第4話
そこはゴルカの知識からは出て来ない風景だった。強いて言えば鍛冶場に近いだろうか。四角に切り取られた空間で、壁のほとんどを鉄で覆っている。そこらに何をするか分からない機械があって、それを操る人は手元から時々火花を散らしている。
空気は若干埃っぽく、不快だ。だがこんな地下に空気を入れ替えるような仕掛けがあるとは思いもしなかった。
「ここは……」
「昔の遺跡をそのまま基地に使っているの。まぁ……どういう類の建物だったかは分からないけどね!」
エイルはそんなことなど、どうでも良いとばかりに流した。利用できればそれでいいではないか、というところだろうが、ゴルカとしてはもう少し説明が欲しかった。
中の人数は村ぐらいはあるように見え、潜むというには大所帯過ぎる印象を与えてくる。
「目立たないところが良い……ということは〈ドーン〉はあまり好かれていないようですね」
「あ、バレた?」
エイルはいたずらっ子のように、軽くウィンクした。美貌によって、許せてしまうような態度だが、聞かずに加入した自分が悪いとゴルカは思い直した。
骸装者は国家が手元に置くことがほとんどだ。それを傭兵集団が運用していては都合が悪い。国としては自分の戦力を引き抜かれ、勝手にどこかで使われている気分だろう。
ついでにエイルのような高位骸装者が突然敵陣に加わったりすれば、それだけで計算が狂う。もっとも、だからこそ需要があるのだろうが。
「ま、でもああいう敵みたいに秘密な組織と戦うには、こっちもそんな感じじゃなきゃね。最近は傭兵稼業は低位骸装者に任せて、私達はそっちに注力してるね」
「……お披露目会から見てましたね? エイルお姉ちゃん」
「やっぱり分かっちゃうか……正確には私じゃないけど構成員が情報をつかんで、私が行った。間に合わなかったけど」
「そこを責める気にはなれません。殺した連中が悪いのですから、その組織は絶対に私が潰します」
そんな殺意に反応するのは流石に傭兵集団というところか、一瞬皆がゴルカの方を向いたがすぐに目を戻した。……一人を除いて
「おうおう! 威勢が良いこと言ってくれてんじゃねぇの!?」
顔を奇妙に歪ませながらゴルカの至近距離まで寄ってくる。いわゆるガンタレを仕掛けてきたのは金髪で長身の若者だった。服はつなぎで総じてチンピラにしか見えない。
「エ・イ・ルさんのためにぃ!? 秘密結社を潰すのは俺さまぁ! 第4位〈ゴゥレム〉のサフス様だこらぁ! そしてエイルさんと付き合うんだぁ!?」」
「そうなんですか? エイルお姉ちゃん」
「いやぁ……言った覚えが一つも無いんだけどね。この子はサフス君、前期に適合した子だから君の一個先輩」
「エイルお姉ちゃんだぁ!? なんだそのちょっと呼びたくないけど羨ましいフレーズはぁ!?」
「そう呼べと言われましたので、よろしくお願いします先輩。第3位〈ナックラヴィー〉のゴルカです」
「ちょっと階級が上だからって調子に乗んなよ、オラァ!」
「階級はどうでもいいですが、組織を潰すのは私なので、そこは引っ込んでいてくださいね先輩」
「あぁ!?」
「はっ!」
メンチを切り合う二人だったが、エイルからの視点では犬と猫がにらみ合うように牧歌的だった。
だが、それでもここは傭兵集団なのだ。ほのぼのと殺伐になる。ただ、作業中の場所で喧嘩などしたら、迷惑な話になってしまう。
「じゃ、分かりやすく模擬戦で決めよっか。ここじゃ邪魔になるから訓練場で、ね」
流石は傭兵集団。血の気が多い。
二人の模擬戦には意外に野次馬が集まっていた。しかも第3位と第4位の争いとくれば滅多にお目にかかれない。
「起動ぅ!〈ゴゥレム〉」
サフスは早々に骸装を展開した。その展開は数ある物の中でも特筆すべき特徴があった。巨大化である。骸装が全身を覆って、更には身の丈を3倍近く押し上げた。動く巨岩という表現がしっくりくる。
