【3】燃える村・その3


「くっ……ここまでか……」


 腹部の傷を抑え、膝をつく村超。

 周りにはクリムゾンベアをはじめとする魔物の骸が転がり、血だまりが転々としている。

 通信空手と神子の加護があったとはいえ、一般人の自分でも、よくやったと思うくらいだ。

 だが、それもそこまで。


 村超の地の匂いに惹かれ、新たな魔物が集まってきた。

 その中の一体――恐らくは縄張り争いに負けた、ダンジョンのフロアボスだろう。

 巨大な大蛇を思わせる魔物・ワームの襲来である。


「まさか、ここまでの大物が現れるとは……‼」


 巨像を見上げる蟻は、このような心境なのだろう。

 勝てるビジョンがまったく湧かなかった。


「されど、ここで引くわけにはいかん……‼」


 村を、民を守るため、命を賭して戦う漢の中に「後退」の二文字はない。

 例え、わが身が滅ぼうと、護りたいものがある。

 村超は残る力を振り絞り、拳を構えた。


『村超ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ‼』

「!?」


 その時、奇跡は起きた。


「村超! 助けに来たぜぇぇぇぇぇ‼」

「キシャアアアアアアアアアアアッ!?」


 巨大なワームを殴り飛ばした者の正体。

 それは、村一番のお調子者・ライアンだった。

 いや、ライアンだけではない。

 ジョン・リタ・ゴンザレスにキールまで。

 各々、村超を囲うように、円陣を組み、武器を構え、魔物と対峙する。


「な、お前たち!? なぜ、ここに!?」

「ふっ、水臭いぜ村超‼ こんな祭りに俺を呼ばないなんてよ‼」

「いい年して、はしゃぎすぎなのよ! 年寄りの冷や水って知らないの!?」

「村超! ここは僕らの村だよ‼ 僕らも戦うよ‼」

「……こんな時こそ、俺のバカ力が役に立つ」

「そもそも、一人で撤退までの時間を稼ぐなんて無謀なんですよ。同じ無謀なら、人数が多い方が生存率も上がります」


 そう言って、口々に憎まれ口を叩く五人の若者たち。

 彼らは己が獲物を持って、集まってくる魔物たちを迎撃する。


 軽口を叩きながらノリノリで魔物たちを刺し殺すライアン。

 椅子とおさげを振り回すリタ。

「ここは辺境の村だよ。そして、お前らの墓場だよ」と言いながら看板で叩きのめすジョン。

 初代神子の加護により、力だけでなく“技”にも目覚めたゴンザレス。

 そして、その頭脳で適確な指示を出すキール。


 しかし、それでも魔物たちの数は減ったように見えない。

 さらに、最悪なことに先ほどの一撃で横たわっていたワームが、戦線に復帰。

 ライアンと背中合わせに戦う村超を食い殺そうと、襲い掛かる。


 だが、その絶体絶命の危機にまたしても、仲間が駆けつけた。


「「「破ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」」」

「だから屋根壊すなぁぁぁぁぁぁ‼」

「!? ギャァァァァァァァァァァァ!?」


 教会の屋根を突き破り、神父の悲鳴を背に戦場に舞い降りた三つの人影。

 一つはワームの頭部を切断し、一つはワームの胴体を炎で焼き尽くし、最後の一つは臀部を叩き飛ばした。


「なっ!? お主らは‼」


 村超の目が見開く。そう。そこに現れたのは……


「へっ、酔い覚ましにはちょうどいいぜ」

「飲んだくれのおっさん‼」

「ふん、この程度に手こずりおって」

「村はずれの井戸に住んでる物知りじいさん‼」

「村超たちがピンチだって噂を聞いてね。間に合って良かったわ」

「噂好きのおばちゃん‼」


 そう、村の有名人三人衆であった。

 飲んだくれのおっさんは、業物と思わしき大剣を担ぎ、物知りじいさんは仕込み杖を構え、おばちゃんは布団叩きを弄びながら、村超の傍らに降り立った。


「まさか、お主らまで……‼」

「へっ、これを切り抜けたら一杯奢れよ?」

「まだまだワシも若い者には負けんわい」

「それより村超、聞いた? 援軍は私たちだけじゃないって話」


 おばちゃんの耳寄りな話と同時に、教会から無数の輝きが屋根を突き破り、村長の下へと集う。


『破ぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』

「もう屋根なんか知るかぁぁぁぁぁぁ‼」


 最早、開き直った神父も含めた者たちが魔物の群れに突っ込み、着地の衝撃で吹き飛ばす。


「村超! 俺たちも戦うぜ‼」

「ここで黙っていたら、かっこ悪すぎだろ‼」

「私たちも戦えるわ‼」

「怪我がなんだ! 俺たちも戦うんだ!」

「民間の人たちに無理はさせられねぇ‼」

「俺たち自警団はこう言う時に踏ん張るのが仕事だ!」

「雑貨屋の本気見せてやるぜ!」

「ふん! 木こりの底力を甘く見るなよ!?」

「宿屋の真髄、お見せしましょう‼」

「屋根の仇! 取らせてもらう‼」


