか、態勢を戻し、再度熱線を放とうとするも、地上には既に二人の姿はなかった。


「喰らえ! ダークドラゴン‼」

「我らが三位一体の力、受けてみよ!」

「!?」


 自身の遥か頭上から聞こえた声に気づくも、時既に遅し。

 相手は既に技の準備を完成させていた。


「いけええええええええ‼」


 村超の闘気が町超と市超を打ち出し――


「お前に託したッ‼」


 さらに町超が市超を蹴り飛ばすことで、加速!

 一気に懐に飛び込んだ市超は腕を十字に交差させ、きりもみ回転しながらダークドラゴンに激突した。


「喰らえ! 城塞都市流秘奥義“ちょうそん”‼」


 刻まれし十字の刻印。

 弾丸となった市超はダークドラゴンを突き破り、着地。

 三位一体の渾身の一撃を喰らったダークドラゴンは最早、飛行もままならず、そのまま地面に叩きつけられた。


「やったな、市超……」

「あぁ……そうだな……‼」


 満身創痍となりながらも、もぎ取った勝利。

 町超と市超空を仰ぎ、遠い大地で戦う戦友へと想いを馳せるのであった。



 魔王軍最大戦力である、四天王の敗北。

 これにより、魔王軍は序盤の勢いを失い、撤退。

 城塞都市は壊滅の危機を脱したのであった。


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