1. パニックのはじまり
私は幼稚園生の頃、大人しく、すぐ母親の後ろに隠れてモジモジする人見知りがちな子供でした。
大人になった今でも人付き合いは苦手です。
ごく普通の、一般的なサラリーマンの父と専業主婦の母、3歳年上の兄ひとりの4人家族の中で育ちました。
これを書くにあたり、改めて幼稚園生時代を思い出そうとしてみましたが、やはりあまり細かく覚えていませんでした。
ぼんやり霧がかかったような感じ……でも案外それは普通なのかもしれませんね。
そんなあまり覚えていない子供時代の、苦しかった強烈な記憶……。
夜に突然に起こるパニック発作でした。
発作を起こすようになった最初のきっかけは
夜、騒がしい物音で目を覚ました後に「両親のケンカを目撃したこと」。
父が母を一方的に痛めつけるような、そんな場面を見てしまったんですね。
私はただただ怯え、震えながら自分の布団に戻っただけでした。
なぜあの日、母を守るために飛び出さなかったんだろう。
ひとりで行くのが怖いなら、寝ている兄を起こして、ふたりで母の元に行く選択肢もあったのに。
実際、両親のケンカを目撃したのはこれが初めてではなかったんです。
兄妹ふたりで母をかばって、ケンカを止めようとしたことがありました。
なのに、その日はそれをしなかった。
その後悔が、その後の私のこころに暗い影を落とし、
消えないトラウマとして記憶に残り続けているのかもしれません。
それからです。
私は不定期にパニック発作を起こすようになりました。
発作を起こすことが多かったのは、夕方から夜にかけて。
圧倒的に夜が多く、子供は眠らなければいけない時間帯に起こっていました。
小さな子供がパニック発作を起こすきっかけは、案外日常に溢れていました。
覚えているのは、テレビアニメなどで(子供にとっては)怖いシーンを観た、とか……。
壁にでっかくてフサフサした真っ白な蛾がとまっていた。とか……
それを当時の窓にかかっていたロールカーテンに誤って巻き込んで殺してしまった、とか。
巻き込んでしまった時のバキバキッという不気味な音がすごく怖かったことを覚えています。
あと、同じフレーズが続く画像・音楽をうっかり見聴きしてしまった時も同様です。
トランスミュージックは、私にとって恐ろしさを呼び起こすものでした。
他には、今あまり見かけませんが昔テレビで夜中に流れていた砂嵐もそうでした。
砂嵐は赤ん坊を落ち着かせる効果がある。という記事をネットで見かけたことがありますけど……私にはまったくの逆効果でした。
音に関しては「終わりがないのではないか」とという感覚を覚えるものに怖さを感じていたように思います。
そんな、不安を覚えるような出来事があった夜に発作が起こっていたような気がします。
パニック発作を起こした時の、恐怖感は言葉で言い表すことは難しいですが、
私にとっては、真っ暗で、とぐろを巻いた巨大なモノのイメージでした。
暗い「夜」は恐ろしく、長く、静かに口を開けたまっくらな魔物に飲み込まれてしまうような恐怖があったんです。
混乱の渦のなか、もう戻れないのではないか、戻れなかったらどうしよう……
そんな千切れるような緊張と恐怖が毎回私を苦しめていました。
辛かった。恐ろしかった。
ただそれだけです。
おそらく10~20分程度の出来事だったかと思いますが、永遠に続くかのような恐ろしさでした。
小さな私は、はじめこそ発作が起きるたび、辛さを母親に訴えていました。
でも、子供心に分かったんです。
どれだけ訴えても、マトモに取り合ってくれなかったことを。
まあ、今では親に不安を訴えても理解してもらえなかったのは当然なのかもしれない……と感じています。
当時、パニックを起こして親に訴えていたことは「セーラームーンの〇〇なシーンがこうだった」とかなんでもないことだったからです。
想像してみてください。
夜、眠っていると思ってた子供が突然起きだして、寝ぼけているのか訳わからないことをワアワア話し出すカンジです。
そりゃあ親がマトモに相手してくれないであろうことは想像に難くありません。
小さな私は「なぜ怖いのか」「どうして辛いのか」「どう苦しいのか」を表現できなかったんです。
なぜ、こんなに辛いのに、苦しいのに、わかってくれないんだろう。
そんな悲しさを毎回感じていました。
幼いながらも、パニック発作を何度も経験する度自覚はあったんです。
発作が起きた時と、治まった後の感情の落差に違和感を感じていました。
さっきまではある事柄に対して、自分の心が恐怖と不安で絞り上げられるように感じていたのに、一瞬後には、なんでもないことに感じて拍子抜けするような、奇妙で不思議な感覚でした。
今なら「こんな感覚だった」と説明できます。
だけど、当時の私にはそれは難しいことだったんです。
――「自分は時々おかしなことになっている」「だけどアレが起こったら自分では止められない」……
――恐ろしいアレが起こったら、誰も助けてくれない……
小さな私がわかることはそれだけでした。
いつしか私はパニック発作が起こっても親に不安を訴えなくなってしまったんです。
自然と「言ってはいけないこと」だと、考えるようになっていたんだと思います。
何が起こっているのか理解できないけれど、とにかく自分ひとりでパニック発作と戦わなくてはいけないと思い込むようになっていたんです。
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