「起動〈ナックラヴィー〉」
ゴルカは静かに盾を浮遊させた。その顔は真剣だった。緊張もあるが、それ以上に懸念することをサフスに見出したからだ。
「んじゃ、始め!」
ゴルカは見た目にそぐわない〈ゴゥレム〉の俊敏な体当たりを躱して、機関銃を浴びせた。その結果、懸念が事実だと知る。
「なんだぁ、豆鉄砲かぁ!」
〈ナックラヴィー〉の弾丸は〈ゴゥレム〉の骸装にめり込みはしたものの、内部には至らない。
〈ナックラヴィー〉はどの状況でも使えるバランス型と言える。その反面、これといって図抜けた火力など持っていない。分かりやすく頑強になる〈ゴゥレム〉とは相性が悪かった。
しかし、有利不利の条件は相手も同じであった。
「ちょこまか、ちょこまか……!」
「力比べするつもりは無いのでね」
意外に素早い、程度では〈ゴゥレム〉の動きはまだ緩慢だった。ゴルカは周囲を駆け回っているだけで、相手の攻撃を無力化できる。
互いに、まだ骸装者となって日が浅い。
「うーん。やるねぇゴルカ君」
審判という名の観察者であったエイルはすでに見えていた。ゴルカが〈ナックラヴィー〉をどう使うかを予想していたのだ。
「こ、こいつ……!?」
〈ゴゥレム〉は急に四方八方から射撃を受けるはめになった。そのからくりは簡単……ゴルカが浮遊する盾に乗って動いていた。
操作距離の問題もこれなら解消される。圧倒的な汎用性といえる。
「こっちが当たらなくとも……そんな豆鉄砲じゃ……!?」
豆鉄砲。そもそも、〈ナックラヴィー〉は何を弾丸として打ち出しているのだろうか。その正体は……毒。不作をもたらす幻獣こそが〈ナックラヴィー〉の正体である。
ファーストフォームであるため、その特性はあまり表には出ていないが、そのわずかな表出なのだ。
「くっくそ」
「危ないな。これじゃ、まだまだアイツには届かない」
〈ゴゥレム〉は懸命に空中のゴルカを捕まえようとし、〈ナックラヴィー〉は毒を表に届かせようとしていた。
「はい、そこまで! ゴルカちゃんの勝ち!」
「なんでだよ、エイルさん!?」
「右腕見てみなよ」
腋の部分に穴が幾つも空いている。〈ナックラヴィー〉の弾丸は中のサフスまで届かなかった。故に同じ場所に銃撃を集中させて、骸装を剥ぎ取ろうとしていたのだ。
「こんなところで骸装を壊したら、整備の人からクレームが来るからねぇ。まぁ消化不良だけど、ちょっとは気が晴れたっしょ」
不満げな観客達もそれで収まった。自分たちの仕事が増えるのだ。一方のサフスは頭をかきながら、ゴルカと向き合っていた。
「ちぇっ。まぁエイルさんが言うなら……無理に喧嘩売ったりしねぇよ」
「私も、軽々に応じすぎました。すいません、先輩」
「おう」
互いに握手を交わす。いやいやでもそれは調停だった。実際、自分たちが戦うべき相手は別にいるのだから。
「うんうん。仲良きことは美しきかな」
めでたしめでたしで終わろうとした接触だったが、ゴルカが余計なことを口に出した。
「ところで、荒れた訓練場は誰が直すんです?」
「え、そりゃサフス君でしょ。壊したの全部、サフス君だし」
「えっ? でもですよぉ! 動き回って暴れさせたのはこいつでしょお!?」
ゴルカを巻き込もうとサフスは醜く駄々をこねた。そして、その結果は正しく報われた。
「じゃあ、二人で直しといてね。私は書類とか報告とかあるから~」
金色の髪が凄まじい速度で遠ざかる、金の戦乙女はそもそも勝負で決めようと言い出した責任を回避するべく、その力を発揮していた。
「そんな~~」
「まぁ、こんなものですよね」
二人は強制的に仲良く仕事を学ぶ羽目になった。
骸装者戦記 松脂松明 @matsuyani
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