神子が追放され、国が滅ぶまで

@Jbomadao

【0】崩壊への序曲


「神子様! 何卒! 何卒考え直してください‼」

「……もう決めたことです。私は、この国を去ります」


 大陸最大の国家【ザマーサレル王国】

 その国教である聖天教会の総本山である神殿にて、重大事件が発生した。


「神子様! 落ち着いてください! 神子様がいなくなられては、この国を守る結界は誰が維持すると言うのですか!? 結界がなくなっては魔王軍や魔獣により、無辜の民が犠牲になるのですぞ!?」

「分かってます! 分かっていますけれども……‼」

「何事ですか? こんな夜更けに騒々しい」

「! 大司祭様! ちょうど良かった! 神子様が乱心してしまい、とにかく、お力添えを‼」


 ヒステリックに騒ぐ神子を宥めていると、騒ぎを聞きつけた大司祭が現れた。


「大司祭様からも言ってください! 神子様がお役目を放棄し、国を離れると言い出して聞かず‼」

「……どういうことですか?」

「じ、実は……」


 大司祭に尋ねられ、神官長はここまでに至る経緯を説明する。


 切欠は、この国の王子の一言だった。


『貴様は偽物の神子だと発覚した! その座を我が婚約者に明け渡し、この国から出ていけ!』


 神子の通う学校の夜会にて、各国の重鎮たちも集まる中、唐突にあらぬ罪をでっち上げ、王命の下、国外追放を宣言したのだ。


 元々、素行に問題がある王子だった。

 とある男爵令嬢に入れ込んでからは余計に拍車がかかり、夜会で婚約者を無実の罪で陥れ、国外追放にしたり、勝手に国庫から金を持ち出しては、散財したりとやりたい放題。

 国王も我が子可愛さに、彼の行動を咎めない。


 挙句の果てに今回の一件。ふざけているとしか言えなかった。

 神子とはなろうと思ってなれるものではない。

 神に選ばれた者が、さらに厳しい修行を積んだ末に至るものなのだ。

 それをぽっと出の男爵令嬢に務まるなど、まずあり得ない。


 ――しかし、神子の方にも問題があるのは事実であった。


「神子様、短慮による我儘は困ります。先ほど、この者が申し上げた通り、貴方はこの国を守る結界の維持や、ダンジョンの活性化を鎮めるお役目があります。それを放棄するなど、些か無責任ではありませんか? 貴方には数多の民の命を護る責任があるのですよ?」


 厳しい口調で諭す大司祭。

 神子の役目は、この国の存亡に関わる。

 それを放棄すれば、この国には災厄に見舞われるのは目に見えて明らかだ。


 北には“漆黒の魔王”を筆頭に、数多の魔王軍や魔族の犯罪組織が存在し、常に人類との生存圏争いを行っているし、国内各地には魔物の蠢くダンジョンが存在する。

 また、最近では帝国の残党が暗躍しているとか、他の大陸が侵略の手を伸ばしているとか……

 そのような情勢の中で神子が不在になれば、この国がどうなるか、考えたくもない。


 ――しかし、それが分からぬほど神子も無知ではなかった。


「……でも、もう無理なんです。これ以上耐えられないのです」


 理解した上で、これ以上、神子として勤めるのは無理だと。

 今まで、必死に務めを果たしてきた。

 辛い修行も、厳しい神殿での生活も、立場に降りかかるプレッシャーも、なんとか耐えてきた。

 しかし、言われたのだ。


「お前は役立たずだ」と。

「用済み」だと。

 自らの恩恵を一番受けている身でありながら、それがどういうことなのか、理解していない、する気もない王子に。


 そして、彼女の中で何かが壊れた。


「限界なんです。どれだけ修行をしても、どれだけ祈りを捧げても、それが当たり前になって……あまつさえ、役立たずなんて言われてしまって……どんなに時間を費やしても、一向に良くならないし、陰で何か言われるし、もう耐えきれないんです。悪いことだとは思ってるのに、神子になんかなりたくなかったのに、なのに、もうダメなんです……もう、なにもかも辞めてしまいたいんです……」


 嗚咽を堪え切れず、支離滅裂になりながらも、自身の気持ちを吐露する神子。

 対して大司祭は彼女から目を離さず、真剣な表情で黙って聞いた。

 しかし、その心中は怒りに溢れていた。


 ――遂に「この娘」にここまで言わせるかと。


 彼女を神子として連れてきたのは大司教だった。

 まだ、幼い少女を親元から引き離した罪悪感から、せめて自分だけは彼女の味方であろうと、母親代わりとして今まで接してきた。

 時に優しく、時に厳しく。慣れない育児に戸惑いながらも必死になって、彼女を育て上げた。

 その甲斐あってか彼女は厳しい修行や激務に耐え、歴代最高峰とも言える神子へと成長してくれた。

 そんな我が子同然の存在を偽物? 追放? それも日頃から、陰では言いたい放題、顔を合わせれば厭味を言うだけのバカ王子が?


