【4】魔王軍の侵略・その1

 人間と魔族。二つの種族の生存圏の中心に存在する城塞都市。

 そこは現在、魔王軍の猛攻に晒されていた。


「うわぁぁぁぁぁ! 魔王軍だぁぁぁぁぁ‼」

「このままじゃ、押し切られる‼」

「ダメだ……お終いだ……」

「みんな! ここは俺に任せて撤退しろ‼ 無駄死にするな‼」

「隊長ぉぉぉぉぉ‼」


 至るところで上がる悲鳴、怒声、絶叫。

 その多くが、王国の騎士のものであった。


 王国の防衛を担っていた神子が追放されたことを聞きつけた“鮮血の魔王”の配下たちは、“漆黒の魔王”を始めとする他の魔王を出し抜くべく、すぐさま侵略を開始した。

 奇襲を受けた国はことごとく滅ぼされ、その魔の手はザマーサレルまで届き現在に至る。


「みんな! なんとしてでも、この都市だけは守るんだ! ここを突破されたら、もうこの国は終わりだ‼」


 そう言って、城塞都市の防衛戦を指揮する将軍が劇を飛ばす。

 しかし、魔王軍の勢いは収まることをしらず、城門は突破されてしまい、最早街は地獄絵図と化していた。


 その様子を魔王城にて、遠見の魔術水晶越しに、まるで喜劇でも眺めるように見ている者がいた。


 “漆黒の魔王”と共に恐れられる“鮮血の魔王”デスキラーである。


(注:ちなみに『デスキラー』と言う名前は、現代日本だと『光宙ピ〇チュウ』『大天使ミカエル』みたいな名前に当たる。所謂キラキラネームである)


「くくく……感じるぞ。人間どもの嘆き、悲しみ、苦しみ……それらの負の感情が我が力となるのだ……」


 人間たちの無駄な抵抗を眺め、愉悦に浸る魔王・デスキラー。

 久方ぶりに上機嫌となった主君に、側近たちもホッと胸をなでおろす。


 なんせ、最近は頭角を現してきた“漆黒の魔王”に魔王の代表格みたいな顔をされ、フラストレーションが溜まっていたからだ。

 新入りに痛い目見せようと、戦争を吹っ掛けるも惨敗。

 逆に領地も、名声も、ついでに有能な部下も奪われる始末。

 故に、今回の神子追放はデスキラーにとって、天啓ともいえたのだ。


「漆黒の魔王は今、勇者への対応で余裕がない。この隙に手薄となった人類を滅ぼせば、我も魔王としての箔がつくというものだ……まさに、名誉返上・汚名挽回のチャンスなのだ。貴様らもそう思うだろう?」

「は、はい!」


 デスキラーの言葉に側近たちは敬礼して返す。

 実際は名誉挽回・汚名返上が正しい。だが、指摘すれば、この残虐な魔王は間違いを認めず、意見した忠臣の首を撥ねるだろう。

 この辺りが漆黒の魔王に負けてる所以なのだが、本人は気づいてない。


(あ~あ、俺も漆黒の魔王のところに転職してぇなぁ……)

(実は俺、内定貰ってるんだ。来月から働けないかって?)

(えー、なにお前、転職してんだよぉ。ズリィよ、お前ー)


 周囲を囲む兵士たちも、そんな会話をしてるくらいに、人望はない。

 って言うか、俺も転職したい。


(しかし、この戦いに勝利すれば、我ら鮮血の魔王軍は他の魔王よりも抜きんでることになる……)


 初代魔王が初代勇者に討たれ、群雄割拠となった魔族の領域。

 それも、勢力の拡大をしてきた漆黒の魔王の台頭により、徐々に平定し、最早自分たちも統合されるのは時間の問題とされていた。

 だが、初代魔王の悲願を達成すれば、自分たちが魔族領の、強いてはこの大陸の覇者となるだろう。


「くくく……今に見ておれ、漆黒の。大陸を手中に収めるのは我だ‼」


 意気揚々としたテンションで、勝利宣言をするデスキラー。




 ……だが、そうは問屋が卸さない。




「で、伝令! 大変です! 魔王様‼」

「にゃ、何事だ、騒々しい‼」


 伝令兵が勢いよく扉を開け、転がるように入ってくる。

 突然、大きい音を立てた所為で、一瞬ビクッとなり、変な声が出たデスキラー。

 だが、すぐに威厳を取り戻し、要件を尋ねる。

 まさか、噂に聞く、異世界の勇者が援軍に来たのか?

 それとも、あの邪竜殺しの勇者・アレックスが現れたのか?