 初代神子より与えられし、その力を身に纏い、一人、また一人と戦線に加わる村人たち。

 彼らの参戦により、形勢は一気に村人側に傾いた。


「リタちゃん! ここでいいとこ見せたら、酒場のツケ、チャラにしてくれよ!?」

「寝言は寝て言いなさい! 言っておくけど、死んで踏み倒すような真似させないからね‼」

「おっと、そいつは厳しいねぇ‼」


 減らず口を叩くのんだくれとリタがブラックウルフの大群を蹴散らし、


「キールよ! 分かっておるな!?」

「囲師必闕の計ですね? 心得ました‼」


 キールとものしり爺さんが敵を効果的に倒す策略を下し、


「私に奇襲をかけようなんて100年早いのよ‼」


 村中の噂話を聞き逃さない『おばちゃんイヤー』

 旦那のヘソクリや息子のエロ本を見つけ出す『おばちゃんアイ』

 そして、普段の家事育児で鍛え上げられた体術『おばちゃんアーツ』など、もてる全てを駆使し、クリムゾンベアの大群を次々に屠るおばちゃん。


 彼らの奮闘により、魔物たちの進行は抑えられつつある。

 そして、村超もまた、その姿に心を震わせた。

 愛する村人たちの雄姿を目に焼き付け、村超は奮起する!


「ふふ……ワシも、こんな無様の姿を晒しては置けぬな‼ いくぞぉぉぉぉぉぉ‼」

『応ッ‼』


 気力を取り戻した村超の号令の下、荒ぶる村人たちの反撃に魔物たちは次々に屠られる。

 だが、彼らの抵抗をあざ笑うかのように、最大の災厄が姿を現した。


「村超! あれを‼」

「な、なんじゃとぉ!?」


 ライアンの指さす方向には、先ほどよりも巨大なワームが、徒党を組んでこちらに向かってくる姿であった。


「くっ! 先ほどの奴は斥候だったのか!?」

「おいおい、何食べたら、あんなにデカくなるんだよ?」


 軽口を叩くライアンもこれには冷や汗をかく。

 一体でも苦戦したワームが、あんなにも出現したのだ。

 無理もない。

 しかし、ここで退く訳にはいかない。

 まだ、自分たちの後ろには、護るべき村民たちがいるのだ。

 ならば、やることは一つ!


「皆の衆、お主らの命、オラに預けてくれ!」

『当たり前だぁぁぁぁぁ‼』

「では行くぞ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 無謀とも言える命がけの特攻。

 それでも彼らはやるしかなかった。

 村人たちは、持てるすべての力を使って、ワームに攻撃する。

 のんだくれの剣が、ものしり爺さんの極大魔術が、ライアンの槍が、ゴンザレスと木こりの斧が、リタのおさげが、キールの参考書が、おばちゃんの布団叩きが炸裂し、一体、また一体と倒れてく。

 だが、それでもワームたちの進撃は鳴りやむことはない。


「しまった‼」


 遂に彼らも限界を迎えてしまった。

 仕留めそこなったワームが、教会に向かってしまった。

 間に合わない。

 誰もがそう思ったその時だった。


「全軍! 突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 雄叫びと共にワームたちを炎の魔術が襲った。

 そして同時に、突然現れた騎士たちが魔物たちに斬りかかったのだ。


「どうやら、間に合ったようだな」

「りょ、領主様!?」


 村超の前に現れたのは、ここら一帯を治める領主。

 見れば騎士たちの掲げる旗には領主の紋章が刻まれていた。


「領主様! なぜここに!? 城塞都市の防衛に参加していたのではなかったのですか!?」

「ふっ、我が領地を、領民を護るのに理由などいらない。こう言う時の為に、税金は払われているのだよ」


「それに!」と現れた魔物を一瞥もせず斬り捨て、領主は教会を、いや、初代神子の魂を見やる。


「今、初代神子様のおかげで、城塞都市の兵士たちも加護を与えられている。そのおかげで、幾分余裕ができてな。他の領主たちも自分たちの領地への防衛に向かっているんだ」

「な、なんと……‼」


 初代神子の慈愛の深さに村超は、思わず涙を溢す。

 そう、戦っているのは自分たちだけではなかったのだ。


「安心するのはまだ早いぞ、村超! 皆の者! ここが踏ん張りどころだ‼ なんとしてでも、守り抜け!」

『はっ‼』

「いくぞ、みんな! これ以上、護るべき一般市民に無理をさせるな‼」

「ここで役に立たないと、税金泥棒なんて言われちまうぞ‼」

「じゃあ、俺たちの方が魔物を倒したら、税金はやすくなるのか!?」

「馬鹿、ならねぇよww」


 ――こうして、村の平和は守られた。

 各地で発生した初代神子による加護の提供。

 それにより、民間人たちが自力で対処できるようになり、ダンジョンの氾濫は瞬く間に鎮圧されることになったのだった。


 そして、魔王軍との主戦場となる城塞都市もまた、反撃の狼煙を上げようとしていた。

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