 大司教は一見冷徹を装っていたが、内心腸が煮えくり返っていた。

 それでも、己と神子の立場を省みて、抑えられる程度には冷静さも残っていた。

 だが……


「――あまつさえ『もしくは今度召喚する勇者の夜伽相手としてなら残してやる』と言い出して……」

「あの糞餓鬼ゃぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 ――それも、限界を迎えた。これで「怒るな」などと、言える訳がない。


「おい! 今すぐ、異端審問官全員連れてこいや‼ あの糞王子、火炙りにしたらああああああああ‼ いや、いっそ、ケツにダイナマイト突っ込んで粉みじんにしたらぁ‼」

「大司教ぉぉぉぉぉ! 落ち着てください! 問題発言が過ぎますって‼」


 怒りのあまり般若のような形相と化す大司教。

 その後、神官長の必死の説得によりなんとか鎮静化できたものの、最早、神子の決意は固い。

 恐らく、引き留めるのは困難だろう。

 しかし、それで被害に遭うのは無辜の民なのだ。故に国側としては神子に残ってもらわなくてはならないのだ。


「ですが、神子様がいなくなれば、この国は滅びかねないのですよ? 民はどうなるのですか!?」

「それで神子が倒れたら本末転倒だというのですよ‼」


 両者話は平行線。

 むしろ神官長こちらの分が悪い。

 大司教の言う通り、ここ数年で、神子に押し付けられる仕事量は増加の一途を辿っている。

 これも国側が、無駄に他国に侵略を行い、領土を広げているからだ。

 さらに教会内は近年腐敗が始まっている。結界に守られていることを利用して枢機卿や一部の幹部が他国への侵略を王国側に示唆しているのだ。

 当然、批判は結界を維持する神子にもいく。

 このままでは、神子の方が倒れかねないと言うのも、あながち間違っていないだろう。

 現に神子の目には濃い隈が出来、顔もやつれてきている。

 無理に留まってもらっても、体を壊すか、精神を壊すかして、役目を果たせなくなるだろう。


 しかし、だからと言って神子がいなくなればこの国の結界は維持できない。

 八方ふさがりである。


「では、教皇陛下に指示を仰ぎましょう。あのお方ならば、良い判断を下してくれるはず」


 こう言う時、一番頼りになるのは最高責任者だ。

 神官長は一抹の望みをかけ、教皇の判断を求めた。そして――





「あ、神子チャン、やめんの? いいよ。今までお疲れちゃんした」

「教皇ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 あっさりと希望は握りつぶされた。


「あとのことはこっちでなんとかすっから、まっ、気にしないで。今まで働きづめだった分、しっかり休んでちょんまげ」

「教皇ぉぉぉぉぉ‼ あんた、自分が何を言っているのか分かってんの!?」


 チャラ男感満載の教皇にツッコミを入れる神官長。

 軽い。あまりにも軽すぎる。ノリが‼


「教皇陛下‼ お待ちください‼ 神子様がいなくなられては、この国は結界を維持できないんですよ!? 最悪滅ぶかもしれないんですよ!? 何卒、お考え直し下さい‼」


 そう言って神官長長は必死に説得する。

 しかし、教皇はチッと舌打ちして……


「うっせぇな‼ 女の子に重責背負わせて、追い詰めるような国なんざ、いっそ滅べばいんじゃね!?」

「教皇ぉぉぉぉぉ!?」


 トンデモネェ爆弾発言をかます始末である。


「まぁ、俺らも今まで神子チャンに頼り過ぎてたからね。ここらで一つ、教会の在り方? 的なもんを見直すべきっしょ? ちゅーわけで神子チャン、今までお疲れさんしたッ!」




 ……とまぁ、あんまりにもあんまりなノリで神子の辞任は、思いの外呆気なく通ったのであった。

 その後、神子は王子の言う通り、“形だけ”追放処分とし、大司教も教育係としての責任を取らされ降格。一信徒として神子のサポートをするようにと命令され、王都から去って行った。

 一応、教皇が事前に根回しして、然るべき場所に保護してもらうらしいが……


「どうすんですか教皇ぉぉぉぉぉ!? 神子様がいなくなったら、この国魔族に侵略され放題の、ダンジョン活性化し放題ですよぉぉぉぉぉ!?」

「そんなに怒んなよぉ、神官長チャン。血圧上がるよ? あ、お菓子喰う?」

「いりませんよ!? 誰の所為だと思ってんの!? ねぇ!?」


 困ったのは残された側である。

 何回も言うようだが、神子が不在となった今、この国は極めて危険な状態に晒されているのだ。


「件のバカ王子の婚約者に頼めばいいんじゃね? ちょうど神子になりたがってたしよ」

「務まる訳ねーだろ‼ どう考えても権力欲しさに何も考えず名乗り上げただけでしょうが‼」

「チッ、使えねぇビッチだな。死ねよ、マジで」


 そう言って教皇は耳の穴をほじりながら、文句を垂れる。

 なんでこの人教皇やってんの?


「もうダメだあ! おしまいだぁ! この国は滅亡するんだぁ……‼」


 神官長は最早絶望のあまり、項垂れる。

 最早、この国の滅亡は避けられないのか?


