第4話 ハンカチのしみ?

〈ユウキの部屋での会話〉


かおり:紗英先輩は私に優しいの。昨日も仕事で大失敗の私を励ましてくれて、マンションの部屋にも泊めてくれた。みんなは厳しくて怖いって言うけどね。


ユウキ:そう。優しい先輩で良かったな。


かおり:あんな優しい先輩が親戚の子どもさんを監禁してるなんて。


ユウキ:オイオイ、それはお前の想像、っつーか妄想だろ?


かおり:だけどホームセンターに勤めてる内野くんがこないだマンションの部屋に鉢植えを届けた時、子どもなんていなくて先輩と旦那さんだけだったって。親戚の子が来てるとされてる休暇前の日よ。


ユウキ:あのなー、たまたま部屋の外にいて、リビングルームにいなかっただけかもしれないだろ?


かおり:それにどこかのおばさんと空港ロビーで言い争ってたのを聞いてた社員がいるんだって。「うちの子を何処へ」みたいに言って怒ってたって。そしてついにうちの支店に警察から電話があったのよ。先輩は場所を変えて話してた。あの子は確かに、とか何とか声がしてた。


ユウキ:どんな事情か分からんのに聞きかじった事だけでよく言うな。


かおり:じゃ、もし自分の子がサマーキャンプから帰って来なかったらふつうの親ならどうする?


ユウキ:そりゃパニクる。ふつうはそういうキャンプや修学旅行から帰って来る日は待ちわびモードだろ。好物ばっか用意してたり。


かおり:ユウキ君ちはそうだった?


ユウキ:ああ、でもオレんちは店があるから、ばあちゃんが待ちわびモードだったな。一度部活の野球の遠征中ばあちゃんが入院してた時には帰って来て家に誰もいないからあせった。


かおり:めっちゃ昔の幸せな家庭って感じ。


ユウキ:確かにその時、世の中にはもっと悲惨なコおるんやから、そんな事で甘えとったら〜とか言われたな。いっつもホラー映画みたいに頭に浮かぶシーンがある。夏のキャンプから戻ったら、家は真っ暗で誰もいなくって雨の中ぬれながらバンバンとドアを叩いてる小学生の姿。


かおり:わあ、そうとうなトラウマだったんだ。紗英先輩の親戚の子は無事帰って来れたのかな。サマーキャンプに行ったのだかどうだか、帰って来てるのかどうかモヤモヤする。


ユウキ:だから……。


かおり:でもね、私は何があっても先輩の弁護にあたる。先輩はきっと繊細だから何かで心が折れたのよ。


ユウキ:誰だってどっか心は折れてるよ。まるで犯罪者みたいに早合点するなよ。


かおり:ところでこのハンカチ、先輩からこの間借りた物なの。涙ぐんでる私に差し出してくれて。


ユウキ:それが何?


かおり:見て。ここにピンク色と深緑のシミが微かに残っているよね?これ、洗濯しても残ってしまったシミっぽい。これ、何だと思う? 私、ここに先輩の謎のヒントがあるような気がするんだ。


ユウキ:お前……探偵? 


かおり:でもホラ、これ何かの薬品かな。いや、やっぱり何も調べないでこのハンカチは隠しておこう。


ユウキ:どんな昔のドラマ見て育ったんだよ。バッグの中でキャップをし忘れたマーカーペンがただ滲んだだけなんじゃないのか?


かおり:でもこれマーカーペンのピンク色や緑色と違うよ。


ユウキ:そうかもな。ってゆうか何となく謎が解けた気がする。紗英先輩のお母さんの実家、うちのばあちゃん、知ってるんだ。昔、ばあちゃんがオレにしてくれた女の子の話、思い出して。もしかしてそれが先輩の事だったかもしれない。


かおり:え、昔の女の子の話なの? 今の子でなく?


ユウキ:うん。秀才だった女の子。紗英先輩の旦那さんの会社の売店に、うちのベーカリーのパン卸してるんだ。夕方に一度売れ残りを回収して次の日のオーダーとってるんだ。明日、話しかけてみようかな。


かおり:えっ? 何て話しかけるの?


***

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