【1】燃える村・その1


 とある辺境の村は今、滅びの時を迎えようとしていた。


「みんな! 出入口を固めるんだ‼」

「くそぉ! 騎士団はなにやってるんだよ‼」

「このままじゃ、みんな魔物の餌になっちまう‼」

「終わりだ……もう、みんな死ぬんだ……‼」

「ママ~‼」

「死にたくない、死にたくない、死にたくない……誰か助けてくれぇ‼」


 神子が追放されてから数か月が経過した。

 最初の内は、先代神子の結界の効果が残っており、人々も平和に暮らしていた。

 しかし、その力も次第に消失し、至るところで綻びはじめた。

 王子の婚約者である男爵令嬢が新たな神子に即位したものの、彼女には神子のように王国全土に結界を張る力もダンジョンを鎮静化する能力もない。にも関わらず、【王子の婚約者】と【神子の地位】を利用し、贅沢三昧やりたい放題。


 本来なら彼女の行動を諫めるべき教会も、教皇不在となったことで、各枢機卿が次期教皇の座を巡っての権力争いを始めた。


 結果、これを好機と見たとある魔王軍が侵略を開始。

 騎士団や冒険者が対応するも、侵略により広大化した領地すべてを守ることは出来ず、逆に領土を削り取られるに終わった。


 さらに、悪いことは重なる。国内の至るところにあるダンジョンが活発化したのだ。

 神子により定期的に鎮静化されてきたダンジョンは、手入れがされなくなった途端、魔物があふれ出し、国のあちこちでスタンピードが発生。

 多くの狂暴化した魔物たちがあふれ出し、村や町を襲い始めた。


 この村もまた、魔物の大増殖の被害を受けた。

 本来なら、この村を護るべき騎士団も、北方の防波堤となる城塞都市の防衛のために大部分が接収された。

 結果、残った者だけではカバーしきれず、防衛は失敗。

 住民たちは逃げ惑い、教会に籠城する羽目になったのだ。


「くそぉ……神子様がいてくれさえすれば……」

「なにが新たな神子だ、役立たずじゃないか……」


 外に蠢く魔物たちに怯える人々。

 今はまだ、神父の張った結界やバリケードで保っているが、いつまでもつか分からない。

 村の自警団も、最初の内は奮闘こそすれど、物量差に敗北。

 幸い死人はいないが、当分は戦うことは出来ないだろう。


「このままじゃ、俺たち魔物に食われちまう……」

「こんな時、村長はなにしてんだよ……」


 全員が絶望する中、この村をまとめる村長は初代神子の像に向かって、必死に祈りを捧げていた。


(神子様、何卒、何卒、我々をお救い下さい……‼)