「まぁ、手段がねぇ訳じゃねぇんだけどね☆」

「!? どういうことですか!? 教皇陛下!?」


 しかし、天は彼を見捨てなかった。


「俺が先代教皇から与えられた伝説のアイテムを駆使すれば、国は滅亡しなくて済むかもしんねぇってワケ☆」

「で、伝説のアイテムぅ!? そんなものあるんですか!?」

「あるヨ」


 ヘリウムよりも軽いノリで大事なことを言う教皇。彼は懐から琥珀色に輝く水晶を取り出した。


「テレレレ~“神子のたますぃぃ~”」

「そ、それは……ッ!?」

「これはねぇ、代々教皇が受け継ぐ大事なアイテムなんだよ。神官長太くぅん」

「そ、それがですか!?」


 かなり重要なアイテムを、まるでどこぞのネコ型ロボットのようなノリで取り出した教皇から、手渡され神官長は恐る恐る水晶を眺める。

 見た目は単なる水晶だが、腐っても神官長。内部に含まれた高密度の聖なる力を感じ取ることができた。


「これはねぇ、聖手教の初代神子の魂が封印されてる水晶でね、先代が『お前の担当する神子にもしもの時があったら使ってね? あ、お菓子喰う?』って俺に託してくれたものなんだよ」

「なんで先代までノリ軽いんですか!?」

「これさえあれば、魔王どころか、星を滅ぼす邪神とか、異次元の侵略者とか怪獣王とか? が現れた時でもバッチリ大丈夫ってワケ☆」

「そ、そうなのですか!? それなら安心ですね!?」


 なるほど。このアイテムがあるからこそ、この人はここまで慌てなかったのか。

 流石、腐っても教皇なだけはある。

 神官長は改めて教皇を見直した。


(しかし、これ、なんか簡単に割れちゃいそうだな……)


 この伝説のアイテムがこの国の未来を左右すると思うと、急に恐れ多くなる。

 加えてこれには初代神子の魂が封印されてる。

 もし、手違いで割れたりなんかしたら……

 そう思った瞬間――


「わぁっ‼」

「ほぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「HAHAHA! ナイスリアクション!」

「ふざけないで下さいよ‼ ちょっとぉぉぉぉぉ‼」

「めんごめんご☆」


 あろうことか、不意を着いて驚かす教皇。うっかり落としそうになった神官長は涙目で抗議する。

 そりゃそうだ。国宝級のアイテムをうっかり割ったら、自分の首どころか家族親類にまで被害が及びかねない。って言うか、普通に国滅ぶわ。


「あんたねぇ! ふざけないで下さいよ‼ これがもし割れたら、この国滅亡しますよ!?」

「そうだね、おふざけが過ぎたわ~マジめんご☆」


 肩で息をしながら、教皇を怒鳴りつける神官長。

 当の教皇は相変わらずの軽いノリで謝った。


「まったくもう……このアイテムが割れたらこの国終わりなんですからね!?」

「そうだね~もしも、この水晶が割れたりなんかしちゃったりなんかしちゃったら……」


 パリィーン!


「大変なことになるね~☆」

「割ったぁぁぁぁぁ!? おいいいいいい! あんた、何してくれるんだよ、ちょっとぉぉぉぉぉ‼」

「HAHAHA! ドン☆マイ」

「私が割ったみたいな対応すんな!?」


 ――こいつ、本当に何考えてんの!?


 あろうことか、この国の生命線となるアイテムを割ってしまうなど、普通だったらあり得ないだろう。

 終わった! この国はもう終わりだ‼

 しかし、そんなことお構いなしに教皇はその場を立ち去ろうとする。


「じゃ、俺、自分探しの旅に行ってくるわ。バイビ~☆」

「おいいいいい‼ どこ行くつもりだテメェェェェェェ‼ 自分探しって絶対嘘だろ‼」

「じゃあウ〇コ‼」

「それも嘘だろ! 責任取れやゴルァァァァァァ‼」

「HAHAHA! 捕まえて御覧なさ~い♪」


 そうして神官長と教皇の鬼ごっこが始まった。

 部屋に残されたのは粉々に砕け散った“神子の魂”だけ。

 しかし、それも黄金色の粒子となって天に昇って行った。




 ――その後、“神子の追放”ならびに“教皇の失踪”のニュースが国中に知れ渡ることになった。


 王子の望み通り、婚約者の男爵令嬢が新たなる神子へと代わった。

 枢機卿もやりたい放題になった。

 しかし、当然と言うべきか、なんの力もない神子が結界を維持するなど出来る筈もなく、次第に規模は縮小。

 各地でダンジョンは活性化し、それを好機と見做した魔王軍の侵略が始まった。

 王国は事態を終息させるため、各地に騎士団や異世界から召喚した勇者を派遣するも、長年の侵略によって広大となった国土すべてを護り切ることはできず、次第に追い詰められていく。




 ――そして、そう言う時に一番に切り捨てられるのは、辺境に位置する村であった。




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