 内心、ガクブル状態で報告を聞く。


「は! 実は王国軍が遂に、民兵を徴集し義勇軍を結成したのですが……」

「なんだ、そんなこと、一々、我の耳に入れることでもないわ」


 下等な人類、それも戦いとは無縁の民兵をかき集めたところで、正規の訓練を受けた魔王軍に勝てるわけがないだろう。

 四天王も全員参戦させてるし。


 しかし、彼の報告で、魔王の余裕は崩壊する。


「四天王全員、苦戦してます」

「ふぁっ!?」


 がぼーんと、顎を外さんばかりのリアクションで、驚愕する魔王。




 伝令兵の報告によれば、現在、王国では初代神子を名乗る存在により、なんの力もないはずの一般市民が突如、強力な力に目覚める現象が各地で起こっていると言う。

 そして、それは城塞都市でも起こっていた。






「うぉぉぉぉぉ‼ 行くぞ肉屋ぁぁぁぁぁ‼」

「応よ! 八百屋ぁぁぁぁぁぁ‼」


 手にした獲物を振り回し、魔王軍の前線部隊と戦うのは、八百屋と肉屋の店長であった。

 彼らの巧みなコンビネーションにより、兵士たちはまるでゴミのように蹴散らされていく。


「カルビ‼」

「ニンジン‼」

「ロース‼」

「セロリ‼」

「バラ‼」

「ジャガイモ‼」

「赤身‼」

「レンコン‼」

「フィレ‼」

「トメェイトゥオォォォォォ‼」

「ぐあああああ!?」


 肉、野菜、肉、野菜、肉、野菜の掛け声のローテーションによる連撃を喰らい、ボスクラスの魔族はさばき切れず、沈黙する。


「おのれ! たかだか、民間人になにを手こずっておる‼」


 そう言って、四天王の一人・オーガキングが八百屋と肉屋に斬りかかった。


「ぬりゃあああああ‼」


 勢いよく大剣を振り下ろすオーガキング。

 彼の獲物であるブラッドソードは戦場で数多の生き血を吸ってきた最強ランクの魔剣である。

 それに彼自身の剛腕が合わされば、大地をも切り裂くと言われている。



「ッ!?」



 ――その一撃を止めた者がいた。


「ふっ、間に合ってよかったぜ……」

「お、お前は‼」

「悪いな、ちょいと遅れちまったぜ」


 死を覚悟した八百屋と肉屋を救ったフードの人物は、ばつが悪そうに笑う。

 しかし、そこには一分の隙もない。

 オーガキングはすぐさま“ヤツ”の射程圏から離れると、油断なく魔剣を構えた。


「まさか、我が魔剣を“そのようなもの”で止めるとはな……‼ 貴様、何者だ!?」


 名も知れぬ強者を前に、高揚を隠せないオーガキング。

 一体、この漢はどのような修羅場を潜り抜けてきたのか、皆目見当もつかない。

 だが、分かることは、とてつもない手練れだと言うことだ。

 なにせ、常識では考えられない武器で、己の一撃を止めたのだから。


 オーガキングは生まれて初めて、魔王に感謝した。

 四天王と言う地位を与えながらも、仕事は圧倒的な格下の兵士や無抵抗の民を斬捨てることか、姦計に嵌められた誇り高き同僚の始末。

 とても、武人と名高いオーガが誇れるものではなかった。

 今回も、そんな仕事だと思っていたのだが――


「名乗れ、貴様、いったい何者だ?」


 静かに剣を構え、尋ねる。

 相手もそれに応え、フードを脱ぎ捨て、名乗りを上げる。


 フードの下に隠された姿。

「魚」の一文字が書かれたエプロンに、滑り止めのついた長靴。

 背には『大漁』の文字を背負い、頭には鉢巻を巻いたその者は――


「この街の魚屋、マサとは俺のことだ‼」


 そう、魚屋であった。


『いや、なんで?』


 魔王城でその光景を見ていた、デスキラーは思わずツッコンだ。

 そりゃそうだ。

 だって場違いだもん。

 魔王軍と戦う人じゃないもん。


 しかし、オーガキングはシリアスな空気を壊すことなく話を続ける。


「ほう、なるほど……ならば、俺の一撃を防いだと事にも頷ける」


 その視線はマサの持つ武器に注がれていた。

 自身の攻撃を防いだ“ソレ”――カツオはブラッドソードで斬られたにも関わらず、生きがよくビチビチと跳ねている。


「そのカツオ……『天然』だな?」

「あぁ、養殖だったら危なかったぜ」

『どういうこと!?』

「ふ、それだけではないだろう?」

「あぁ! カツオは“魚”に“堅”と書くからなぁ‼」

『だから!?』


 なに、真剣な表情でアホなこと言ってんの?

 って言うか、天然だったら魔剣の一撃防げるものなの!?

 常軌を逸した会話に、カリスマを崩壊させながらツッコむデスキラー。

 そんな上司の通信など、耳に入っていないのか、オーガキングは真剣な表情でマサと対峙する。


(魚屋にあるまじき闘気……初代神子の加護もあるだろうが、この漢の“地元愛”も半端なものではないのだろう……)


 恐らく、初代神子の加護と言うのは『勇気』をトリガーにし『愛』を『力』に変換し、能力を覚醒させる高等スキルなのだろう。

 言葉にすれば、かなり陳腐な、それも英雄譚で使いまわされたような。

 しかし、対峙して分かる。

 それがどれほどの脅威となるのか。


(だが俺も腐ってもオーガキング‼ 俺にも誇りがある‼)

 ――ならば、こちらも本気で応えよう。


 ――これ以上の言葉はいらない。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」


 オーガキングはブラッドソードを大上段に構え、力任せに振り下ろす‼


「魚ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ‼」


 マサは、両の足を地面にめり込ませながら、その一撃を真正面から受け止めるッ‼

 二人の漢の戦いが幕を開けたのだった‼


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