第33話

 月森さんの淹れてくれたコーヒーで少し落ち着いた俺たちはカウンター席に座っていた。


「澪、少しは落ち着いた?」

「うん。少しだけね」


 そう言って頷いた白星さんは俺のことをチラチラと見てくる。


「ほら、澪先輩が説明してほしそうな顔で見てるわよ」

「分かってますって。ただ、もう少しだけ時間をください」

「じゃあ、まずケーキしよっか」

「え!? ケーキもあるの!?」

「そりゃあ、あるでしょ。澪、これ聞いたら驚くだろうな~」

「なになに!?」


 月森さんは厨房に向かい不格好なケーキを冷蔵庫から取り出して戻ってきた。

 あれは、俺が昨日作ったものだった。

 月森さんに指導してもらいながら作ったのだが、あまりうまく作れなかった。

 あれを出すくらいなら市販のものを買ってこようと思ったのだが、月森さんに「作ることに意味があるのよ」と言いくるめられてしまった。


「実はこのケーキ。正彦君が作ったのよ」

「え!? そうなの!?」


 白星さんが俺のことを見た。

 そんなに嬉しそうな顔をされてると申し訳なくなる。

 せっかくなら上手なものを作りたかった。


「てことは、そのケーキ正彦君の手作りってこと!?」

「そうなるわね」

「ヤバすぎ! 美弥妃ちゃんが言ってたのってこのこと?」

「それは私も知りませんですした」

「てことは、まだ他に何かあるってことだね!?」


 月森さんから俺の作った不格好な手作りケーキを受け取った白星さんは本当に嬉しそうに瞳をきらきらと輝かせながらケーキを眺めていた。


「正彦君が私のために……」

「はい。澪。フォーク」

「ありがと! これ食べてもいいんだよね?」

 

 俺の方を見て確認をしてきた白星さんに「美味しくはないかもしれませんけど」と言って頷いた。


「美味しくないわけないじゃん! 正彦君が私のために作ってくれたケーキだよ! 世の中にあるどのケーキよりも美味しいに決まってるじゃん!」

 

 そういた白星さんはなんの躊躇もなくフォークでケーキを一口サイズに切り分けるとパクっと食べた。

 正直言って味の自信もなかった。

 なにせお菓子作りなんて生まれて初めてのことだった。

 一応、月森さんに味見をしてもらったが、その時は微妙な、なんとも言えない反応だった。


「うん! 世界一美味しい!」

「白星さん。気を遣わなくてもいいですよ」

「気なんか遣ってないよ! 本当に世界一美味しいからそう言ってるの!」


 一点の曇りのない綺麗な亜栗色の瞳が俺のことを真っ直ぐに見つめていた。 

 その瞳は俺を説得するのに十分なだけの力を秘めていた。  

 それに俺は知っているはずだ。

 白星さんが自分の心に素直な人だってことを。

 もしも、不味いなら、不味いと言っているはずだ。


「よかったわね。川崎君」

「……はい」

 

 本当に美味しそうにケーキを食べてくれている白星さんの横顔を見て俺の心は温かくなった。

 それだけで作ってよかったと思えた。

 月森さんの言う通り、どうやら作ることに意味があったらしい。


「はぁ~美味しかった~! 幸せ! もうないの?」

「まだあるわよ」

「食べたい!」

「はいはい。今持ってきてあげるから」


 少し呆れたようにそう言うと月森さんは再び厨房に行って冷蔵庫から残りのケーキも持ってきた。

 それもパクパクと食べ進めていく白星さんに、いつプレゼントを渡そうかと俺はタイミングを見計らっていた。

 そんな俺の気持ちを月城先輩は見抜いたのか「そういえば、プレゼントもあるよのね」とパスを出してくれた。

 その言葉に反応した白星さんはケーキを食べていた手を止めて、俺の方を見て「プレゼントもあるの!?」と目を丸くした。

 白星さんの口元には無邪気に生クリームがついてた。

 そのクリームを手近にある紙ナプキンで拭き取ってあげると「もちろんありますよ」と笑顔で言った。

   

「マジ!?」

「マジです」

「え……私今日死ぬんかな」

「死んじゃうかもね」


 月森さんはそう言ってクスっと笑った。


「私まだ死にたくないんだけど、正彦君と行きたいところもやりたいゲームもたくさんあるし、あの返事ももらってないんだよ!」

「大丈夫よ。精神的に死ぬだけだから」

「えー! 私何されるの!?」

「それは川崎君に聞いて」

 

 めっちゃハードルを上げられてる気がするんだが!?

 俺が月森さんのことを見るとウインクが返ってきた。 


「美弥妃ちゃん。私たちはいったん退散しましょうか」

「そうですね。川崎。頑張りなさい」

「頑張ってね。川崎君」


 2人は俺にエールを送ると厨房に向かった。

 そして、残された俺たちは見つめ合っていた。


「えっと……」

「……」

 

 気まずい。

 でも、ここまでお膳立てされたら、逃げ場がなくなったら、前に進むしかないよな。

 俺は立ち上がってテーブル席に置いていたプレゼントを取りに向かった。


「これ、プレゼントです。1ヶ月遅れでけど、白星さん。誕生日おめでとうございます」


 そう言って俺は白星さんにプレゼントを手渡した。

 

「開けてもいい?」

「・・・・・・どうぞ。その、何をあげたらいいのか分からなかったので、無難なものですけど」


 俺が選んだのはうさぎのぬいぐるみ。

 理由は白星さんのキャラアバターがうさぎの被り物を被っていて、白星さんがうさぎ好きだと知っていたから。


「うさぎのぬいぐるみ! 可愛い!」

 

 白星さんは俺のプレゼントとしたうさぎのぬいぐるみをぎゅぅと抱きしめた。


「ありがとう! 一生大事にするね!」

「喜んでくれたみたいでよかったです」


 とりあえず第一関門を突破した。

 後は告白するだけだ。

 言うんだ。俺・・・・・・。


「あ、あ、あの・・・・・・」

「ん?何?」

「白星さん・・・・・・」

「・・・・・・はい」


 俺の緊張が伝わったのか、白星さんの顔にも少しだけ緊張が走ったような見えた。


「俺、白星さんのことが・・・・・・」

「・・・・・・」

「好きです。付き合ってくだ・・・・・・」


 最後まで言い切る前に俺の口は塞がれてしまった。

 白星さんの柔らかくて温かな唇に。

☆☆☆

 これにて序章終了!!!

 

 次回2月更新

『ぼっちキラーの彼女は僕のことを狩ってくる件』

 しばしお待ちを。

 お楽しみに〜✨


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