 一心不乱に祈り続ける村長。

 無駄なことだとは理解していた。しかし、最早、自分には祈ることしか出来ないのだ。

 村長は藁にも縋る思いで、祈り続ける。




『――民よ、聞こえますか?』

「!? この声は!?」

「なんだ!? 頭の中に声が聞こえるぞ!?」


 突如、教会内に凛とした女の声が響き渡った。


『私は初代神子。この国の危機を応じて参じました』

「‼ 初代神子さまですと!?」

「は、はは~‼」


 声の正体が初代神子と判明し、村民は神子の像にひれ伏す。

 神父などは『奇跡だ……奇跡が起きたのだ‼』と傍らのシスターと共に歓喜の涙を流した。




 ――そう、教皇の割った【神子の魂】は、民の危機をスイッチに効果を発動。

 解放された初代神子が、民の魂に語り掛けてきているのだ。


 これで自分たちは救われる。

 そう思った村長は、安堵の涙を流しながら神子に助けを求めた。


「初代神子様‼ 我らを我らをお救い下さい‼」

『甘えないでください』

「ホワッ!?」


 ……しかし、返ってきたのは厳しい一言であった。


「な、なにを仰るのですか!? こんな時に冗談はやめてください‼」

「そ、そうだよ‼ 早く、外の魔物たちを皆殺しにしてくれ‼ このままじゃ俺たち死んじまうよ‼」


 予想外の一言に混乱する村人たち。

 そりゃそうだ。普通、このシチュエーションで拒絶するなんて、ありえないだろう。

 しかし、初代神子は落ち着いた声で、諭すように言った。


『勘違いしないでください。確かに私は王国の危機を防ぐために蘇りましたが、本来なら既に死んだ身なのですよ? 現在を生きる皆様に直接干渉するのは、禁忌なのですよ』

「わ、我らを見捨てるのですか!?」

「ふざけるな‼ 希望持たせやがって‼」

「じゃあなにしに蘇ったんだよ、あんた!?」

『決まっております。皆様に力を貸すためにきました』


 村民たちのブーイングを気にも留めず、初代神子は村長に尋ねる。


『村長よ』

「は、はい‼」

『力が欲しいか?』

「なんか、邪神みたいなこと言い始めた!?」


 聖なる存在たる初代神子に似合わない台詞である。


『もし力を求めるなら、貴方にこの村を護るための力を授けましょう』

「そ、それはどういう!? 先ほど、直接干渉するのは禁忌だと……」

『えぇ、本来ならこういうことは自分たちで対処してもらわなくては困るんですよ』


 初代神子曰く、そもそも、この国に結界を張ったのは初代魔王との戦いで疲弊した王国の国力が回復するまでの間、滅ぼされないようにするためだったと言う。


 しかし、初代神子は考えた。

 恐らく、国力が回復した後も、国側は神子を祭り上げ、結界を維持し続けるだろう。

 さらには、安全地帯にいるのをいいことに、他国に侵略までする可能性もある。

 故に、初代神子は「もし、今後、『神子を辞めたいと言う存在が現れた場合、それを無条件で認める』と言う契約を歴代教皇とかわし続けた。

 同時に神子が去った場合、善良な民にまで被害が及ばないように、己の魂を封じ眠りについたのだ。


 だが、それでただ力を貸すのでは、人は成長しないだろう。

 宗教とは拠り所であるべきで、依存すべきものではない。

 平和な日々に感謝し、日々精進するならいいが、縋るだけで自らは何もしないのでは、堕落する一方だ。


『故に私は現状を打開する力は与えますが、自分から手出しは致しません。自分たちの身は自分たちで何とかしてください。今の時代、自己防衛意識は必要ですよ?』

「き、厳しい……」


 しかし、正論過ぎて言い返せない村民たち。

 確かに、自分たちは神子に甘えていた。それは否定できない事実だ。

 でも、なにもこの危機的状況で言う?

 せめて、解決してから言ってくれ。

 大多数の村民が納得しきれない中、村長は一人、俯き考えていた。




 ――確かに神子様の言う通りだべ。オラたちは今まで、神子様に甘えていたのかもしんねぇ。


 思えば、自分の祖父は仲間と共に一から開拓し、村を築き上げた。

 幼い頃に死んでしまった父は、自らの命と引き換えに山賊から必死で村を護りぬいた。

 だが、自分はどうだろうか?

 ただ、安全なところに立てこもり、震えてばかりではないか。

 これでは、村長を名乗れはしない。


(村のみんなはオラが守るべ‼)


 遂に村長は決意した。


「力が欲しいです」

「村長ぉ!?」


 もう彼は臆病者ではなくなっていた。

 瞳に一切の迷いなく、背中には己の人生と村民の命。そして誇りを背負った一人の漢として、村を護るために立ち上がったのだ。


『覚悟は決まったようですね』

「えぇ……オラはこの村に住むすべての人間を護りますだ。それが村長の役目」

『ならば、力を与えましょう。受け取りなさい』


 瞬間、村長の身体が光に包まれた。


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「村長ぉぉぉぉぉぉ!?」

「大丈夫か!? なんかヤバい光線に侵されている感じがするんだけど!?」


 覚醒する村長。

 禿げあがった髪は蘇りふさふさに。

 上半身の服も筋肉ではじけ飛び、たるんだお腹はシックスパックへ!

 顔つきもさながら、世紀末覇者のように険しいものへと変わる‼


 ※ただし、村長は緑色の巨人にもならなければ、グルグルお目目になった訳でもないのでご安心ください。


 そして輝きが治まった頃、そこに頼りない村長の姿はなかった。

 代わりに、村長を越えた村長――村“超”がいた。


「ありがとうございます、初代神子様。これで、オラは村を守ることができる‼」

『私はただ、力を貸しただけです。あとは貴方次第』

「えぇ! 守って見せますとも‼」


 パワーアップ完了した村長、否、村超は、初代神子に礼を言い、愛すべき村の仲間に向き直る。


「皆の衆! 今、この村は危機に陥っている‼」

「いや、アンタもえらいことになってんだけど!?」


 村人Aがツッコむも、普通にスルーし話を続ける。


「このままでは、全滅は免れん‼ 故に、オラはこれから囮になる‼ みんなはその隙に、逃げるだ‼」

「そ、村長! いや、村超! なにを言っているんだ!?」

「そうだよ! 村超も逃げよう!」

「ダメだ! オラはこの村の村超! ならばこの村と運命を共にするのが筋ってもんだ‼」


 なにより、村は滅んでも、村人さえ無事なら再建できる。

 今は一人でも多く、避難させるのが村長としての最後の仕事、そして村超の戦いだ。


「後のことは神父様、お願いするべ! なに、オラもただでは死なん‼ 一匹でも多く道連れにして、みんなが逃げる時間を稼ぐだよ‼」

「そ、村超‼」

「ダメだって‼」

「無理すんなよ!」


 死を覚悟した村超を必死に止めようとする村人たち。

 しかし、村超の決意は固かった。


「ここはオラに任せて先に行けッ‼ 破ぁ―――――‼」


 村人を振り切り、村超は跳躍。屋根を突き破り、外へ着地すると魔物の群れに向かって特攻するッ‼


「屋根が‼」


 背後で神父の情けない悲鳴が聞こえたがスルーする。

 村超は魔物の群れど真ん中に着地すると、大地が震える程の咆哮を上げ、宣戦布告。


「死にたい奴からかかってこぉぉぉぉぉい‼」


 目論み通り、突如現れた、愚かな人間を貪らんとばかりに魔物たちが殺到する。

 ここに村超の戦いの火ぶたが切って落とされた。

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