第26話
「うわ~!和室だ~!」
星茂旅館に戻ってきた俺たちは「扶桑」という部屋に案内された。
部屋には2人分の布団が敷かれていた。
その距離は近い。
さすがに後で離しておこう。
「ほら、正彦君もこっちに来てよ!庭が見えるよ!雪が積もってて綺麗だよ!」
白星さんに呼ばれて俺は窓の傍に近寄った。
そこから見える庭はたしかに白星さんの言う通り雪が積もっていて綺麗だった。
「ほんとだ。綺麗ですね」
「そういえば、今日の晩御飯は蟹が出るらしいよ!」
「お、マジですか」
「蟹食べるの久しぶり~」
「俺もです」
「この県は蟹が有名らしいから絶対に美味しいよ!」
「それは楽しみですね」
「ね~、楽しみだよね~!」
「蟹も楽しみですけど、俺、温泉も楽しみです。温泉初めて入ります」
「そうなんだ。めっちゃ気持ちいいよ!混浴だったら正彦君の背中流してあげたのにな~」
「それは残念ですね」
俺がそう言うと、白星さんは目を丸くしてこっちを見た。
「正彦君さ、なんか変わったね」
「え、そうですか?」
「うん。変わりすぎってくらい変わった。何かあった?」
「何か……そうですね。何かあったとするなら、受け入れようって思ったからですかね」
何かが変わったとするならそれくらいだろうか。
俺が白星さんを好きだということを受け入れた。
それだけ。
そしたら、なぜが自分の気持ちに素直になれてるような気がする。
だから、手を繋がれても、こうやって一緒に温泉に行くことも、間接キスをしても、動揺しなくなった。
白星さんと一緒にいられるこの時間が何よりも大事だと気がついたから。
「それってもしかして、私のことを?」
「さぁ、どうでしょうね」
「むぅ、そこは素直に、はいそうです。って言ってくれたらいいじゃん!」
この気持ちを白星さんに伝えるのはもう少し先にする。
なぜなら、ある企画を計画中だからである。
その日に俺は白星さんに気持ちを伝えるつもりだった。
「まぁいいや!どうやらいい方に変わってくれたみたいだし、気長に待ちますか!」
「そうしてください」
「てことは期待していいのかな?」
「どうでしょうね」
俺がそう言って隣を向くと白星さんの綺麗な亜栗色の瞳が真っ直ぐに見つめ返してきた。
そのあまりにも綺麗な瞳に思わず吸い込まれそうになる。
俺たちは見つめ合った。
数秒、いや数十秒。
見つめ合っている俺たちの間には甘い雰囲気が流れていた。
だんだんと白星さんの瞳が潤いを浴びていくのが分かった。
この雰囲気は非常にマズい・・・・・・。
このまま流されてキスでもしてしまいそうな雰囲気だ。
そうなったら、俺の理性は・・・・・・。
保てる自信がなかった。
そういうところはちゃんとしたい。
今じゃない。
だから、一刻も早くこの甘い雰囲気を変えるために、俺は温泉に行く提案をすることにした。
「あ、あの、温泉、行きませんか?」
「行かない。まだ、こうして正彦君と見つめ合ってたい」
「じゃ、じゃあ、俺1人で行ってきます」
俺がそう言うと白星さんとの間に漂っていた甘い雰囲気は霧散した。
「ちぇー。キスくらいできるかと思ったのにな〜」
唇を尖らせて不満そうに呟いた白星さん。
「男ならさっきの雰囲気でキスくらいしないと!なんなら、布団に押し倒される覚悟くらいしてたのに!」
「そ、そんなことしませんよ!」
「私ってそんなに魅力ない?」
「そ、そうじゃなくて・・・・・・そういうことはちゃんと白星さんと、こ、恋人になってからしたい、というか・・・・・・なんというか」
「へぇ〜。正彦君は私と恋人になる予定があるんだ〜」
「そ、それは・・・・・・」
ニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべていた白星さんは少しだけ頬を赤くしていた。
しかし、そんなことに気が付かなかった俺はその場から逃げるように温泉に向かう準備を始めた。
「せっかく覚悟決めたのに・・・・・・ばかっ」
だから、白星さんの呟いた言葉も聞こえなかった。
☆☆☆
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